ㄚ縣ㄚ市郊外 二
とつぜんに陽が落ち、あたりは夜になった。
F山は群青色の空に黒いシルエットでたたずんでいる。
現代の国内では、おそらく田舎ですら中々見られないであろう満天の星空。
砂糖をこぼしたような星の大群に、現代人としてはむしろ恐怖を覚える。
夕刻からあかりを点していたレトロな街灯はどこにも見当たらず、F山に向かって長くのびていた商店街と街なみもない。
「何か来たっぽいな」
土屋が、さきほどまで商店街の通りの消失点だったあたりをながめる。
涼一は開けかけた車のドアをバンッと閉めて舌打ちした。
「あーくそ」
ぼやいて車体によりかかった。
生暖かい風が顔にあたる。
ジャァン、と遠くからシンバルのような音がした。そのあとに続く軽い太鼓の音。
通りの消失点だったあたりに、ぽっと灯された松明がゆっくりと移動し、アーチ型の門のようなものを照らしだした。
「何あれ。――アーチ? 庭のバラとか絡めるやつ?」
土屋がスラックスのポケットに両手を入れ背伸びをしているような体勢で見つめる。
「お嬢さまが馬車で通るお屋敷のあれみたいなやつ?」
涼一も目をこらした。
ド派手な縦ロールのお嬢さまがバラを手にほほ笑んでるイメージが脳内にうかぶ。
「バラは咲いてなさそうだなあ。そういうのよりもっと地味な感じするけど」
土屋がさらに背伸びするように身体を上下させた。
ジャァンとシンバルの音が聞こえる。
白いかぶりものに白い装束の人々がアーチの向こうから進み出て、こちらの方向に歩きだした。
白装束のうちの二人ほどが、大きな円筒形の樽のようなものを棹にくくりつけ運んでいる。
門をくぐり七、八歩ほど進んでいちど立ち止まると、樽をかかえた二人はその場で時計回りにぐるぐると回りだした。
「何かの儀式? あの樽みたいなの何だろ。つぎの儀式の道具が入ってるとか?」
土屋がつぶやく。
「ワイン樽? ビール樽? 黒ひげのおっさんが入ってるゲームのあれ?」
涼一は、目をこらして白装束の人々を見つめた。
樽を運ぶ二人の人物がしばらくその場をぐるぐると回る。なんどか回ると、あらためて全員でこちらに向かって歩きだした。
ジャァンとシンバルが鳴る。止まることなく鳴らされている軽いデンデンという太鼓の音。
「……つか、あんまり確信ないけど、俺あのシンバルみたいな音に聞きおぼえあるんだけど」
涼一は眉をよせた。
「まじ?」
土屋が白装束の動向をながめながらそう返す。
ややしてから、顎に手をあてた。
「……あれ? 俺も何か聞いたおぼえが」
「オーケストラのシンバルとは微妙にちがうよな。なんか金属の音っぽいけど金属じゃないっていうか。イヤ〜な思い出とセットになってる気がするんだけど」
涼一は眉をよせた。
「俺はイヤな気はしないな。……何だっけ」
土屋が、記憶をたどっているのか横を向く。
「二人ともおぼえがあるってことは、地元にもあの儀式があるとか? それとも会社関連でなんか」
「シンバル納品したおぼえはないな」
涼一は、こちらに向かって歩いてくる白装束の人々をじっと見つめた。
さきほど松明に照らされていたアーチの付近から順に、白っぽい花を満開に咲かせた樹が現れる。
涼一たちの周囲もやがて木々に囲まれ、駐車場の出入口は見えなくなった。
「やっべ。逃げ道なくなった」
土屋が出入口のあったあたりをふりむき早口で言う。
べつの出口がないか涼一は反対方向を見たが、ぐるりと桜の樹に囲まれていた。
「逃げ道なくなったじゃねえよ、ちょっとは危機感もて、おまえ」
「いや鏡谷くんもでしょ」
土屋が苦笑いする。
もしかして、そろってどこか図太いんだろうか。慣れた感もあるが。
生暖かい風が吹いて、ととのえた髪が乱れる。
雪のようにあたりを舞う桜の花びら。
ザザッと音がして枝がしなり、桜の花びらが顔とスーツの全身に貼りついた。
振りはらおうと腕を見ると、袖についた花びらがみるみるうちに真っ赤になる。
「赤すぎだろ。まるで血……」
「桜は血を吸って赤く染まるとかだっけ? 桜の樹の下には――」
土屋がスーツについた花びらを片手で払いながらそんなことを口にする。
涼一は、遠くからこちらに歩みよる白装束の集団をもういちど見た。
ジャァンというシンバルの音は定期的に聞こえている。
「思い出した。あのシンバルみたいなの……」




