夏の、ある日
チリン、と涼し気な風鈴の音が聞こえる。しかし夕方といえど暑い猛暑日のあの日、彼女はいなくなった。
伝統的な木造住宅も多い山あいの町。田んぼの合間に家がある程度集まって建っている感じの、田舎だ。未だに外歩きの家猫もちらほら見かける。
その古い木造住宅の庭で彼女はいつも庭木に水やりをしていた。
「こんにちは」
挨拶だけの間柄。
クルクルと廻る多くの赤色灯、重なるサイレンの音、騒がしい騒がしい人の声、足音。
風鈴の音が聞こえない。聞こえない、彼女の声。ああ、神様、私は走る。人に忘れられた、小さな祠。
「駄目、戻れなくなる!」
小さな叫び声は、彼女の声だった。
「引き返せ。小さきもの」
彼女の横にいるのはこの祠に祀られている神。
「にゃ〜」
私はこの地域のボス猫だ。彼女は猫ではないが、守りたい、と思える存在だった。餌をくれたりするわけでもないのに、何故か愛おしく感じる存在。
「さあ、帰りましょう」
私は彼女の横を歩いて、引き返すことを選んだ。チリンと風鈴の音が聞こえた気がした。
神は嗤う。
「私の子どもたち、お前たちが汚れる必要はないんだよ。彼らは既に呪われているのだから」
チリンと風鈴が鳴る。