ㄚ縣ㄚ市郊外 四
白装束の人々が、車のフロントガラスのすぐまえに迫る。
シンバルの音と軽いデンデンという太鼓の音を鳴らして、まっすぐこちらに歩みよってきた。
全員が無表情というのか疲れたような表情だ。
げっそりとして生気がないのは、霊だからなのかそれとも生前になにかあったのか。
先頭の人物たちが、車のボンネットの二メートルほど手前まで歩みよる。
「塩でも持っときゃよかったか……」
涼一は、スマホを耳にあてつぶやいた。身体をわずかに縮ませる。
「──塩、持ってなかったの鏡谷くん。血洗島の件のときいきなり塩に助けられた経験しておきながら?」
土屋が咎めるように言う。
「また怪異に遭うとは思わなかったんだよ。お不動さんにつきあう気とか最初からねえし」
涼一は顔をしかめた。
「いやそれでも、アウトドアグッズくらい用意しておこうよってこのまえ言ったじゃん」
「そろえる暇とかあるかって」
「──助手席の窓あけて、鏡谷くん」
土屋がそう指示する。
「あ? ああ」
理由も分からないまま、涼一はキーを差しこみ助手席側のサイドウィンドウを開けた。
桜の花びらが、サァァッと吹きこむ。
土屋が自身の車の運転席のウィンドウを開け、身を乗りだして何かを投げてくる。
ポトンと小さいものが助手席のシートの上に落ちた。
口を輪ゴムでくくった小さいビニール袋だ。なかにわずかな量の白い粉が入っている。
「なにこれ。砂糖? 塩? ヤバい薬物?」
「──話の流れ的に塩でしょ」
あきれたように土屋が答える。
「──念のため鏡谷くんの分も持ってきてやってよかったわ。あげる」
「おう」
用意のいいやつと思いながら、涼一は投げられた小袋をスーツのポケットに入れた。
「──もしも何日かここに閉じ込められるようなら、その塩桜に振りかけて食料にもできるし」
「え……おう」
何だそれ。涼一は引いた。
幽霊よけと非常食をいっしょにするやつをはじめて見た。
こういうやつと巻きこまれてるからいまいち恐怖感がないんだろうか。
ジャァン、と妙鉢の音が鳴った。
葬式の列の先頭がボンネットの間近まで迫る。
「……俺の目のまえでそれ鳴らすな。トラウマがあるんだ、クソが」
涼一は顔をしかめた。
車のなかに素通りで入ってこられる覚悟をしたが、葬式の列はあたりまえのように二手に分かれ、車の両側を通って先へと進んだ。
列にならぶ人々の顔を、サイドウィンドウからうかがい見る。
こちらのことはまったく認識していないのか。
土屋の車を見やると、やはり両脇をぞろぞろと通り抜けられている。
土屋が列を目で追っていた。
すぐ横から、すすり泣く声や吐息まで鮮明に聞こえる。
人々の身体の質感や体温まで感じる気がするのは、さすがに錯覚なんだろうが。
「──土屋」
涼一は通話口に向けて小声で呼びかけた。
「何かありましたか、──どうぞ」
土屋が返してくる。
「いや。大声出すと気づかれて何かされるかなと思って」
「──元ネタなに? 耳なし芳一?」
「そのへんかな……」
定かではないが。
「行員さんが見せたかったのはこれか? もしくはこれを見ることになると予言しに来た? ──どっちだ?」
涼一はサイドウィンドウに沿うようにして行く白い装束の動きをながめた。
装束の素材は、麻か木綿か。質素な感じだ。
近くで見ると真っ白ではなくかすかに黄ばんでいる気がする。
漂白剤のない時代だろうしなとどうでもいいことを考えた。
「過去二回のパターンからすると、この人らの集落か周辺の村か後世のおなじ土地の人らがお不動さまを祀ってる? ──んで成仏できない人がいるか、成仏したくなくて逆らってる人がいるか、成仏のしかたが分からない人がいるか」
「……ぜんっぜん推理にならねえじゃねえかよ」
涼一は眉根をよせた。
樽型の棺桶をかついだ二人が、涼一と土屋の車のあいだで立ち止まる。
ほかの人間も立ち止まった。




