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2話 悪夢

 誰かが俺にささやいた。でも声が聞き取れない。


 誰かが俺にささやいた。目の前が少しづつ赤くなっていく。


 誰かが俺にささやいた。目の前に広がる景色に絶句する。


 建物が炎に包まれ、人は血を流して倒れ、死体が無造作に転がっている。

 足元を見れば無数の人間の屍が落ちていた。屍の山の上に俺は立っているらしい。安定感も何もないはずなのに、なぜか崩れない。


 口から血の味がする。何かで切ってしまったのだろうか。それにしても気分が悪い。


 頭が痛い。ガンガンと何かが鳴り響いてくる。


「……ろ」


「……きろ」


 うるせえな。今頭が痛いし気分も悪いんだ。放っておいてくれ。


「起きろっ!」


 俺は目を開ける。おかしいな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺の目の前にはジジイの顔がった。昨日とは打って変わって最悪な目覚めだ。きれいなブロンドの髪もいい匂いのする焼きたてのパイもない。怪我でボロボロのジジイの顔があるだけだ。


「ジイさん、どうしたんだよその怪我。本当に狩られかけたのか?」


「軽口叩ける余裕あんなら大丈夫か」


 そう言ってジジイは壁にもたれかかるように座り込んだ。どうやら顔だけでなく、全身に怪我を負っているらしい。

 修理に失敗したのかと思った。家の屋根から落ちれば大怪我をすることもあるし、血だらけになることだってある。


 俺は仕事でそんな大怪我をしたことは無いが、ジジイはたまに怪我をすることがあった。なんでも古傷が痛むのだそうだ。

 俺はただの良い訳にしか聞こえなかったが、まあ怪我をすること自体はあった。だがおかしいのだ。


 どうみても落ちてできた傷じゃない。何かで斬られたような傷跡だ。

 のこぎりもナイフも使うが、こんな怪我はしない。それに先ほど彼は変なことを言っていなかっただろうか。


 普通怪我をしたのなら、心配するのは周りの人間が怪我をした人だ。怪我をした人間が他人を心配するのは道理に合わない。


「猿も木から落ちるって訳じゃないだろ?」


「……どうだかな。それよりもタレット、お前冒険者になりてえんだったよな」


 ジジイはにやりと笑って言った。


「この村をずっと北に行ったところに、シグラ町と言う町がある。そこに俺みたいなジジイがいるからそいつに事情を話せ」


 そう言って彼は、胸のポケットから小さな赤い石を取り出した。それを俺に手渡すと、満足げな表情を向けてくる。一体なんだというのだ。さっきからおかしなことばかりだ。


 眠れないかと思えば悪夢を見た。悪夢を見ていたかと思えば現実に引き戻されていた。その現実も今は本当なのかどうかわからない。どの世界が夢でなくて、どの世界が本当だなんて誰が言えるのだろう。


 それほどにまで俺は動揺していた。あの日常が一瞬にして崩れ落ちてしまいそうな予感に。徐々にそれが俺に近づいてきている予感に。ただただ恐ろしかったのだ。

 ジジイは顎で玄関の扉をさした。


「おいクソガキ。テメエにやあ散々迷惑かけさせられたぜ。一人だったお前に同情して拾ったのはいいものの大して活躍しねえしよ。ったく、お前の顔なんざ二度と見たくねえ。さっさと出て行け。二度と戻って来るんじゃあねえぞ」


 俺は窓から外を見る。

 ああ、さっき俺が見ていた悪夢そのものだ。建物が燃え、人が転がっている。

 すると離れたところからけたたましい叫び声が聞こえた。

 その方を見ると、大きな白い蛇が空の月に向かって吠えていた。モンスターだ。でもいったいなぜ?人里に下りてくることはほとんどないのに。


「なん、だあれ」


「いいからさっさと逃げろつってんだろ!てめえは人の言う事を素直に聞けねえのか!」


「うるせえ!俺は俺の前でみんなが悲むのは許せないッ。あのクソ蛇ぶっ殺せばみんな幸せになる。だから俺はあいつを倒しに行く。あとアンタの演技は下手くそだ、小さい子供にも通用しないぞ」


 俺はジジイが止めるのを無視して走った。家のドアを乱暴に開け放ち、靴も適当にはいた。蛇はなおも炎に包まれながら空を見上げている。

 ムカつくな。あいつは俺たちの生活を、暮らしを、命を何とも思っていない。ただ踏みつぶしただけだ。俺たちが虫を気づかずに踏み殺しているように。


 おれは埃を被ったボロイ小屋の中に入る。幸いここにはまだ炎は回っていなかった。ここの中には古い装備や武器がいくつか置かれていた。昔は村の傭兵たちがいて、警備やモンスターたちとの戦いを繰り広げていたらしい。

 今はモンスターの数も減り、村の人口も減ったので、装備達は使われていないわけだ。


 俺は適当な剣を持ち、後の装備には目もくれず走り出す。装備なんて身に着けている時間はない。それにあんな古い装備で、まともに攻撃を防げるなんて思っていない。この剣もまともに使えるかは分からない。


 炎の熱さに汗を流す。これが血でなく汗で本当に良かった。流れているのが血だったら、すぐに貧血を起こして戦えなくなるもんな。

 

 俺は疲れを忘れて一目散に走った。あの燃えてる家は、昨日ジジイと修理しに行った家だ。そして家の前に倒れているのは……


「おい大丈夫か……」


 下半身が無かった。喰われたような痕跡があった。


「うっおげええええええ」


 自分の胃の中身が口から放たれる。胃酸のつんとした匂いがたちまちに広がる。喉の奥が気持ち悪くて痛い。

 クソッ、クソッ、クソッ!


 ここで立ち止まる訳には行けない。

 俺は少し軽くなった体を無理矢理動かした。自然と抜き身の剣を持つ手に力が入る。燃えていない他の家の人たちはもう逃げたのだろうか。あの村娘の子も逃げてくれたのだろうか。

 それならばうれしいが、今はそんなことを考える余裕はない。


 そして、白い大蛇の元へたどり着いた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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