病院まɀ 五
「──あ、土屋?」
午後八時。
涼一は、ようやくスマホに出た同僚に呼びかけた。
小中学校の同級生だ。
実家も知ってるし、身の回りのことを頼めそうなのは身近ではこいつくらいかと思う。
かたわらでは、爽花がこちらの話す様子を見上げている。
家の門限とかはいいのかととがめたが、自身の姿が二人に増殖した渋沢 栄一に見えるようになって以来、家族も困惑した感じで接するので居心地が悪いそうだ。
そもそも家族に自分だと納得してもらうのが大変だったらしい。
自分も地元に帰ればそんなふうになるのか。
ここから帰れば解決と何となく思いこんでいたが、自分のふりをして会社にいたあのニセモノのことを考えると、たしかに爽花とおなじことになりそうだ。
「説明が長くなるんだけど──いまどこ? 出先?」
爽花と立ちっぱなしで話していたので、少々つかれた。
スマホを耳にあてたままその場にしゃがむ。
病院の敷地内だが、もう入院病棟とナースステーション以外はあかりも落とされていて、見舞客も来る時間ではない。
たぶん迷惑ではないだろう。
爽花がおなじようにしゃがみ、こちらの顔を見ている。
「──いまどこって、一分まえに廊下で別れたばっかでしょ」
土屋がそう返す。
「それ俺じゃない。俺のふりした何か亡霊かもしれんやつ」
われながら中二病みたいな陳腐な説明だなと思いつつ涼一はそう答えた。
「あ? ──どうりで」
土屋が声をひそめる。
「やっぱ分かったか?!」
さすが古いつきあいだ。マンガみたいに見事に見抜いてくれるもんだなと涼一は感激した。
「──どうりで一万貸してって言っても貸してくんなかった」
涼一は顔をゆがめた。
「貸したことねえし」
「だな。何やってんの? ──そっちの廊下からかけてんの?」
土屋がふり向いたような衣ずれの音がする。
「だからそっちの廊下にいるやつは、俺のニセモノ」
通話口の向こうから、悲鳴のような声がかすかに聞こえる。
カツカツとあわただしい様子で走るローヒールっぽい足音。
「何か騒がしくね? もうほとんどのやつ退社してるだろ」
涼一は尋ねた。
「いや──なんか」
もういちど土屋が衣ずれのような音を立てる。
「夕方ごろから、女の社員の人ら気味悪い話してたじゃん。新紙幣のホログラムが笑ってるとか何とか。──んで」
「新紙幣のホログラム?!」
涼一は聞き返した。爽花が顔を上げる。
「つか、してたじゃんって言われても分かんねって。俺いまS県の血洗島ってとこにいて」
「──ちょうどおまえが変な電話受けとったときって言ってたけど。関係あるかどうか知らんけど、血洗島社の鏡谷って人から電話きて……」
土屋がふいに黙りこむ。
「あれ?」という雰囲気だ。
「それ、俺。だから何でか知らんけど、とつぜん血洗島ってとこにいて」
さきほど会社に電話をかけたさいの女性社員のとまどった様子は、もしかするとそれだったのだろうか。
手近にあった新紙幣のホログラムが笑って見えて驚いたのか。
通話口のむこうから、さらに悲鳴が聞こえた。
だれかがなんども「救急車!」と叫んでいるようだ。
「──何したの」
土屋がそちらに向かって声をかける。
「笑いが止まらなかった人たち! 呼吸困難おこして!」
通話口のむこうから、女性社員がそうわめいているのが聞こえる。
「りょんりょん! りょんりょん! ヤバい新情報きたッ」
横を向いて自身のスマホ画面を見ていた爽花が声を上げる。
「新紙幣のホログラム、笑ったやつ見た人はみんな笑いながら死んでるんだって!」




