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1話 朧げ


「おはようございます、タレットさん」


 うっすら目を開けると、そこに女神が立っていた。どうやら俺は仰向けで眠っていたらしい。ちなみに女神と言うのは比喩だ。羽があったり頭の上に輪っかがあったりするわけじゃない。ただその笑顔は、小さな田舎の村を照らすぐらいの力はある。さすがは村のアイドル。


「お、おはようございます」


 寝起きなのと、目覚めのいい景色で口ごもってしまう。彼女は綺麗な長いブロンドの髪を耳にかけ、にこりと笑った。


「ずいぶんと寝ておられましたね」


 俺は考える。いつから寝ていたのだろうかと。俺が寝ていた木で作られたボロいベンチは、寝れないことも無いが別に寝心地が良いわけでは無い。それに俺が寝始めたときの記憶が無い。長い夢を見ていたような気もする。

 寝起きで頭がはっきりしていないせいかもしれない。


「実は家でパイを焼いていたんです。練習ですけど……。その、味の感想が知りたいので食べて頂けないでしょうか?」


 なんてことだ。この人は俺が気を使わないように、わざと自分の練習の為と前置きをつけたのだ。かわいくて気も使えるなんて。


「もちろん頂くよ」


 三角の形をしたパイを受け取り、口いっぱいに頬張る。リンゴのさわやかな味と、丁度良い焼き加減の生地が絶妙にマッチしている。つまりすごくおいしい。


「美味しくなければ残して……」


「とんでもない!すっごく美味しいです」


「そ、そうですか?それなら良かったです」


 彼女はにこりと笑った。完璧な笑顔だ。

 

 ああ、天国のお母さんへ。俺、好きな人ができちゃったよ。無謀な恋だなんて言わないでくれよ。


 だがそんな幸せな時間は、長くは続かない。

 俺の上から、大きな影が覆いかぶさって来る。


「おいタレット!てめっ、こんなとこでサボってやがったのか!さっさと来い」


 突如現れた巨漢に首根っこを掴まれる。痛え。

 その男は御年60にもなる男なのだが全くそうは見えない。全身筋肉のフル装備に、でかい図体。斧を持たせたら冒険者たちに狩られる側の風貌を醸し出している。

 俺は頭を働かせる。そういえば村人の家の修理の仕事をしていた気がするなあ。村の働ける人口が少ないので、半強制的に始めさせられた。


 時給はとても安い。これならモンスターでも狩っていた方が、よっぽど金になる。


「ジイさん。仕事辞めて俺、冒険者になろうと思ってます。だから安い給料の仕事とはおさらばです。貴方と会えなくなるのは実に残念です」


「ガハハハッ!お前みたいな貧弱な奴がなれるわけ無いだろ!せめて魔法かステータスでも身に着けてから言え馬鹿」


 実はこのジジイも昔は冒険者だったのだ。だが彼は魔法も使えなかったし、特殊なステータスを持っていたわけでもなかった。ただただ鍛え上げたフィジカルを使って、脳筋枠として活躍していたらしい。

 らしいというのは、あくまでこのジジイは俺が生まれて来る前にはもう冒険者を引退していたからだ。


「ボスゴブリンに間違われたりしなかったんですか?」


「このクソガキめ」


 悪態をついている俺だが、このジジイが嫌いなわけでは無い。むしろ恩人なので感謝しているくらいだ。

 俺の母親は俺を生んですぐに亡くなった。親父は俺が十くらいの頃、家をふらりと出て行った。愛人ができたかそんなところだろう。親父は昔から嫌いだったので悲しくはなかったが、血縁者がこの村からいなくなってしまったというのは、なかなかに寂しいものだった。


