第3話 始まり
あの日を境にダメだと分かっていたのに――僕の中でまた、何かが切れた。
それは、放課後のこと。その日僕は教室に一人、居残りをさせられていた。普通の生徒ならさっさと帰りたがるところだろうけれど、放課後には誰もいないし両親がいる家にも帰らなくてよかったから、僕にとってはありがたかった。だけど――
「あれ、ゴブリン君じゃんw」
その日は何故か、同じクラスだということしか分からない生徒の一人が教室に入ってきた。ちなみにゴブリン君というのは僕のあだ名だ。ひどいあだ名だなとは僕も思う。
「お前宿題もロクにできねぇのかよwww」
そいつはヘラヘラと笑いながら、俺の教科書を片手でひらひらとさせる。
「……宿題の邪魔だ、返して」
僕がそれを取り返そうとして手を伸ばしたとき、僕の脇腹に重い一撃が入る。
「ッガッッ……!?」
身体が横に吹っ飛ぶ。相手の方を見てやっと、僕は蹴られたのだと理解した。
「触ろうとしてんじゃねぇよ、気持ちわりぃなぁ」
目の前の男はそんなことをいいながら、僕の体を踏みつける。
「……なんでこんなことをするんですか?」
「なんでって、そりゃ……面白いからだろ」
「は?」
「お前みてぇなカスをいたぶるのは面白れぇんだよ。みんな笑ってたろ?」
そのセリフと共に僕は何度も足で強く踏みつけられる。何度も何度も踏みつけられている間に、脳裏に少し前の出来事がフラッシュバックされる。複数の男子生徒達に殴られたあとに、周囲の生徒がゲラゲラと笑いながらごみを投げつけてきたあの時のことを。
「あー、すっきりしたわ。臭いにおいが移る前にかーえろっと」
僕を何度も足で踏んづけたその男は、満足そうにそう呟いて帰っていく。
「……」
今思えば……僕はもう既に、おかしくなってしまっていたのだろう。
僕は黙ったまま静かに立ち上がって、自分の机の中に偶然入れていたはさみを手に取り――
「……っがっ!?」
それを勢いよく、相手の顔と体の接続点に突き刺した。
あたりに赤い何かが飛び散り、目の前のそれは心底苦しそうにもがき始める。
「がっっ、い、いたいっ、ぐるじい、誰か助けっ」
何か言いながらもがき続けるその姿を、僕はじっと眺めていた。
「…………なるほど…………………………」
僕はそれを見て、何とも言えない高揚感を抱き始めていた。目の前で僕をいたぶっていた男が、僕と同じようにもがき苦しんでいる。
なんだこれ。面白いぞ。もっと見たい。
そう思った僕は、今度ははさみの刃先を白い玉体に勢いよく突き刺した。
「っぎゃぁぁぁああああああ!!!!!」
そいつはとんでもない大声で叫び始める。
あはは。なるほど、確かに、これは面白いな。ずるいじゃないか、皆ばかりこんな楽しいことして、僕にはさせないで! 僕にもさせてくれよ!!
僕は何度も何度も、相手に刃先を突き刺す。その度に相手は悲鳴をあげる。
……これはこれで面白いけれど、ちょっとうるさいな。今は放課後だから誰も来ないだろうとはいえ、万が一誰かに聞かれたら困る。
そう思った僕は、今度は口内の突起を貫くようにはさみを突き刺す。
「~~~~~っっっ!!!」
とうとう声すら出せなくなってしまったらしい。苦しむ声を聞けないのは物足りないが、もがく姿を見れるだけでも充分心地いいと思った。
僕はその後もただひたすら、彼にはさみを突き刺し続けた。