株式会社わた၈はら 社員食堂廊下
休み明けの昼。
午前中のルート営業の仕事を終え、社員食堂廊下の自販機コーナーで飲みものを飲もうとした涼一は、一角のベンチソファに座り缶コーヒーを飲む土屋と遭遇した。
「おつかれ」
言いながら、スラックスのヒップポケットに入れたサイフを取りだす。
「ん」
そう声を発して土屋に借りた金銭を渡した。
「ん」
土屋が手を差し出し、「うん」に近いような返事をして受けとる。
「ん?」
社員食堂のほうを指さして「食堂で食わんの?」と問う。
「ん」
土屋がそう返事をして脚を組む。たぶん営業行く途中に外で食べるつもりなんだろう。
「んー」
「ふーん」に近い返事をして、涼一は自販機の一つに歩みよった。小銭を入れて缶コーヒーを買う。
「ん?」
コーヒーを手にして、土屋の向かい側のベンチソファを指さす。「ここ誰か来る?」という意味だ。
「んん」
土屋がわずかに首を振る。ううん、という意味だろう。
向かい側のベンチソファに座り、「はー」と声を上げる。
社員食堂のほうにいく女性社員のグループが、きゃらきゃらと笑いながら「あれでよく通じるよねぇ」「仲いいー」と話している。
だれの噂話なんだか。関係ないだろうけどと涼一は思った。
「あー、休んだ気しねえ」
涼一はぼやいた。
「あの怪異、あんなんで終わったみたいだからいいけどよ。桜の花びらの掃除ちょくちょくやらされてムカつく」
言いながら缶コーヒーのプルタブを開けた。
「うん……?」
脚を組んであさっての方向を見ていた土屋が、怪訝そうにこちらを向く。
「何かするたびに、袖とか靴ん中とか車のダストボックスとかから桜の花びら一個か二個ずつ出てきて。こんなところにまだあったって」
涼一は大きくため息をついた。
さきほども社用車の中で花びらをつまんでゴミ入れに入れたばかりだ。
「そうとう舞ってたからな、花びら」
「は? ――はああ?」
土屋が大声を上げる。
廊下を通りかかった男性社員が、何ごとかとこちらを見た。
「なにそれ鏡谷くん。先生にちゃんと言いなさい」
「何でおまえが先生なの。俺が女教師モノちょっと好きだからって」
「いや知らんかったけど」
土屋が答える。
「異空間のってか、幻惑で見た桜の花びらが現実にもどってまで出てくるわけないでしょ、ふつう」
涼一は目を丸くした。
缶コーヒーを口にしたまま固まる。
「言われてみれば……」
「……すげえ神経してんな、鏡谷くん」
では、出張から帰ってもちょくちょく周辺で見つかる花びらは何だ。
何かべつのものを見まちがえているのか。
「まだ桜咲いてないよな、このあたり」
「河津桜もまだでしょ。ソメイヨシノより開花ずいぶん早いらしいけど」
涼一は、缶コーヒーの飲み口を見つめた。とりあえずひとくち飲む。
「なぁんか憑けてきちゃったのかな」
土屋が組んだ脚の上に頬杖をつく。
「おまえは?」
「何もない」
土屋が答える。
涼一はもうひとくち缶コーヒーを飲んだ。
「そもそも行員さんが接触してきて、平気ですかとまで聞いてんのにお葬式見学で終わるわけないと言われれば納得だけど」
土屋がふぅと息をつく。
「おまえ納得すんの。俺は自分で解決しやがれって怒鳴りつけてやりたいけどな。お不動さんが本性のときに」
「あ、本性のときに……」
土屋が苦笑いする。
何か言いたそうだったが、あとは口をつぐんだ。
「昼ごはん、これから?」
土屋が問う。
「これから。午後にOコーポレーション行くんだけど、時間あるからここで食うか外出るか迷ってた」
「んじゃ外行こ。なんか打ち合わせっつか」
土屋がそう提案した。




