第388話 宇宙からのポップス伝説
ぐちゃぐちゃに色が入り混じった不気味な空に、大きな波紋が生まれる。
それがどこまでも広がっていったかと思ったら、歌が流れてきた。
近くのスピーカーからではない。
この音は外から聞こえてくる。
窓を開けたら、空から彼女の歌声が響いてきていた。
「始まったのか。それにしても……はづきっちは毎度、規格外なことをするなあ……」
彼は空を見上げて呟いた。
聞こえてくるのは、今ではどこに行っても流れている、昨年最後にして今年最初の大ヒットソング。
きら星はづきのオリジナルソングだ。
タイトルは直球。
彼女を表現したその歌の名は、“きら星!”
「音が流れるたびに、空に大きな波紋が見える。まるごと、空をスピーカーに変えてしまってるのか。いや、エーテルか、これは!」
ジエチルエーテルと響きが同じなところが、実に面倒くさい。
宇宙を満たしているというエーテルは、実のところよく分からない液体だ。
真空と置き換わり、世界の有り様を大きく変え。
「世の中が科学から魔法に変わってきているのかな。俺も有識者と呼ばれなくなるのは時間の問題だなあ……」
配信画面に戻る。
二窓で、彼はきら星はづきともう一人を追っていた。
それは、ロケット解説系配信者の南くろすだ。
確かな知識と理論に裏打ちされた、彼女の配信は好評。
いわゆる解説系と呼ばれる配信者で、ダンジョンには潜らない。
だが、ロケットならそれで構わないのだ。
だって、打上場近くまで行ければそここそが現地なのだから。
彼女は屋外で空を見上げて、興奮しながらまくしたてている。
ロケットの構造についてはとても詳しかった。
助かる。
アバターの仮想ボディに注ぎ込まれた燃料は、燃焼して消費されることでどんどん機体を軽くしていく。
物理ロケットとは違い、アバター部分の重量はゼロだ。
だから物理ロケットが多段式の胴体を切り離していくのと同じ効果が得られる。
問題は、配信中でなければ実存できず、飛べないことで、一定以上の同接がいなければ稼働しないこと。
大問題だ。
まともに運用なんてできるものじゃない。
『ですけど! これで新しいロケットの可能性が拓かれたと私は考えています。だって、誰だって配信を使えば宇宙に上がれる可能性があるんですから。きら星はづきさんが今、宇宙空間で活動しています。これはとても貴重なデータの塊です。全世界の研究者が、開発者がこれを注視しています。人類の命運を賭けた戦いであると同時に、これは私たちの未来を賭けた偉大なる冒険でもあるのです! まさに冒険配信者ですね!』
うまい!
流石だ。
彼は舌を巻く。
「俺も有識者なんて言われて舞い上がってたが、まだまだだな。本物はやっぱり違う。もっともっと研鑽を積まないと……。おっと。だが今はその前に、はづきっちだ」
本来の画面に戻る。
そこでは、音楽に乗って波打つエーテル宇宙を、まるで海に見立てたように、はづきっちがピタパンのサーフボードで駆け抜けている。
眷属たちは鎧袖一触。
彼女の生み出す波にあたっただけで、巨大な炎の怪物が弾け飛んでいく。
『ウグワーッ!!』
「さて、俺も考察を頑張らないとな! ピタパンのボードは、見た目以上の能力を持っているようだ。イカルガエンターテイメントからの全面バックアップの賜物だろう……と!」
彼の書き込みの頭に、もんじゃ、というリスナーネームがある。
きら星はづきの配信を、一番最初から見続けてきた一人である彼は、今もまた、彼女を見守っている。
※
昨夜は夜勤だったから、仮眠を取った。
そして目覚める。
はづきっちが配信しそうな気がしたからだ。
案の定配信をやっていた。
宇宙服はセンシティブ。
とてもよろしい。
彼女はいつも俺にセンシティブを届けてくれる、と彼は微笑んだ。
仕事の疲れも吹っ飛ぶようだ。
さっそく、おこのみ、というリスナーネームを使って書き込みをする。
他ならBANされたりしてるのに、自分が残れているのは彼女の懐の深さ故だ。
それに甘えている自覚はあるが……自分なりに、彼女を精一杯サポートして行きたいとも思っている。
ご存じないのですか、は想像以上に広まった。
まさか世界の反対側でも、これを唱えてくれるお前らが現れるとは思ってもいなかった。
「ミームを生み出しちまったか。でも、俺も受け売りだもんなー。おほー、揺れた!」
あの宇宙服揺れるんですね! それはそれで、防御的にはどうかなーって思うんですけど。
だが、彼はそこで考えるのを止めた。
途中で、ザッコでもんじゃからのトークが来てる。
「なになに? 南くろすちゃんの配信と二窓がいい? 新しいかわいい配信者ちゃんかな」
微笑みを浮かべながら貼られていたURLをクリックする。
現れたのは、緑の髪をしたちょっと宇宙っぽい服装の配信者。
興奮した様子で、はづきっちとロケットの話をまくし立てている。
かわいい。
うんうん、宇宙で戦っている彼女のことが肯定的に語られるのは嬉しい。
思わずにやけてしまう。
もっと、もっと彼女を褒めてくれ。
きら星はづきは凄い人なんだ。
そう思いながら、壁に貼り付けたピンナップを見た。
そこには、二人の少女が写っている。
片方はスラリとした体躯のゴスなコスプレの少女。白人。
もう一方は日本人で、ジャージを着てピンクの髪をしていた。
ビクトリアと……はづきっち。
「やっぱ、本物だよな」
またにやけてしまう。
夏のコミックイベントで出会った彼女たち。
現像した写真を何度見返しても、本物だとしか思えなかった。
魂の部分がそう言っている。
だから年末イベントに行って彼女の歌を見た時、それが確信に変わった。
本物だった。
俺は本物と会話して、本物と写真を撮った。
うひょー!
はづきっちと同じ空間で、同じ空気を吸っちまったんだ!
そして今、空から歌が流れてくる。
これは彼女が流している歌だ。
同じ世界で、同じ歌を聞いてる。
みんなが今、はづきっちと同じ空間に存在してるんだぜ!
こんなエモいことが他にあるか。
今、画面の中で、はづきっちは恒星に向かって突っ込んでいくところだ。
恒星の表面から燃え上がる巨大な人型が出現し、きら星はづきを指さした。
『我が眷属を退け、我のゴボウアース着弾を妨害する貴様! 小さく愚かな人間の身でありながら、この強大なる大魔将に抗う貴様は、何ぞ!!』
彼の指先は、考えるよりも早く動いていた。
誰よりも早く、そして確実に。
彼の書き込みがコメント欄に流れる。
おこのみ『こいつ、ご存知ないぞ!!』
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