ㄑटかハィツ 二
土屋が手の動きを止め、顔を上げる。
「白蛇って?」
「さっきアパートから逃げようとして玄関ドア開けたとき、白蛇の擬人化みたいな女が玄関先にいた」
涼一は弁当のプラスチック容器に残った漬物をポリポリと口にした。
「んで、何つうか、いきなり悲鳴みたいな奇声上げやがって」
「そのあとどうしたの」
「知らね。気ぃ失ったし」
漬物をポリポリと音を立ててかじる。
「それ聞いてないんだけど」
「んだっけ。さっき言わなかったか」
涼一は答えた。コーヒーカップでウーロン茶を飲む。
土屋がついでに買ったポテトチップスの袋をビニール袋から出す。テーブルの上にぽんと置いた。
「また後出しか。――はい。ヘビね」
スマホをタップする。
「検索してんの?」
「とりあえずメモってるだけ」
土屋が答える。
「まえもこの話は出たけど、桜が縁起が悪いとかいうイメージだったのは、むかしは人を埋葬した場所に桜を植えることがあったからっていう――あと偉いお坊さんが “桜の樹の下で死にたい” って言ったとか何とか。そのへんのイメージじゃないかって」
「とりあえず葬式とは繋がってるな」
涼一は答えた。
ポテトチップスの袋を開ける。
「ん」
袋の口だけを開けるのか裏のつまみも開いてポテトの敷物にする方式か、どっちにすると問う。
「ん」
土屋が両手を開くゼスチャーをする。そっちか。確かにあんまり手が汚れんしなと思う。
涼一はパッケージの背貼りを開いてテーブルの上に置いた。
「んじゃあの葬式連中のまわりの桜の数――」
土屋がポテトチップスをつまむ。
「すげえ数だったな」
「あれ、あそこの村だか地域で葬式した数?」
土屋が軽く眉をよせる。
涼一は土屋に向かって手を伸ばした。五本指を手招きしてるように動かす。
土屋が察して、わきにあった二リットル入りのウーロン茶のペットボトルを差し出した。
借りたコーヒーカップにウーロン茶を注ぐ。
「村ひとつの葬式っていったらそのくらいになるか……? 村人の葬式ごとに代々桜を植えてったら」
涼一はウーロン茶を飲んだ。
「それだと、日本中に鎮魂の桜が見渡すかぎりある地域があちこちあることになりそうだけど」
「明治の宗教改革的なやつで切り倒した? 戦時中に燃えた? それとも昭和の高度成長期の区画整理で切り倒してある程度まとめた?」
「どれもありそうななさそうな……どうなんだろ」
土屋がウーロン茶を飲む。
「あれ数が多いどころじゃなくて、無限にあるみたいな印象じゃなかった? 出口がまるで分からん状態みたいな」
言いながら土屋がコーヒーカップをコトリと置く。
「桜の無限地獄、桜の迷路、無限桜の名所からの脱出――」
涼一はポテトチップスをつまんだ。
「俺、F県の花見山に行ったとき、花がすごすぎて花に呑まれて襲われるって感覚あったけど」
「あそこは花農家さんが畑を一般開放してるとかじゃなかったっけ」
土屋が頬杖をつきスマホを操作する。
涼一ははたと目を見開いた。
「あいつらが葬式で言ってたセリフ――何だっけ。“何べんめだ“ だったか? ”これ何べんやるんだ” だっけ」
「たしかに “何べんやるんだ” とか言ってたな。イントネーション違うからリスニングきつかったけど」
土屋が言う。
「 “もうイヤだ、何べんやるんだ” だったかな」
涼一はY県で見た葬式の風景を頭に思い浮かべた。
「迷宮に迷いこんだ人みたいな解釈はできるセリフだけど」
土屋が神妙な顔でポテトチップスをつまんだ。
しばらくポテトチップスをポリポリさせてから、おもむろに何かを検索する。
親指がポチポチ動くのを涼一はながめた。
「ああ、あのアーチくぐってぐるぐる回るやつ。あの辺のお葬式のしきたりなんだ」
土屋が言う。
「意味あんのかあれ」
「そりゃ意味があるからやってんでしょうけど」
土屋がスマホ画面をスクロールする。
「あのアーチは “仮門” っていって、お葬式のあとに壊すんだってさ。あそこを通った死者は、戻ってきても門がないので戻れない」
「へえ……」
涼一は宙を見上げた。
「棺桶をぐるぐる回すのは、“棺回し”。死者が目を回して帰ってくる方向が分からなくなるようにする」
「たしかに目ぇ回ったわ……」
涼一は顔をしかめた。




