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初版本

リン――


家の前を通り過ぎて、小さな公園にやって来た。


「あなたね…」


長椅子の真ん中には、紅茶色のハードカバーが一冊。

数秒見下ろした私は、腰掛けて膝の上に【彼】を置いた。

断片的に伝わってきた記憶。

二十代ぐらいの女性が、必死にペンを走らせていた。

手を止めるタイミングは、傍らの赤ん坊が泣きじゃくる時だけ。

時は流れて、彼女の髪に白いものが見え始める。

赤ん坊は大きくなり、私と同じぐらいの女子高生のようだ。

口論は激しく、母親は、つい手をあげてしまった。


「あの…」


気が付けば、目の前に和装の女性が立っていた。年のころ五十代ぐらい。白いものが増えて皺も多くなってはいるが、いま視ていた母親で間違いないだろう。


「すいません、勝手に」


立ち上がり、私は本を差し出す。


「いえ、置いたままにしたのは私ですから……でも、よく私のだって分かりましたね」


【彼】がヒントをくれました、とは言えずに言葉を濁す。


「その本を書いたの、私なんですよ」


彼女は、自慢するでもなく言葉にしつつ、長椅子に腰掛けた。

私も、促されるようにそれに倣った。そして、時間差で驚いてみせる。


「小説を書く仕事をしているのだけれど、やめることにしたの」


「小説家さんなんですね!? 物語を書けるなんて凄いことなのに」


活字が嫌いな私だが、素直に思った。


「大切な家族を犠牲にしてね。やっぱり、後悔しても仕切れないわ」


(娘さんを養う為だったのに……)


高校生のころ家を飛び出した娘さんとは、連絡が取れずに十年ほどが経つという。


「それでも、私は小説を書き続けた。結局、自分の為なのよね」


言葉の端々に自己嫌悪と客観視が混ざり合っているような気がした。


「よかったら、その本もらってくださる?」


「え!? でも…」


「もともと誰かに拾われて欲しくて置いたの。それに、あなたにもらって頂けるなら、おばさん嬉しいわ」


リン――


(ここで鳴るのね……)


戸惑いつつ、【彼】からの要望もあり譲り受けることにした。


「では、遠慮なく……」


それから、私達は他愛ない話をして、それぞれの帰路に就いた。

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