 そんな時、このでけえジジイが俺を引き取って養子にすると言い出したのだ。ジジイは昔から人相も悪かったし、人柄も良くは無かったので、村の人間はみんな驚いた。

 取って食う気ではないだろうかなんて噂も出た。


 だがそのおかげで俺は飯も食えているし、一応職もある。まあ安い給料なのはこの話とは別問題なので、後ほどまた抗議はする。


「今日はあの家を終わらせると言っただろ。なにのんきに寝てやがんだ」


「……寝てないですよ、夢の世界で起きてました」


 まあどんな夢か覚えてないんですけど。

 そう付け加えようとしたらげんこつが飛んできた。若干そらして衝撃を吸収するも、痛かった。


「駄目ですよー、暴力は。お昼寝がしたい気分の時もありますよ」


 優しい村娘が俺を庇ってくれる。やっぱり天使だ、結婚してくれ。


 するとジジイは鼻をならして俺を引きずっていく。


「こいつは甘やかすとろくでもねえ奴になっちまう。アンタも厳しくこいつを見てやってくれ」


 仕事場までだらだらと歩いて行き、激務をこなしていった。

 その家の人からは感謝されたが、やって良かったとは思わなかった。不思議なもんで、できた人間ほど人の感謝を動力源にできるらしいが、俺はさっぱりできない。


 できた人間では無いが、もしかするともはや人間ですらないのかもしれないな。

 感謝じゃ飯は食えない。俺のモットーだ。

 感謝よりも金をくれ。


 仕事が終わった後の、重い肩をバキバキとならす。腕をよく見ると、仕事を始めたときよりもずいぶんと細やかな傷が目立つ。加えて筋肉もついてきたようだ。男の傷は勲章とはよく言ったものだ。

 密かな成長に心を躍らせるが、将来あのジジイみたいになるのはごめんだ。どこかでこの仕事を止めて、スタイリッシュな仕事に転職しなくては。


 ジジイと家に帰ると、飯の準備をジジイが始める。意外に思えるかもしれないが、ジジイの料理の腕はなかなかのものだ。たまに近所の人が飯を食いに訪れるほどだ。

 修理屋なんてやめて料理教室でも開いた方が稼げるだろうに。そう思っているのだが、本人からすれば飯なんて食えればいいらしい。

 神様も間違った人に才能を渡してしまったものだ。


 ジジイの作った野菜と肉の炒め物と白米、スープを一気にかき込むと、疲れと満腹感からか眠たくなってきた。


「風呂入ってからもう寝るわ」


「昼寝をしてもまだ寝足りんのか。筋トレをしてから寝ろよ」


 どこまで筋肉馬鹿なのだ。

 ささっとお湯で体の汗を流し、少し湿った髪のまま布団の上に倒れ込んだ。薄いが安心できる感触のこの布団が好きだ。なんだか安心して眠ることができるのだ。


 枕に頭をのせて目をつむる。それだけで意識が遠のきそうになるが、なぜかあと一歩のところで眠れない。

 頭は確実に睡眠を欲しいているし、体も寝させてくれと懇願している。だが何が原因なのか分からないが眠れない。ゴロゴロと布団の上で転がってみるが、時間だけが過ぎていく。


 おかしい、いつもなら一分以内に眠れる自信があるのに。

 特技も何もない俺にある唯一の誇り。眠るスピード。


「駄目だ、全然寝れない」


 体をふらふらと起こし、重い瞼をこする。眠たいのに眠れないとは、いささか矛盾しているように見えるだろう。

 窓を開けて外を見てみる。

 王都なら夜も明かりが燦燦としていてきれいなのだろうな。


 そんなことを思いながら、真っ暗な中にぽつぽつと見える小さな光を眺める。視線をすっと上にずらすと、真っ黒な背景の中に、一つだけ輝く月が見えた。

 見事な満月で、この景色だけは王都に勝っているだろうなと思う。

 次第に頭がぼんやりとしてきたので、今なら眠れそうだと窓を閉め、布団に再び倒れ込む。


 今度はすんなりと眠ることに成功した。


 この日、俺は地獄のような悪夢を見た。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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