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「……そういや桜って言ってたな」
涼一は、行員の霊池がとうとつに切り出したセリフを脳内でくりかえした。
「なに? 今回は桜の妖怪と鬼ごっこでもしろって?」
額の冷却シートをおさえて顔をしかめる。
「桜鬼ってゲームがあった気がするなあと思ってさっきググったら、桜おにぎりが出てきた」
土屋がまじめな顔で言う。
「何それ。うまいの?」
「見た目はかわいい。食感はナゾ」
「行員さんかよ」
涼一は、あおむけのまま風でゆれる駐車場の周辺の木々をながめた。
さきほどから誰も通らない。
繁華街のなかにある界隈とはいっても、場所と時間帯によっては静かなエリアがあちらこちらにある。
こんど昼寝するときはこの駐車場に車を停めよっかと思った。
「……何の話だっけ」
額の冷却シートを裏返して涼一は尋ねた。
「ああ……桜か」
土屋がフロントガラスの向こうを見る。
「話が逸れたから、うっかりハイビスカス模様の水着姿まで想像行ってた」
そう呟く。
「俺はせいぜいアサガオ模様の浴衣だったけど」
額の冷却シートをもういちど裏返した。だれの話なのかは聞かなくても分かる。
「さっき行員が着てたの、どこの制服かな。おまえ見たことある?」
涼一は助手席を横目で見た。
「ないな……さくらのはな銀行の制服に似てる気がするけど、ちょっと違う」
「制服はあんまり関係ないのか? 怪異の現場の近くで使われてるやつを何となくコスプレしてる感じ?」
涼一は少し身体を起こしてダッシュボードに置いたスマホを手にとった。
「そうなるとコスプレもある程度ヒントになるんじゃないかな。こんどお使いしろと言われてる場所が、あの制服の使われてる付近とか。もしかして見当つけられる?」
土屋が言う。
涼一はスマホの時計の表示を見た。
もうすぐ三時。
サイフ取りに自宅に戻る時間、もうねえなと思った。
退社時間ちかくに会社に戻ると、営業課のフロア一角のパーテーションの向こうから上司に手招きされた。
近県に出張してほしいむね告げられ、かんたんに打ち合わせをして自分のデスクに戻る。
あしたは現地直行か。
とつぜんこういうのも別にめずらしくはないので慣れた。
肩に手をあてて軽く肩こりをほぐしながら、フロアの柱にかけられたアナログ時計をながめる。
退社時間をすこし過ぎていた。
まだ社内にいる人もいるが、退社した人もいるのでデスクに座る人は半分ほどだ。
「ただいまー」と気だるくつぶやきながら営業課のフロアに入ってきた土屋を、涼一は呼び止めた。
「悪り。あした出張だから、金返すのあさって以降になるわ」
そう告げる。
「鏡谷くんもか」
土屋が頭を掻いた。
「Y県」
「俺もY県。あした」
涼一は目を丸くして土屋の顔を見た。
「まあ、出張の日付がかぶること自体はめずらしくないけどさ」
土屋が複雑な表情で言う。
「ちなみにY県のどこ。俺はY市」
「F市」
二人で、ふぅ、と軽いため息をつく。
そこは別か。何かホッとする。
「……やべえ。うっかり不動明王が自分の上司に化けた想像しちまった」
「ハイビスカスの水着想像した人にそういうの聞かせんでくれる? 鏡谷くん」
土屋が顔をしかめる。
「行員さんは事前に分かってたのか? このこと」
「分かってたか仕組まれたかのどっちかだろうな。てことは、つぎにお使いしろ言われてるのはY県のF山付近か……」
土屋がアナログ時計を見た。
おもむろにスーツのポケットからスマホを取りだし、検索をはじめる。
「どっちも高速使って片道一時間前後だな。日帰りコース?」
「日帰りコース。高速料金といっしょに宿泊費まで出してくれるほど景気よくねえだろ、どこも」
土屋がさらに検索する。
「日帰りコースで会社の営業と不動明王のお使いさんか。ハードスケジュールになりそだな、鏡谷くん」
そう言い苦笑する。
「……まあ次の日が土日だから、最悪自費でお泊まりいけるけど」
「お不動さんの仕事キャンセル。やらせたかったら基本給と福利厚生を用意しやがれっての」
涼一は首を回し肩こりをほぐした。




