お憑かૠਟまڃਕ
「いや俺もさ」
正午を一時間半ほど過ぎた街なかのカフェレストラン。
涼一の向かいの席に座った土屋が、粉チーズの容器を振りナポリタンにふりかける。
むかしながらのケチャップの匂いと、チーズのかすかな香りを鼻腔に感じる。
「だれか呼び出して食事するなら、まあ女の人がいいかなって思うよ。んでも、りょんりょんが困ってるんならしょうがないかっていう」
「その呼び方やめろ」
涼一はナポリタンにタバスコをかけながら顔をしかめた。
天使の絵画が飾られた店内は、昼のいちばん混む時間がすぎて人は少ない。
ゆったりとした室内音楽が、二つ三つ空席のある店内に静かに流れる。
窓から見える繁華街は、ビジネススーツの人が多い印象だ。
そろそろ春が近いせいか、明るい色彩の服が多くなってきた気がする。
「サイフ自宅に忘れるって、ありそうでめったにないっていうか」
土屋が苦笑する。
「ゆうべサイフの中のレシートまとめて捨てたからな。そんときどっかに置いて忘れたんだと思う」
「鏡谷くん、サイフにレシート入れんの? 金運悪くなるって聞いたけど」
土屋が粉チーズの容器をコトンと置く。
「おまえどこ入れんの」
「なんかポケット?」
「ぐしゃって?」
涼一は眉をひそめた。
「そっちの方が金運悪くなりそうなイメージ」
フォークを手にとる。
「少なくとも税負担率五割ちょいって程度の金運は保ってる」
「日本の社畜、完全に搾取の感覚バグってるわ」
涼一はナポリタンスパゲティを食んだ。
二人そろって無言になる。
どちらも食べながらしゃべるという器用な芸当はできない質なので、いっしょに食事をすると食べているあいだ会話はない。
ヴァイオリンの室内音楽が静かに流れる。
ひたすらオレンジ色のナポリタンとコーヒーだけを視界に入れ、軽く食器をこする音だけを響かせる時間が続く。
「んでさ。サイフを自宅に忘れるって、ありそうでめったにないじゃん」
ナポリタンをたいらげて口元を拭きながら土屋がもういちど言う。
「なんべん言ってる」
涼一はコーヒーを飲んだ。
「午後から少し時間空くから、自宅にとりに行くわ。あとで返す」
「うんまあ、それはいいんだけどさ」
土屋が店内を見回す。
「なに」
涼一は、土屋のながめた方向を見た。
「鏡谷くんがサイフ忘れたからここで二人で食べてるわけじゃん」
涼一は軽く眉をよせて、「おお」とも「んあ」ともつかないあいまいな返事をした。
「行員さんことお不動さまが、俺らがそろったときに接触したいと目論んでたとしたら好都合っていう」
土屋が、あらためて店内入口とその周辺を見回す。
涼一はコーヒーを飲みつつ土屋の横顔を見た。
同じように店内を見回す。
「……ここに出るとしたらウエイトレスさんか?」
涼一はレジにいる女性スタッフをながめた。
白いブラウスに黒っぽいスラックス、茶色系の短いギャルソンエプロン。
嫌いな格好ではないけどなと思う。
会計のために席を立つと思ったのか、女性スタッフがこちらに顔を向ける。
「あれは行員さんじゃないよな……」
涼一は眉をよせた。
「姿まで変えたことはないよね、いまのところ」
土屋が答える。
「場合によっては、鏡谷くんがサイフを忘れたのもこういう場をセッティングするためにお不動さまに操られたとか」
「……怖いこと言うな」
涼一は奥の厨房の入口を見た。
先日の異界のラーメン屋のトラウマがうっすらよみがえる。
「いま食ったナポリタンも羂索かな」
「やめろ。ミミズ連想しそうになる」
涼一は顔をしかめた。
「俺、オカルト板とか行って調べたんだけどさ。神仏ってあんがいそういうことするらしいんだよな。お呼び出しするためにわざと何か失敗させるとか、もういちど呼ぶために忘れものさせるとか」
オカルト板って。
マジメに言ってるんだかネタなんだかと涼一は思った。
「呼び出しとか食らってたまるか。二度とパシリなんかしねえからな。人選ミスだっての」
涼一は、厨房の入口をにらみながら舌打ちした。しばらく監視するように入口をじっと見る。
土屋は、店入口とほかの客席を見回していた。
行員の姿はない。
どこを見てもカフェレストランの日常的な光景だ。
「……いないか」
涼一は、頬の緊張を解いてテーブルに向き直った。
「考えすぎかな。鏡谷くんのはただ忘れただけ?」
土屋も横を向けていた顔をこちらに戻す。
横目に、サラサラのセミロングの髪が映った。
「こんにちは」
いつの間にか、横側の席にOL風の制服を着た行員の霊池が座っていた。
白いブラウスに黒いタイトスカート、うすいピンク地にチェック柄のベスト。
銀行ともJAとも違う制服だが、きょうはどこの企業の制服なのか。
涼一は、土屋とともにイスごと後ずさった。




