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3話 死の温度

 そいつは巨大な白い蛇だ。人間の身体よりも数十倍大きく、紅い瞳を持った蛇。場所が場所なら、この蛇を神聖化する連中が出てきてもおかしくない。それほどまでに幻想的な美しい見た目をしていた。

 だからこそ俺はこいつへの敬意を持たない。どれほど美しくても、殺意の前には微塵ほども効力を持たない。この急にどこから湧いて出て来たか分からない蛇のせいで、俺の村が無茶苦茶だ。


 確かにこの村には娯楽なんてものはほとんど存在しない。たまに旅から帰ってきた旅人が、珍しいものを見せてくれるぐらいだ。でもそれでも良かった。この村の流れる時間はゆっくりとしていて、快適な場所だった。


 夏になれば川で果物を冷やし、冬になれば焚火をしてその上で魚を焼く。

 そんな何気ない日常が好きだった。


「それも、お前のせいで無くなっちまったよ、おい」


 大蛇は上を見上げたまま動かない。どうやらちっぽけな人間一人なんかでは、気づいてももらえないらしい。

 だが好都合だ。俺は別に正々堂々真剣勝負をしに来たわけでは無い。この怪物を殺しに来たのだ。暴れられずに始末できるのなら願ってもないことだ。

 

 足音を立てずに近づく。そろそろと歩き、少しずつ目に見える蛇の影が大きくなっていく。足音を立てずに歩いているはずなのに、少しの砂利を踏む音が煩わしい。

 大蛇に近づくたびに大きくなる心音が邪魔だ。ドクドクと脈打つ心拍が、緊張感を無駄に増大させている。

 

 あと数メートル……。


 あと数センチ……。


 あと数……今だッ!


 剣先を月の光で輝かせ、大蛇の腹に思いっきり突き立てる。ぐにゅりと気持ちの悪い感触の後、紅い鮮血が大気を汚染していった。

 大量の血が吹きあがり、俺の身体を赤く染め上げていった。それは奴に大ダメージを与えたことを意味するはずだった。


 だが、何だこの違和感は。いったいこの()()()()()()()は何だ?まるで風船や紙を叩いているような。


 相変わらず蛇は空を見上げたまま動きはない。


「……クソッ!」


 剣を引き抜く。血がゴポゴポと音を立てて流れ出る。

 そして再びさっきよりも勢いを付けて刺す。また同じように血が飛び散る。だが反応はない。


「何で、何で死なねえんだ!?」


 何度も突き刺す。そのたびに俺は赤く染まり続け、蛇の身体もズタズタに引き裂かれていった。

 このまま刺し続けても埒があかない。こうなったら真っ二つに切断してやる。

 蛇の上に乗り、丁度真上から突き刺す。そしてそのまま左右に動かす。ぐちゃぐちゃと気分の悪くなりそうな音共に、蛇の身体を少しずつ裂いていく。


 このまま時間を掛ければ真っ二つにすることもできるだろう。だがこの大蛇がいつ襲い掛かって来るかもわからない。だから焦っていたのだろう。力いっぱい剣の柄を握りしめたとき、ぬるりとした感触と共に剣を落としてしまった。どうやら血で滑ってしまったらしい。


 地面に血まみれで横たわっているそれを手に取ろうとした時、どこからか足音が聞こえた。堂々とした足取りだった。相当な怖いもの知らずらしい。


 ジジイか?

 確かにジジイならこの蛇が出てきたときに真っ先にとんでいきそうではある。というよりこの村ではジジイが一番の戦力だ。昔一度手合わせをしたが、残念なことに俺は足元にも及ばなかった。そのジジイが戦って勝つことを諦めて、俺に逃げろと言った。


 それほどの強敵のはずの大蛇はなぜか動かない。ならジジイがトドメをさしに戻ってきたのかもしれない。

 だが聞こえてきた声はジジイとは真逆の声だった。柔らかくて優しい、暖かい声の持ち主。ブロンドの髪をなびかせ、いつも笑顔なあの娘。


「あら?タレットさん」


「!?」


 そう、昨日俺にパイを焼いてくれたあの人だ。彼女は俺がここにいるのが不思議なように首を傾げた。俺は困惑する。まさか逃げずに迷ってきたのか?だがひとまず彼女は無事そうだ、良かった。


 俺はホッと胸をなでおろす。ヌメついた剣を拾い、彼女の方に向かい合う。

 無事なのは良かったが、ここはあまりにも危険だ。この村ももう終わりだろう。元から人数が少なかった村だ。そのうえ人が何人も殺された。生き残った人は別の住処を求めて別の場所へ向かう事だろう。


「ここは危ないですよ。早く逃げてください」


「ええ、確かに危ない。というより驚きました。()()()()()()()()()()()()()()()


「……は?」


 彼女は血まみれの大蛇をまるで興味が無いように歩いてくる。そして俺の目の前で立ち止まった。


 嫌な予感がする。彼女はいつもと変わらない微笑みを浮かべる。いつもなら、心が浄化されるような心地よさを覚えていた。だが今は芯から冷えるようなおぞましさを感じていた。

 体が全身で警告をならしている。冷や汗が止まらない。視線が固定されて動かない。体が拒否しても心でそれを拒否したがっていた。


「私、あのお爺さんに頼んだんですよ?あなたのことは気に入っていましたから」


 やめろ、やめてくれ。動機が止まらない。

 彼女は俺の瞳を覗いた。彼女の大きな瞳に自分の顔が映る。なんとも情けない顔をしていた。


 彼女はふっと笑って、俺の唇に人差し指を当てた。


「本当に残念。でも仕方ないですよね。死人に口なし、ですから♡」


 俺のすぐ背後に、巨大な蛇の頭があった。チロチロと舌を出し入れして、紅い目が俺の全身を捉えている。いつの間に俺がつけた傷は、無かったかのように修復していた。

 生ぬるい吐息を全身で受ける。変に神経を逆なでるようなそれは、蛇が俺を捕まえているのと同意義だった。ああ、これは死んだな。


 その時丁度いい言葉が途端に浮かび上がってきた。


 死の温度。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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