コーヒーショップ 三
「んで、鏡谷くんがきのう先に寝ちゃったんで伝えられなかったことなんだけどさ」
土屋がテーブルに肘をつきスマホを操作する。
「 “先に寝ちゃった” を強調すんな」
涼一は眉をよせた。
「つか今のところ、おまえは何も被害受けてねえじゃん。人ごとじゃねえの、完全に」
土屋が顔を上げてこちらを見る。
「ありがたいだろ」
「ありがたい」
涼一は神妙な顔で答えた。
「ありがたがれな」
「おっ、そだな」
コーヒーショップのドアからカップルが出ていく。
涼一は、横を向いてなにげなくそちらを見た。
ドアベルがカラカラと音を立てる。
「んで。うるさい生物はネットでなに見つけたの」
涼一は切り出した。
「ヘビとY県について知ってる人来てーってやったら、白蛇と白蛇のような女の関係した話がいくつか来たって」
涼一はコーヒーを飲んだ。
「あるもんだ」
「まあ、あるから鏡谷くんのところに出たんだと思うけど」
土屋が淡々と答える。
「悲鳴を上げる白蛇みたいな女の話あったよ。――Y県F町のむかしのはなしで、色白で細身の “まるで白蛇のような女” がF町Y坂の上で悲鳴のような奇声を発した。女はいつの間にかいなくなった」
涼一はコーヒーカップを手に目を見開いた。
「んで」
「そんだけ。F町に言い伝えられる話らしいけど」
「どこの女、それいつの話」
「さやりんがググったら、民俗学のサイトにやっと一個それらしい記述があったって。いつごろか明言されてないけど、ざっくり江戸時代とかじゃないかなって」
「ざっくり江戸時代って、三百年ちかく開きあんじゃねえか……」
涼一は眉をよせた。
「あれだよな。昭和生まれの人に “昭和ってどんな時代だった?” って聞いても六十四年間もあるから、二十歳の人と八十歳の人に同じように “どんな時代?” って聞くようなもんだって」
「あーなるほど」
土屋がコーヒーを口にする。
「戦前と戦後とバブル期に生きた人に同じように聞いてもイメージつかめんな、たしかに。知らんけどさ」
「その脱線はともかく、続き話すけどいい? 鏡谷くん」
「おう」
涼一はそう返した。
「SNSでリプくれた人は、話はこれだけでどこの女かは当時のその町の人にも分からなかったって書きこんでたそうだけど」
土屋がスマホを操作する。
「お、あった。さやりんのとこに来てたリプ――見る?」
土屋がスマホの画面をこちらに向ける。
「いい」
涼一は答えた。
新紙幣の怪異のさいに爽花のリプ欄を見たことがあるが、大部分は女子高生のキャピキャピしたわけの分からん話だった。
いくつか土屋に翻訳してもらったが、脳みそがキャピキャピになりそうなので途中でやめた。
こちらに画面を見せていた土屋のスマホが、着信音を鳴らす。
土屋が画面を見た。
「さやりんだ」
そうつぶやいた。スピーカーにして通話に応じる。
「はい」
「──もしもし土屋さん、やほー!」
能天気なキンキン声が聞こえる。
「──いまお仕事大丈夫? わたしは五時間目、自習になりました。いえーい」
「あ、おめでと」
土屋がよく分からん言葉を返す。
「──あのねー、いろいろしゃべるからりょんりょんにも伝えて」
「りょんりょんここにいる。スピーカーにしたから、おっけ」
「……その呼び方やめろ」
涼一は顔をしかめた。
だいたい、こっちはりょんりょんで何で土屋は「土屋さん」なんだ。
もとから土屋さん呼びしたり、つっちーさん呼びしたりバラバラな感あったが、すっかり土屋さんで定着しやがったなと思う。
「それでなに。きのう話したとこは二回もいらんけど」
涼一はつぎの話をうながした。
「それより、ねっ、ねっ、ねっ。土屋さんとのよよよ夜っていうのっ──ねねねどうだったの、つつ土屋さんに聞いたらはじめてのお泊りっていうしさ、ねねね」
爽花が興奮に上ずった声で聞く。
「 “はじめてのお泊り” と “お泊りはじめて” って、語順違うだけなのに何かニュアンス違うな。新発見」
土屋が目を丸くする。
「いつものいろいろ順番ごっちゃのJK語だろ」
涼一はあきれて眉をよせた。
「おふとん人にぜんぶ敷かせて、ありがとうも言わずに熟睡アンド爆睡だったよ、鏡谷くん」
土屋が言う。
「何なの、おまえ。根に持ってんの?」
涼一はそう返した。




