コーヒーショップ 一
「いや単純にさ。社内で怪異だの憑いてきただの話してたら、人から見て何かドン引きじゃん」
会社の近くのとあるコーヒーショップ。
土屋が向かい側の席でコーヒーをひとくち飲んでから切り出した。
白を基調とした内装に、白のテーブルと白いイス。
涼一は少し冷たい印象をおぼえるが、このまえのカフェレストランでは倒れた手前とうぶん行きにくい。
わりと気に入った店だったんだけどなと思う。どのくらいしたらほとぼりが冷めるか。
いつものように二人そろって定番のナポリタンを無言で腹に入れ、コーヒーをひとくち飲んでからやっと会話をはじめる。
ナポリタンがとくに好きというわけではなく、たいがいどこの店にでもあるから選ぶ時間がはぶけるという発想だ。
「たしかに。こういう目になんべんも遭うまえだったら、んな話を社内でまじめにしてる人とか俺も変な人ってみた自信ある」
涼一はそう返答した。
新紙幣の怪異に遭うまえの自分がなつかしい。
「こういうときに打ち合わせする店とか、いくつか決めとこうか」
土屋がコーヒーを口にする。
「おまえ今後も遭う気なの? いっそお不動さんのパシリから外される方法考えたほうが建設的じゃね?」
涼一は顔をしかめた。
「相手は神仏だよ、鏡谷くん。ヒトカスのちゃっちい嫌われ工作なんて見抜いて大きな愛で包んじゃうんでしょ」
「いやキッツいセクハラとかすればワンチャン……」
涼一は宙をにらんだ。
「お不動さまに? セクハラすんの?」
土屋が異次元の案でも聞いたかのようにポカンとする。
「本性のときはさすがにサイズ違いすぎてムリだな。行員さんのときとか――」
お不動さまこと行員の霊池のにこやかな童顔美人顔を思い浮かべて、涼一はにわかに照れてしまった。
「とりあえずスカートめくり……」
「小学生?」
土屋が顔をしかめる。
タイトスカートはめくりにくいかと大まじめに考えてしまった。
「土曜日の日に爽花ちゃんと連絡とってみたんだけどさ」
土屋がコーヒーを飲む。
涼一は顔をしかめた。
「よくあんなうるせえのと進んで連絡とる気になるな、おまえ」
「俺らが知らない情報に接してる可能性あるでしょ。いざとなればSNSで情報集めてくれるし」
土屋が淡々と答える。
「俺らはSNS使うくらいはできても、頻繁にチェックする時間とかあんまりないし」
「何か知ってた?」
「ぜんぜん。河津桜デートってするのかとか聞かれた。――だれとの話想定してんのかは不明だったけど」
あいかわらず主語不明のわけ分からん話するのかとうんざりする。
「まあ、ちょっとググッた時点でこのまえ俺が言ったことにはたどり着いたみたいだけど。――“桜は血を吸って赤く染まる” と “桜の木の下には死体が埋まってる” ってな言葉」
土屋が言う。
「なにその気持ち悪い話」
涼一は顔をしかめた。
「むかしからよく言われてる言葉じゃん、出どころはなんか不明だけど。――ググッてみたら、むかしは人を埋めた場所に桜の樹を植えることがけっこうあったからじゃないかって話が」
土屋がコーヒーを飲み干した。
ポケットからスマホをとりだして時刻を見る。
「だから桜っていうと、ある時代までは鎮魂とか縁起の悪い樹ってイメージがあったとか何とか」
土屋がスマホを中指でスクロールする。
「あとついでにさやりんと軽く調べた。むかしのお葬式の衣装は白装束だったりしたんだってな。そもそも葬式の服装自体、土地とか遺族かそうじゃないかによってもバラバラだったみたいだけど」
「いまみたいな黒い喪服って、けっこう後の時代からなのか?」
「戦後みたいだよ」
土屋が答える。
「血と死体のイメージの樹なのか……」
涼一はつぶやいた。
花見にあまり興味がないまでも華やかでさわやかなイメージがあったが、もともとはほぼ逆の意味があった花なのか。
コーヒーを口にする。
「行員さんが平気かって聞いたの、そういうこと?」
「ああ……」
土屋が天井を見上げる。
「あんがいその辺なのかな。むかしの人のイメージと現代人のイメージがぜんぜん違っちゃってるなんて、あんまりつかんでないのかもな」
「つかおまえ、時間は大丈夫?」
涼一は土屋に問うた。
「そっちは? 俺はもう少しあるけど」
「俺ももうちょい……」
時間は、午後の一時を少しすぎている。
いちばん混む時間帯をすぎたころから店内は静かになった。
おだやかなクラシックの音楽が店内に流れている。
さきほどナポリタンをかっこんださいには、音楽がかかっていることすら意識していなかった。
「どうする? コーヒーもう一杯飲む?」
「こういう店で打ち合わせするときの時間の潰しかたも打ち合わせしとかないとな……」
土屋が頬杖をついた。




