隠ს神၈ɭ ɿਡ村 五
「かがみやりょういちちゃん……つちやだいすけちゃん……かがみやりょういちちゃん……つちやだいすけちゃん……」
鬼がこちらを見てガラガラと濁った声で繰り返す。
「うるせぇな。何でフルネームだよ」
名乗ったらすぐに飛びかかってくると思っていた。
羂索を両手で持って構えながら、涼一は顔をゆがめた。
「あれじゃない? むかしは苗字ない人が大半だったから、ぜんぶ名前と認識したとか」
「うっぜぇな」
涼一は目をすがめた。
「けっきょく武家とか厄介な子には手ぇ出さなかったってか?」
「山に出稼ぎにきたよそ者が、手近な子をねらったってことだろうから」
土屋が説明する。
「もういいかい」
頭上からガラガラと耳ざわりな声が響く。
涼一は羂索を両手に絡めて持った。
「もういいよ」
上空から覆いかぶさるようにしてこちらを見下ろした鬼を、涼一は睨みつけた。
「かがみやりょういちちゃん、みぃつけた! つちやだいすけちゃん、みぃつけた!」
とたんに鬼が太い腕を振り下ろしてくる。
「うぉっ」
涼一と土屋は、二人でそれぞれの方向に避けた。
鬼がガリガリと地面を掻く。
「車壊されねえだろうな。他んとこに動かしときゃよかった」
涼一は手近な草むらのかげで顔をしかめた。
「鏡谷くん、あれにタッチされなきゃ終わんないんじゃないの?」
二、三メートルさきでしゃがんだ土屋が鬼を見上げる。
「分かってる」
涼一は立ち上がった。
「もういいよ!」
もういちど叫ぶと、鬼がこちらを向く。
「かがみやりょういちちゃん、みぃつけた! つちやだいすけちゃん、みぃつけた!」
こんどは両腕を振り下ろし、めちゃくちゃに辺りを引っ掻き回す。
長屋の物置らしき建物やガラクタ置き場が壊され、壁の木材や置かれていたものが散乱する。
涼一は羂索を両手で持ち、鬼の片方の腕に向けてピンと張った。
このまま片腕から巻いて拘束しなければならないのかと思いきや、羂索が勝手にのびて鬼のほうに突進し、全身をぐるぐる巻きにして拘束する。
鬼が不快な声を上げてもがいた。
羂索を剥ぎとろうと両手をひっかけながら地面を転がるが、羂索はますます伸びてぎゅうぎゅうに締まり鬼を捕らえる。
「これ、アリか知らんけど」
涼一はもがいている鬼の手元に駆けよると、手の甲に突進してすぐに数メートル先に離れた。
「タッチ! よし、見つかった! 俺が鬼な!」
手足を取られて身動きできなくなった鬼の背後に、鬼よりさらに巨大な鎧姿の神仏が現れる。
不動明王だ。
憤怒の表情で鬼を拘束した羂索をグッとつかむと、かたわらに渦巻いた暗い空間に鬼を引きずり入れようとした。
気のせいか、陰鬱な空気が渦の向こうから漏れ出ているように感じる。
あのさきは地獄なんだろうか。
涼一はそんなことを思った。
鬼がもがきながら暗い空間に引きずり入れられる。
巨体をよじらせて抵抗したが、不動明王の力には到底かなわないらしい。グググッと引きずられる。
「あ……ちょっと待て! お不動さん!」
力づくで鬼を押さえつけている不動明王に向けて、涼一は声を上げた。
「その羂索、このあともちょっと貸してくれ! できればレンタル料無料で!」
行員のときとは違い、不動明王は何の反応もせずこちらを見もしなかった。
神仏が本性を現しているときは、人間一人など小さすぎて見えていないのか。
暗く渦巻いた空間に不動明王と鬼の姿が呑みこまれ消える。
涼一は立ちつくした格好で、やがてハァッと息を吐いた。
「え……終わった……のかな」
三メートルほど先でしゃがんだままの土屋のほうを見て問う。
「じゃないの? ……たぶん」
土屋が答える。
涼一は、もういちどハァッと息を吐いてその場にしゃがみこんだ。
ふと足元を見ると、不動明王の羂索が、きちんと折ってまとめた感じで置かれている。
涼一はかがんで拾った。




