コーヒーショ⺍プ 五
「……出たな、話がある」
涼一は低い声で威圧した。
「ええーなになに? なにしたの、りょんりょん──あ、こっ、こんにちは」
爽花が声を上げる。
涼一は目を丸くしてスマホを横目で見た。
「え、何? そっちにもいんの? 行員さん」
土屋が少し身を乗りだしてスマホ越しに問う。
「どういうことだ」
涼一は行儀よく座る行員のかわいらしい笑顔を見下ろした。
「鏡谷くん、できる限り穏便にね。相手は上級国民のはるかに雲の上のずっと上の人だよ」
土屋が天井を指でさす。
涼一は、ふぅと息を吐いた。
「――というわけだ、表に出ろ」
「何がというわけなの」
土屋が窓の外を見る。
窓の外に、桜の花びらが舞ったような気がした。
「――表に出たら本性の姿になれ。話あるから」
涼一は席を立った。きびすを返しながら行員の顔を見ると、童顔美人の顔でにっこりと笑いかける。
「……いや」
涼一はつい困惑した。
「……べつに変なことしねえから」
とたんに何か話しにくくなる。不動明王のあの本性の姿なら話し合いがこじれたら迷わず一発殴れそうな気がするが、どうにも行員の姿では困る。
「……いやちょっと話だけ」
「せんせーい、鏡谷くんはスカートめくりする気でいまーす」
土屋が右手を挙げた。
「それは冗だ……やめろバカ」
なんか調子狂う。涼一は髪をかき上げた。
「……せめてむかしお武家さんのまえに現れたときの童子の姿ってのになれねえ?」
涼一はそう提案した。
「童子の姿がお好みですか?」
行員がかわいらしく首をかたむけて笑いかける。
「好みはいまの姿だけど、いやそういうんじゃなくて」
「童子でも殴れなくない? 鏡谷くん的に」
土屋が横から口を出す。
だんだん何の話か分からなくなってきた。
涼一はテーブルに片手をつき、うつむいた。よく分からんため息が出る。
レジのところにいる店員がこちらを見ていた。揉めている光景にでも見えたのか。
「だからな、俺が言いたいのは」
「このたびはお手数をかけて申し訳ありません。どうぞおすわりください」
行員がにっこりと笑いかける。
「いや……」
涼一は戸惑った。そわそわと周囲を見回してから、しかたなく席に座る。
「──あ、あれ? あの女の人どこ行ったんだろ」
スマホの通話口から爽花の声が聞こえた。
「何であっちにも現れてんの」
涼一は問うた。
「以前、わたくしの右腕を丁重に保管してくれた方々なのでお礼に出向きました」
行員がにっこりと笑う。
右腕って、つまり倶利伽羅剣か。あいかわらず変な表現するよなと思う。
「あんとき保管してくれてたのは親戚の引きこもりだろ」
「拓也ちゃんだっけ?」
土屋が問う。
「拓人ちゃんだろ」
涼一は答えた。
「拓郎ちゃんだっけ? ――もしかして一人であの家にとりのこされて飢え死にしたから代わりに親戚のお団子のとこ行ったとか?」
「本日はお団子ではなく髪は下ろしておりました」
行員が答える。
「あいつの頭の形状とかどうでもいいわ」
「両方に出向かせていただきました」
行員がかわいらしく首をかたむける。
「……あそ」
涼一はそう返事をした。
引きこもり部屋にとつぜん現れる謎のOL。あのレスラーなみの巨体が激烈パニックになる様子が思い浮かぶ。
こんどこそショックで死んだかもな。
「ま、あんたの都合はべつに関知しないけど。――あのさあ。いい加減、俺を巻きこもうとするのやめてくんない?」
涼一はため息をついた。
「──なに? りょんりょんどうしたの。土屋さん、なんかりょんりょん怒ってない?」
「ああごめん。何かとりあえず切る。あとでね」
土屋がそう言い、スマホの通話を切る。
涼一は、その様子を横目で見た。
「まあ。こんなふうにさ、世の中にはいろんな人間がいるわけ」
涼一は行員に向けて切り出した。
「俺にたのまなくても、高名な坊さんとか日本を憂いてる高潔な政治家とか、正義感に燃える警察の人とか、見かけだけは戦闘力ありそうな引きこもりとか、有能な人間はいっぱいいるわけ」
「さいごのは微妙だけど何で出した」
土屋が苦笑する。
「あんたは爺さんの不動尊でたまたま俺のこと見かけて、何かいいんじゃねって感じだったのかも知れんけど、そうやってあちこち行けるなら人材さがしももう少し手間かけられるだろっての」
行員が微笑を浮かべながらこちらを見上げる。
銅のような深いアースカラーの大きな目で見つめられて、涼一はやはり話しにくさを覚えた。
「……土屋、タッチ。代われ」
「いや、きょうはかんばったと思うよ。言いたいこと言えてるじゃん」
土屋が苦笑する。
軽く座り直すと、真顔になり行員のほうに向き直った。
「正直、俺らはとしてはもう少しヒントが欲しいな。できればある程度の安全を保証してほしい。いちいち鉈とか斧とか振り回されたら、人間の身はヤバいんだよ」




