病院まゑ 四
「んでね、乗っとられるの話なんだけどね」
スマホを操作しながら爽花が切りだす。
「あ、ねね」
唐突に自身のスマホを指さしこちらを向く。
「ラインのアプリ、この場でバーッとインストールしちゃわない?」
「しない」
涼一は顔をしかめた。
「りょんりょんとスタンプしりとりやりたかったなー」
「アプリとか容量食うからやだね」
涼一は答えた。
「なん人かとSNSでやりとりしたんだけどさ、被害に遭ってるなかにはオカルト詳しい人とか霊感強い子とかもいて、ホログラムに亡霊がとり憑いてるんじゃないかって」
爽花がスマホを操作しながらそう話す。
「亡霊?」
涼一は聞き返した。
「どこの」
「どこのか知らないけど、亡霊なんて日本中にいるじゃん」
爽花が答える。
「適当だな」
涼一は眉根をよせた。
なんの見当もついてないわけか。亡霊というのも、根拠があってのことなのか。
何か長い道のりになりそうな気がする。
「ホログラムにとり憑くって何」
「ほら、人形にとり憑くとかあるじゃん。人型に近いものには霊が入りやすいんだってさ」
涼一は顔をしかめた。
「お札でしょ。平面でしょ?」
「でも、ホログラム動くじゃん。立体的な感じに」
爽花が手で動く様子を示す。
亡霊とやらだとして、人型というものに対してそんなに適当な感覚なのか。涼一は当惑した。
そういえば絵に何かが憑いてるなんて話も聞いたことある。
「もしかしてトポロジーだのリッチフローだのあれみたいな感覚か? 穴が空いてりゃともかくドーナツ型で、空いてなけりゃすべて球型とかいうああいうの」
「ごめんそこ、ぜんぜん習ってない」
爽花が右手をピョコッと挙げる。
「……べつに俺も雑学レベルでしか知らんから、ツッコまれてもこれ以上説明できない」
涼一は答えた。
「雑学? 数学とかじゃないの?」
爽花が問う。
「数学。百年間だれも解けんかった問題とか何とか」
爽花が大きく息を吐く。
「あーよかった。学校行けてないから、そのあいだにそんなややこしいこと授業でやってたらどうしようかと思ったあ」
「学校くらい行けば?」
涼一は顔をしかめた。
「あのねー。学校にいるほとんどの人に、わたし渋沢 栄一ソックリで二人に増殖してるみたいに見えるんだよね。とり憑かれ初日からもう混乱したわけ」
「ああ……」
なるほどと涼一は宙を見上げた。
「だからこれお祓いとか除霊とか、分かんないけど解決しないと学校行けないっていうか」
爽花が唇を尖らせる。
「ああ……なるほど」
涼一は外灯の点在する里山ちかくの町の風景をながめた。
「とり憑いた紙幣が代わりに学校行って授業うけてるわけじゃないんだ」
「なにそれ」
爽花が目を丸くする。
「いや……俺の場合、会社に電話したら天保十一年生まれとかいうやつが俺のふりして会社にいた」
「うわなにそれ。きっも」
爽花が口元を両手でおさえて後ずさる。
「なんかいきなり末期とちがうの、りょんりょん。そのパターンはじめて聞いた。ポストしてみる」
爽花がスマホを取りだす。
末期。
涼一は眉根をよせた。
何の末期だ。乗っとりの末期か。
爽花は二日まえにおかしなホログラムを見て、少しずつ物質化が進行していると話した。
自身はたった数時間まえにホログラムを見たのに、もう乗っとり末期ということなのか。
「え……早くね? 進行具合に個別差あるのか?」
「新しい紙幣が出てから何日か経つから、効率いい乗っとりかた覚えてきたとか?」
爽花がスマホを操作する。
「学習すんのかよ。さいきんは亡霊までAI搭載型かよ」
涼一はイヤな汗をかいた。
にわかに心臓が速くなる。
「……何から何まで気持ち悪いな」
「ていうか、りょんりょんはエックスやってないの?」
爽花が顔を上げる。
「仕事用のアカウントはあるけど、そこでオカルトなこと書きたくない」
涼一は顔をしかめた。
「え、やっぱまずい?」
「まずいわ。この製品すごくいいですよーとポストしてるとこに、いきなり "亡霊に乗っとられてます” なんてポストしたら、フォロワーがドン引くわ」
「あーそういうもんー」
爽花がポチポチとスマホをタップする。
ふたたび二人に増えて、ほぼ同時に顔を上げた。
「え、そのアカって製品の営業してんの? それともサクラ的に書いてんの?」
「え、そのアカって製品の営業してんの? それともサクラ的に書いてんの?」
「……サクラ」
涼一は顔をしかめた。
やはり片方は少し動きもセリフも遅れるなと、それだけは冷静に観察する。
「うっわー。日本社会の闇ー」
「うっわー。日本社会の闇ー」
爽花がポチポチとタップする。
「大げさな」
涼一は眉をよせた。




