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「いきなり来んな。奢らねえぞ」
涼一はテーブルに頬杖をついた。
「あ、コーヒーとかお飲みになります?」
土屋が愛想笑いでコーヒーを勧める。
「俺は奢らねえ」
「いやここでサイフ出せるの俺しかいないでしょ、鏡谷くん」
土屋がテーブル横に置いてあるメニューを開いて行員に差しだす。
「何でしたら軽食とか」
「神仏ってナポリタン食うのか?」
涼一は行員の顔を見た。
行員が何も言わず笑顔を浮かべる。
「やっぱキリスト教圏の食べものは忌避感があるとかホトケ界で禁止されてるとか?」
「それ言ったらそもそもコーヒーってどこの宗教圏だよ。ブードゥー教?」
涼一は眉をよせた。
「三蔵法師が食ってたもんとか」
土屋がカバンからスマホを取りだす。三蔵法師の旅のあいだの食料を検索するつもりだろうか。
「カレーにしてやれ。何かざっくりそっちだろ」
涼一はコーヒーを口にした。
「いっぺんイギリス通って魔改造されて、日本でさらに魔改造されたカレーでもオッケーですか?」
土屋が、本気なのか冗談なのか分からん表情で行員に問う。
「桜は平気ですか?」
話の流れはまるで無視で、行員が問う。
涼一は、おもむろに土屋と顔を見合わせた。
「お花見ってこと?」
土屋が尋ねる。
平気ですかという問いかたが少し妙な気がする。
神仏であるがゆえの意思疎通のズレだろうか。
「平気っつか何とも思わんけど、あんたのパシリやる気はまったくないんだけど」
涼一は眉根をよせた。
「事ともしないのであれば安心いたしました。ではお気をつけて」
行員が笑顔で会釈する。
「……話聞け、おい」
声音を落として不機嫌に返す涼一にかまわず、行員がゆったりとしたしぐさでイスから立ち上がる。
そのままきびすを返すと、コツコツコツコツとローヒールの音をさせて店の出口へと向かった。
「おいこら」
涼一は、立ち上がり行員のあとを追った。肩をつかんで引き止める。
行員がふり向いた。
「あ……っと」
とたんにセクハラかと思いあわてて手を引っこめる。
行員がにっこりと笑いかけた。
「いや……えと」
間近で笑いかけられると困惑する。
「詳細っつか」
「鏡谷!」
土屋がガタッと音を立てて立ち上がった。
「詳細を……」
ぐらりと目眩がする。
急激に行員の顔が遠ざかり、目の前が暗くなった。
「鏡谷! おいちょっ……」
自身が膝からくずれるように倒れたのは認識したが、頭を打つまえに何かに上半身を支えられた気がした。
「鏡谷!」
土屋の声がする。はっずかしいから名前を呼ぶなと言いたかったが、口が動かない。
周囲のガヤガヤとした人の声が耳に入る。
「――あ、いえ。救急車は大丈夫です。このまま車に運びますんで」
土屋がそう言っている声が聞こえた。
そうしろ。こんな街なかで救急車とか恥ずかしすぎるわと脳内で訴える。
行員に近づきすぎたのか。
久々に来たな、この状況と思った。
薄目だけかろうじて開く。せまい視界に周囲の景色が見えた。
店内の様子はさきほどと変わりなかったが、なぜか店のガラス窓がすべて障子戸になり、向こう側にウネウネとよじれて狂ったように枝をからみあわせる数えきれないほどの満開の桜が見えた。
額にピタッと冷却シートが貼られる。
「冷てっ」
リクライニングした社用車の運転席で涼一は声を上げた。
「まえにも同じようなシチュエーションで倒れた話してなかったっけ。何でわざわざ肩つかむの」
土屋がとりあえず助手席に座り、冷却シートのパッケージを折りたたむ。
「ゴミ箱どこ」
「いくらした、これ」
涼一は額の上の冷却シートを指さした。
「レシート渡しとくわ」
土屋がスーツのポケットをさぐる。ほんとにポケットに入れるんだなとどうでもいいことを確認した。
「つか桜……なんてまだ咲いてないよな」
涼一は、リクライニングしたままの席から駐車場のまわりの樹を見渡した。
「桜の樹がそもそもないと思うけど、ここ」
土屋が駐車場の周囲の景色を見回す。
「んじゃさっきのは幻覚か……」
涼一は、はぁ、と深く息をついた。
土屋がしばらく黙りこむ。
「……桜?」
声音を落として不審そうに聞き返す。
「倒れたときに、何つうかグニャグニャ蛇みたいに絡んでる桜が何本も窓の外に見えてさ」
土屋がなぜか引きつったような笑いをもらす。
「……ちょっ待て鏡谷くん。――行員さんに桜は平気ですかとかナゾの問いかけされたあと、んな不気味な桜見て何で幻覚って解釈なの」
「ん?」
涼一は額に手をあてた。




