病闠まɀ 三
「受付にあるマンガ、女子高生が探偵やるやつおもしろかったなー。また読みに来よ」
夏目 爽花と名乗った少女が、あかりの落とされた待合室のほうをながめる。
地域の病院の待合室をマンガ喫茶か何かと間違えてないよな。涼一は顔をしかめた。
ふたたび爽花の姿が二人になる。
二人ともおなじしぐさをし始めたが、片方が微妙に遅れていることに涼一は気づいた。
ふたたび一人にもどる。
「……二人になったり一人になったりするの、どういうわけ」
涼一は問うた。
「あー、りょんりょんにはそう見えるんだ」
「……りょんりょん」
「ニックネーム? これからなにかと関わると思うから呼びやすいように呼びたいじゃん」
爽花が無邪気に答える。
「関わる気ないんだけど。これから県外に帰るし」
「なに県? 連絡先とか交換しよっ」
爽花が制服のポケットからスマホをとりだす。
「……どんな理由で」
「ぶっちゃけりょんりょん、わたしとおなじで新紙幣の変なホログラム見てから怪異が起こってるでしょ?」
爽花がスマホを操作しながら言う。
涼一は目を見開いた。さきほども爽花の状況と共通する部分があるとは思ったが。
「わたしも二日まえにこうなってからさぁ、SNSとかいろいろ見て情報収集したんだよね。なんかあたらしい紙幣できてから、日本のあちこちにこういう人いるみたい」
爽花がスマホを顔の横にかかげる。
また二人に増えていたが、スマホを持ってるのは片方だけだ。
「わたしと連絡先交換したら、いまならもれなくこれまでにゲットした情報を提供してあげます」
「わたしと連絡先交換したら、いまならもれなくこれまでにゲットした情報を提供してあげます」
そう言ったあと、また一人にもどる。
何かチョコなんとかのオマケみたいな言い方だなとつい連想する。
「ちなみに拒否したいんだけど、拒否したら?」
涼一は眉をよせた。
「乗っとられて死んじゃっても知らないよ、ばかりょんりょん」
爽花がスマホ画面を見ながら真顔で言う。
涼一はさらにきつく眉根をよせた。
「……せめて鏡谷さんとか呼んで、ふつうに」
「いいじゃん、孔明さんみたいで。諸葛りょんりょん?」
三国志マニアに殺されそうで嫌だ。
涼一は顔をしかめた。
「つか、乗っとられるって何」
CT撮影まえ、会社に電話をかけたときのことを思い出した。
自身のふりをしていたしわがれた声の人物。
言われてみれば、あれはすでに乗っとられていたという状況か。
「なんかねぇ。ほかにも変なホログラム見た人がポストしててさ。まず、なんかホログラムによって怪異のパターンない? って話になってんの」
「怪異にパターン……」
涼一は復唱した。
なるほど頭がないホログラムを見た自分は頭がない感覚になり、二人いるホログラムを見た爽花は二人いるように見えるようになった。
「え? もともと双子ってわけじゃないんだ」
「双子ならいきなり二人になったり一人になったりしないじゃん」
爽花が答える。
「何かのイリュージョンかなとか」
「そんなのできたら無料で見せるわけないじゃん。高校生イリュージョニストとかゆってユーチューブで収益化するぅ」
爽花が答える。
「ちなみに二人になってんのは、じっさいに物理的に二人になってんの? それとも二人に見えるだけ?」
「触ったら分かるよ。セクハラって叫ぶけど」
二人になった爽花が両手を大きくひろげて大の字で立つ。
涼一は無言で顔をしかめた。
「まじめに言うとねー、はじめは人にそう見えるだけだったのが、だんだん物質化してきたっていうか」
また一人にもどる。
「物質化……?」
「わたしが本体。でもこっちも手が勝手に動くとかときどきあるんだ。二体の何かに乗っとられかけてるっていうか」
爽花が自身を指さす。
「りょんりょんみたいに同じように紙幣にとり憑かれた人には、わたしがちゃんと一人に見えるみたいなんだよね。顔ももともとの顔に見えるっぽいし」
「んじゃ、俺の顔も?」
「わりとイケメンなのにモテなそうな平凡リーマン顔にちゃんと見えるっ」
爽花がこちらをビシッと指さす。
「……よけいな個人的感想いらない。つまり、もとの顔にちゃんと見えてんのね」
涼一は顔をしかめた。
どうしようかと思案する。
このわけの分からない状況で、いまのところ唯一おなじ目に遭っている相手だ。
SNSでさがせばほかにもこういう人は見つかるかもしれないが、直接連絡がとれるとも限らない。
「分かった。んじゃメアド」
涼一はスマホをとりだした。
「ラインやってないの? りょんりょん」
「やってない」
涼一はスマホをタップした。




