6話 ヒロインが欲しい
「よっす、君かわいいね。ちょっとだけデートしようぜ」
「……お」
「お?」
彼女は俺を見て青ざめている。おかしいな、ここは普通助けに来てくれた男に赤面しながら感謝を伝える場面では無いのか?童話でも助けてくれた王子様に恋をするなんて話は、いくらでも出て来るのに。
「お」
先ほどから目の前の彼女は「お」と言う文字を連発している。俺の認識では「お」という文字一文字で表せる意味などなかったはずだが。もしかすると驚きのあまり声を失っているのかもしれない。
「お化けえええええ!」
「えええええええ!?」
お化け!?一体どこにそんなのいるんだ!?そんなの見てみたいに決まってるじゃないか!
だが周りを見渡してみても、若干困惑しているゴブリンがわんさかいるだけだ。白いワンピースを着た女も、古い井戸から出て来る者もいない。それなのに彼女はガクガクと体を震わせ、目に涙をためながら後ずさりする。
もしかしたら彼女には霊感があって、俺には見えないだけなのかもしれない。そのことを詳しく聞いてみようと近づいてみる。
「質問なんだけどさ、お化けってどんな見た目して……」
「来ないでえ!」
ブンブンと剣を振り回している。危ねえな!
……ん?彼女は俺の方を見てないか?それに気のせいかもしれないが、俺が近づいてから剣を振り回さなかったか?
もしかすると彼女は俺のことをお化けだと思っているのかもしれない。
「なあ、もしかしてお化けって俺のことか?」
すると彼女は首を縦に振る。
確かに俺は似たようなもんだが、本質的には全く違う。だってお化けは見える人と見えない人がいるんだぜ?俺は見ようと思えば誰にだって見れる。
「まあ話をしよう、な?いいだろ話くらい。それにもし俺がお化けなら、お化けと会話できる超ラッキーイベントだぜ?」
「……」
彼女が動く前に、先にゴブリンたちが動き始めた。初めは困惑していたゴブリンだが、どうやらすぐに適応したらしい。となるとすぐに行動しなければならない。
「ごめんな」
そう言って俺は瞬時に彼女を抱きかかえる。彼女は声にならない叫び声を発していたが、今はそれに反応できる余裕はない。俺はゴブリンたちの影を踏みに行く。
影を踏む直前、目の前のゴブリンがこん棒を横に振った。あっぶね、横に振ってくれて助かったぜ。縦なら死んでたかもな。
俺が影を踏んだ瞬間、俺と抱きかかえられた彼女の身体は影の中に沈んでいった。それはまるで、地上が一瞬にして水面になったかのように。
俺は真っ暗な液体なのか、何なのか分からない場所を走る。残念ながら息はできないので、方向感覚を頼りに全速力で走る。というか泳ぐ。
そして自分の息が限界になった時、上に向かって全力で飛ぶ。するとあまり心地よくない真っ暗な世界から、光が照り付ける世界へ変貌した。つまり元の世界に戻ってきたのだ。
あたりをキョロキョロと見渡すと、まだ森の中ではあるようだが、幸いゴブリンたちの姿は見えない。そのことに安堵しつつも、手元に抱えられている彼女がぐったりとしていた。
まあ無理も無いだろう。彼女からすれば訳の分からない人物に急に抱えられたかと思えば、いきなり真っ暗な呼吸の出来ない世界に連れていかれたのだ。
俺はどこか休めそうな場所を探した。すると、丁度少し開けていて横に慣れそうな場所を見つけた。そこに彼女を横たわらせ、俺もその隣に座る。
だが俺は警戒を怠ったりはしない。またすぐにゴブリンに見つかるかもしれないからだ。ゴブリンに見つかったら、そのゴブリンが少人数なら、仲間を呼ばれる前に即殺す。そこそこの大人数なら、倒すのはあきらめてすぐに逃げる。これが鉄則だ。
ゴブリンは魔物の中でも一番数が多く、それゆえに比較的どこにでもいる。一体ずつならさほどの脅威は無いが、集団となれば話は別だ。ゴブリンの群れはかなり厄介で、ゴブリン討伐の低い賞金じゃ割に合わない。
ある意味ゴブリンが一番冒険者泣かせの魔物かもしれない。奴らの群れを殲滅するなら、多くの冒険者とチームを組んで、一気に倒しに行くしか方法はない。今のところは。
すると何とも言えない声で、うなり声をあげていな彼女が目を覚ました。体を起こし、俺の方を見る。目をこすり、軽く会釈する。
「おはようございます」
「え、ああ、おはよう」
あまりに落ち着き払ったその雰囲気に、俺は若干困惑する。さっき会ったばかりだが、彼女のイメージは、少しうるさいポンコツみを感じるイメージだったからだ。
彼女は銀色の髪を振るわせ、大きく伸びをした。しかし、血色の良かった肌が段々と青くなっていく。
「あ、あああ」
彼女の目が大きく見開き、俺の方を射抜くほどに見つめている。まずい、この状況は次にどうなるのか予測出来てしまう。
だからここで俺はすぐに彼女から離れるようにしよう。そう思った。
急いで離れようと立ち上がり、すぐに走り出す。あんな奴にかまっていたら、森が永遠に抜けられないような気がしたからだ。ゴブリンからの窮地からは救ってやったので、ここから後はあいつの問題だ。
「ヒロイン、欲しいな」
走りながら俺はふとそんなことを考える。所属しているギルドにいるメンバーは、ほとんど男だ。女の冒険者というのは意外と少ない。唯一の癒しは受付のお姉さんだけだ。
だがそんなことも言っていられない。俺は集めたゴブリンの情報を元に、ゴブリンの王、ゴブリンロードの居場所を割り出すことに成功したのだ。
そのためにいろいろな場所をさまよい、会いたくもないゴブリンたちにたくさん合ってきた。こうやって魔族の王を一匹ずつ殺していけば、最終的に魔王、もしくは魔王候補の奴の居場所を割り出すことができるかもしれない。
一人でする無謀な復讐ではなく、作戦を整えてから確実に殺す。だから味方は一人でも多い方が好都合だ。まあ、それは信頼できる者に限るが。
俺は急足で、森を抜けた先にある所属するギルドへ向かった。
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