8話 不確定の共感性
「失礼、つい取り乱してしまいました」
彼女は恥ずかしそうに、非礼の弁を述べた。彼女はそのままつかつかとこちらまで歩いてくる。
俺は嫌な予感しかしなかった。彼女のせいで、なにか決定的なものが動いてしまいそうな、そんな感じがした。
俺は目的を果たすため、あの出来事が起こってから3年間情報集めを必死にやった。出来事として話すにはあまりに地道で面白みに欠ける。広い範囲を探し回り、魔物を少しづつ倒し、分布を調べ、旅人から話を聞く。当てが外れれば、何度もそれを繰り返す。
何度も失敗したし、成功体験なんて数えるほどしかない。大抵妥協を重ねてきた。だがそれでも、リザを突き止めるための第一歩になるかもしれない。それだけを願って、本来興味の無かったゴブリンロードのことまで調べ上げた。
いや、ゴブリンロードだけではない。他の魔王候補魔王候補の情報も集め続けた。
今現在、この世界には魔王と呼ばれる存在はいない。百年前に勇者に倒されてからは不在なのだ。だから各魔物の種族の王や長がこぞって魔王になろうと切磋琢磨している。
ゴブリンは広く生息していて、それだけ広い情報を持っているはずだ。その王と言う事で狙いをつけていただけで、リザの情報を持っているならば誰だっていい。
順調とまでは言えないが、着々と進みつつあった俺の計画が崩されるのは非常に困る。大掛かりなギルドではなく、そこまで規模の大きくないこのギルドで情報を開示したのは、信頼できる者だけで取り掛かる必要があるからだ。
素性のしれない人間はここにはいない。みんな顔見知りで、情報をしっかりと握っている。
「……あっ!あなたはさっきのっ」
「……」
何を言う気だ?またあれか、お化けとか言うのか。俺もお化けは見たことが無いので興味はある。だが確実に言えることは、俺はお化けではない。そう、俺は得体のしれない化け物じゃない。
「さきほどは、本当にすみませんでしたっ!」
予想とは違うその言葉に驚く。
まさか彼女は謝るためにここまで来たのか?いやいや、たまたま森であっただけの奴に、そこまで執着するだろうか。一晩寝れば忘れてしまいそうなものだが。
「その、あの時は気が動転していたというか……。私、恩人にひどいことを」
「おいおい!お前今度は何をやらかしたんだ?」
彼女に言葉に重ねるように乗り込んできたのは、ギルドのリーダーだった。彼はぴっちりとしたジャケットを羽織り、綺麗な歯並びを屈託なく見せつけた。
彼はムードメーカーでこのギルド随一の実力者だ。彼がこのギルドをまとめ上げ、一つのチームに仕上げているといっても過言ではない。
俺はそんな彼を尊敬しているし、頼っている部分もある。だが彼には少々おせっかいな部分が目立つ。
「なんで俺が何回もやらかすキャラになってるんだ。俺は彼女が森でゴブリンに苦戦してたから助けてやっただけ、童話風に言えば王子様ポジションだぞ」
「まあかっこつけるのはよせ。確かに美人の前では、そうしたくなるのも分かるがな」
彼はうんうんと頭を縦に振る。彼の欠点をもう一つ上げるとするなら、理解がとても浅いことだな。どうも物事を短絡的に考えてしまうらしい。これは今気づいたことだ。別に皮肉を言っている訳じゃあないぞ?俺の冷静な観察眼で見た結果だ。
俺は軽くため息を吐くと、彼女に向き合う。彼女は透き通るような蒼い目を揺らす。
「一体何の用でここに来たんだ?まさか謝るためだけに来たわけじゃないだろ?」
すると彼女はゴソゴソと、肩から下げていた鞄から何かを取り出した。それはメモ帳のようだった。表紙は黒くくすんでいる。どうやらそのメモ帳と目的が関係あるらしい。
彼女はそのメモ帳を開くと、一ページ目に手書きの世界地図が書かれてあった。その地図に、走り書きがびっしりと書かれてあった。どこか、俺の持っていた地図をほうふつさせるような……。
「私は王都から来ました。最近、魔王を失い力が衰えたはずの魔物たちの活動が活発してきています。どうやら各種族の王たちが、着々と力をつけてきたことが要因らしいのです。ですが他の原因も、もちろんあると思います。その原因を突き止めるため、私はここまで来ました」
周囲がざわめく。確かに、最近の魔物たちはよく人里に姿を現し、積極的に人間を攻撃している。被害も年々増えているらしい。その対策にようやく王都、もとい王政が本気を出したと言う事か。少し遅すぎる気もするがまあいい。
だが気になるのは彼女の素性だ。俺がゴブリンロードの情報を持っているとすれば、彼女は絶対に欲しがるだろう。彼女が俺以上の情報を持っている可能性もあるが、そうなれば素直にお願いをして教えてもらおう。プライドは邪魔なだけだ。
だから彼女がスパイでないことを突き止める必要がある。情報を与えるにしても貰うにしても、相手に信頼性が無ければ駄目だ。
「ならあんたはいったい何者なんだ」
すると彼女は一瞬視線をそらした。その変化を、俺は見逃さなかった。視線を逸らすと言う事は何かやましいことがあるという事だ。
「すみません。私の素性については……あまり話したくありません。実はこのメモ帳も、私が独学で集めたものばかりで、信憑性が高いかと言われると何とも言えません」
話にならないな。自分の素性も明かせない、持っている物の価値も曖昧。どうやったって取引にならない。森であったときは、そこそこ腕が立ちそうで、何かの役に立ってくれるのではないだろうかと思って興味を持ったが、今はただの不純物でしかない。
失敗は成功の基と言うが、俺は失敗を重ねるつもりは無い。そのためには、不確定要素はできるだけ減らす必要があるのだ。だから……
「ですが、私が魔物を憎む気持ちだけは本当です。それを信じて、とは言いません。理由も言えません。協力してくれるだけで良いんです。復讐だけは私のモノ復讐だけは私のモノですから、一人でやり遂げます」
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