隠ᒐ神၈ɭ ɿᵹ村 六
カサ、と革靴で踏みしめられた草がかすかな音を立てる。
涼一は古井戸に歩みよると、中をのぞき込んだ。
とっくに枯れているであろう井戸なのに、はるか底のほうが水面のように揺蕩っている。
あれは子供らの霊体だろうか。
「やっぱ枯れまくってんな。すぐそこまで土で埋まってんじゃん」
土屋が中をのぞきこんでそうつぶやく。
「……え? そう見えてんの?」
涼一は目を丸くした。
「どう見えてんの? 鏡谷くん」
土屋が興味深げに聞く。
「いや……」
もういちどよく見ると、たしかに五十センチほどのすぐ下まで土で埋められていた。
現代ではどうなっているのか。
「ま、いいや。おまえメモ出せ」
涼一は不動明王から借りた羂索を井戸の底に向けて垂らした。
自身もスーツのポケットからスマホを取りだし、メモのアプリを開く。
「えーと」
メモ画面をスクロールする。
「ちよちゃん、みぃつけた」
つづけて画面をスクロールする。
「きちべえちゃん、みぃつけた。みよちゃん、みぃつけた、ろくろうちゃん、みぃつけた、まつじろうちゃん、みぃつけた、なつちゃん、みぃつけた」
一気に言って、いちどふるえる息を吸ってからつづける。
「たけじろうちゃん、みぃつけた。まつさぶろうちゃん、みぃつけた、きくちゃん、みぃつけた、やえちゃん、みぃつけた、みつちゃん、みぃつけた」
羂索がわずかにゆれた気がした。井戸の底で触れることができたのか。
「しちべえちゃん、みぃつけた。よねちゃん、みぃつけた、とめぞうちゃん、みぃつけた」
はあ、と息継ぎをする。
「つるちゃん、みぃつけた、すえちゃん、みぃつけた」
涼一はメモしたかぎりの子供の名前を読み上げた。
「お不動さんのアイテムだ。これなら登って来られるだろ。あと名前呼ばれてないやついるか!」
涼一は井戸の底に向かって呼びかけた。
「いままで鬼やってたやつはお不動さんが連れて行った。俺もあと帰って寝て会社に出勤するから、かくれんぼは付き合えねえからな。お前らはもう親んとこ帰れ」
こんな言い方で通じるだろうか。
子供とはいえ、ストレートに「成仏しろ」のほうがよかったか。
「こいつらの親って……たぶんもう全員あっちの世だよな?」
かたわらで井戸をのぞき込んでいる土屋に尋ねる。
「さいごの神隠しが昭和三十一年だからね。たぶん」
土屋がスーツのポケットからスマホを取りだし、検索する。
「さいごが六十八年前か。……ギリ生きてる人もいるかもしれんけど」
「まあ、大部分がカスリの着物きてた時代みたいだし……」
涼一は古井戸のふちに両手をかけて座りこんだ。
はぁと息を吐く。
「あと残ってねえよな。つか、これ成仏してんのかどうか確認しようもねえんだけど」
「失敗してたらまたお不動さんが来るでしょ。おつかれ」
土屋がふたたび古井戸をのぞきこむ。
「つかれた」
「帰りラーメン食って帰る?」
土屋が肩をゆすって笑う。
涼一は古井戸のふちに手をかけて、げんなりと項垂れた。




