第1話 きっかけ
20XX年の五月頃に、僕は今の中学校に転校してきた。
転校理由は父親の仕事の都合だった。
共働きで家にいないことが多く、僕は物心ついたころから一人で過ごしてきた。
両親は家にはいてくれない癖に僕に対して妙な愛情を抱いているようで、良い言い方をすれば過保護、悪く言えば束縛が激しい人だった。
親が認めない限り友達を作ることすら許されず、家から出してもらうことすらできなかった僕は、家の中で一人、ぼんやりと動画サイトを見て過ごす時間が多かった。
そんな背景が影響したからなのか、周囲の人間は僕が望まなくても勝手に遠ざかっていった。
親から友達を作っちゃいけませんなんて言われてた僕としてはちょうどいいなとか思いつつも、僕にもわかるように避けられているとなるとどうにも居心地が悪いものだ。
そう思っていたからこともあってか、転校できたこと自体はラッキーだと考えていた。
どうせ転校しても、何もかわりゃしないというのに。
転校初日、クラスへのあいさつ。
僕は適当に、できる限り無難に済ませた。……つもり、だった。
僕があいさつを終えたときのクラスメイト達の反応は、今でもまるで昨日のことのように思い出せる。顔を引きつらせる者、コソコソと聞こえないように会話する者、心底不快そうな顔でこちらを見る者。
あぁ、なにか失敗したんだなと、子供心ながらに理解した。
僕はきっと何か、失言してしまったのだと思う。でも悲しいかな、もしそうだとしてどの部分が失言に当たるのか僕には理解できなかったんだ。なんてったって、ちょっと趣味のことを話しただけなんだから。
次の日、男子生徒の一人が僕をからかいに来た。
「お前、〇〇〇なんて見てんのー? キモ過ぎwww」
「なー、趣味わりぃよなwww」
そんな感じのことを言っていた気がする。ここで一つ補足しておくと、からかいに来た男子生徒が具体的に誰だったのかも、実際になんて言っていたのかも、僕ははっきりとは覚えていない。連中の言葉なんて僕からすれば匿名掲示板の書き込みと同じくらいくだらないものだと考えていたし、心底どうでもいいと思っていた。
でも、だんだんとどうでもいいとは思えなくなり始めた。
どうもしつこいのだ。
毎日毎日、僕のところに来ては似たようなことを言いに来る。暇なのだろうか? あるいは楽しいのだろうか? 少なくとも僕は何一つ楽しくないんだけれど。
楽しくないどころか、最近はちょっとイライラし始めてきたぐらいだ。
「〇〇〇なんて死んじまえばいいのになー!」
名前も知らないやつが言い放ったその言葉をきっかけに、僕の中で何かが切れる音がした。
つい感情的になって、椅子を振り回して相手を殴り飛ばしてしまった。
相手は軽いけがを負ってしまい、騒動になった。
このときに僕が事の顛末を一つ残らず両親に話してしまったことを、今でも後悔している。
僕の話を聞いた両親は学校側に対して断罪を要求しだしたのだ。学校に乗り込み、いじめを止めなかったとして教師を徹底的に断罪した。相手に謝罪をさせないというのなら、このことを知り合いのインフルエンサーにばらして日本中をお前たちの敵にしてやるとまで言い出した。
こういうときだけ弱腰な学校側はそれを恐れて、僕の両親の言い分すべてをのんで、ことの顛末全てを内密に処理した。
結果、僕がけがをさせた相手から誠意の籠っていない謝罪を受けとる形となってこの件は終わった。
あぁ、本当に。本当に、これで終わってくれてたらよかったのに。