自宅ㄗパート 二
「やっとあたらしい葬式じゃ」
白装束の人のうちの何人かが、斧や鉈や草鎌を手にこちらに近づく。
フローリングの部屋を出て、水まわりのほうに出たあたりでゆっくりと手にしたものを振り上げた。
「これでこっから抜けれる」
何言ってんのか意味がさっぱりわからんと思いながら、涼一は玄関ドアのドアノブをうしろ手に回した。
「あにい、名前なんだ」
いちばん近くにきた男がそう尋ねる。
自身のつかう日本語とアクセントが違っていてリスニングがつらいが、名前を聞かれているのは認識できる。
言うわけねえだろ。
涼一は内心でそう返して目をすがめた。
前回のかくれんぼのときも思ったが、ともかく個人情報を知られちゃヤバいのは現代社会以上という気がする。
斧や鉈を振り上げた人々がこちらに迫る。
涼一は、ドアノブを回しドアを開けた。
逃げようときびすを返す。
透きとおるような白い肌の着物の女が玄関まえに立っていた。
メリーさん。
土屋の冗談のせいで一瞬そう思ってしまったが、たぶん違う。
陶磁器のような肌に長い黒髪。細面でスッと通った鼻筋、赤い唇。
非常に美しいが、目はすこし異様なほどに大きく白目がない。
例えるなら、白蛇の擬人化というか女体化というか。
敵か味方か。
行員さんのお友だちとか百合の相手とかホトケ仲間とかという可能性はワンチャンあるだろうか。
「えと……」
涼一は早口で話しかけてみた。
キあ━━━━━━━━━━━━━━━━!!!!!
とたんに白蛇のような女が、無表情のまま口だけをパックリと開けて悲鳴のような高い声を上げる。
「えっ……」
セセセセクハラはしてないよな。
そんなことを懸念しながら、涼一は意識が闇に呑まれるのを感じた。
暗闇に桜吹雪が舞う。
Y市で見た棺桶をかついでその場をぐるぐると回る儀式。そこに自身も加わっているかのように錯覚した。
暗闇の向こうに、Y市の商店街が小さく見える。
レトロな街灯がともされ、色あせた昭和ふうのアーケードがオレンジ色に照らされていた。
自身と土屋が、駐車場にいるのが見える。
地元から乗ってきた社用車に寄りかかり、こちらをながめていた。
土屋がスラックスのポケットに両手を入れ、背伸びするように身体を上下させる。
自分は、首をすこし伸ばして目を凝らすようにしていた。
ジャァン、と妙鉢の音が耳もとで響く。
デンデンデンと軽くつづく太鼓の音と、かすかに鳴る高い鈴の音。
真言を唱える僧侶の声がボソボソと聞こえた。
横を見やると、竹やワラで作ったアーチが建っている。
小柄な女性くらいの高さか。
涼一がもし通るとしたら、上体をかがめなくてはならない。
商店街で葬式を見せられたあのとき、遠目に見えたアーチはこれか。
西洋のお屋敷のバラが絡んだものとは違う。素朴な手作りのものだ。
ジャァン、と妙鉢の音が鳴る。
「葬式、しっか」
壮年の男性が疲れたように言う。
白装束の人々が、ゆっくりとアーチを通って歩きだした。
商店街から遠目で見たときに全員が小柄な女の子くらいの身長ではと土屋が言っていたが、たしかにそのくらいっぽいなと涼一は思った。アーチをらくらく通っている。
むかしの日本人男性の平均身長は百五十センチくらいだったと聞いたことがあるが、どのあたりの時代だったか。
江戸か明治のはじめあたりだっけと涼一は記憶をたどった。
葬式を見物している自分のほうに向かって歩いて行くことになるのか。変な気分だなと思う。
目の前まで行って、あとはどうなるのか。あっちの自分と二体で融合でもするのかと予想してみる。
だが予想に反して、商店街の駐車場にいる自身の姿が急激に遠ざかった。
「えっ……」
涼一は目を見開いた。
商店街の景色が米粒ほどに遠ざかる。すぐに見えなくなりそうそうだ。
「いやちょっ……」
涼一は声を上げた。
白装束の人々が、いっせいにこちらを見る。とたんに足元がガタガタと動きだした。
自身のまわりが、木製の丸みをおびた壁だと気づく。非常にせまい。
もしかするとあの樽の棺桶の中なのだろうか。
駐車場にいる自身と土屋の姿が遠ざかり、消失点で消える。
何かまずいのではと思った。
戻れなくなるのでは。
魂が、肉体から引き離されているところなのではと思った。




