第275話 割れ、東京湾!伝説
うひょー。
なんか車が東京湾の海面を走ってます。
兄は当たり前みたいな顔をしながら、
「俺の刃となった愛車は、既に俺の武器。名付けねばならないだろう。お前の名は……蒼き風、ブルーゲイル!!」
どこかで聞いたことがある名前だぞー。
だけど、名付けた瞬間、スーパーカーのライトが勝手に展開して光り輝いた。
エンジン音が、動物が吠える声みたいに響き渡る。
「運転は任せたぞ、ブルーゲイル!! ツアーッ!!」
「あっ!! お兄ちゃんが運転席から飛び出した!」
※『何やってるんだこの兄妹はw!!』『この兄にしてこの妹ありである』『あっ、すげえ同接数カウンターが回りまくってる』『みんなはづきっちの登場を待ってたんだな!』『後から出てきたから、ストレス掛かった分の盛り上がりは最高潮だ!』『いけー! はづきっちと斑鳩ー!!』
「あー、喜んでいただけて何よりです。えっとですね、これからもまだまだ凸待ちしてますんで、配信者の皆さんはどんどん凸してきてくれると……。あ、段取りとかもうふっとばすんで早い者勝ちで。あっあっ、ご新規さんどうぞ」
※『魔将に向かってぶっ飛んでる最中に凸待ち再開したぞw!?』『クソ度胸~!』『魔将がなんか叫んでるじゃん』『そりゃ怒るわなw』『あっ、なんか水中からクラーケンが!』『あー、はづきっちが雑に殴って締めたw』『一撃とかw』
『あのっ、自分、この間初配信した黒胡椒スパイスって言います! おじさんなんですけどバ美肉(バーチャル美少女受肉)して、一念発起して配信したんです! あのはづきっちさんと話せるなんて光栄っす!』
「あー、どもどもです! 新人さんなんですか? 頑張ってくださいね! えっ、そのかわいい声でおじさん!? 最近のボイチェン凄いんですねえ」
「ツアーッ! 唸れシルバータスク! 吠えろダークネスクロー! 駆けろブルーゲイル!!」
※『斑鳩がうるせえw!』『スパイスちゃんきゃわわ』『私たちはおじさんでも可愛ければ一向に構わん!!』いももち『私ははづきちゃん一筋……えっ、もじもじするスパイスちゃんちょっとかわいい』
古参が揺さぶられるほどの可愛さ!
おじさんバ美肉配信者恐るべし。
個人勢だそうなんで、フレンドリストに登録したよ。
楽しくお喋りしてから、『ありがとうございましたー! お誕生日おめでとうございます!』
「こちらこそありがとうございますー。おめありです~! おつきら~!」
お別れしたら、なんか向こうの湾岸でブワーッと真っ黒な輝きが吹き上がり、『ウグワーッ!?』とふっ飛ばされていくデーモンたちの姿が見えるのだ。
なんだなんだ。
※『スパイスちゃんの同接数が跳ね上がったんだってw』『はづきっち効果だ!』『世界はめちゃくちゃ可愛いバ美肉おじさんを知ってしまった』『はづきっちの力で、登録者数が一瞬で140人から一万人になったぞw!!』『すげええええ』
おおー!
私が助けになったんなら何よりです。
そうしたら、次々に凸の申込みが来るようになった。
Aフォンがランダムに選んでるんだけど……『どもども! 麻雀を現代魔法に昇華して戦う魔法少女配信者です~!』とか『麿は魔改造した美少女プラモを式神として行使しておる現代陰陽師の一人なのですが』とか凄く個性的な人たちが出てくる。
※『在野にこんな濃厚な奴らが潜んでいたなんて……!!』『はづきっちのAフォンがめちゃくちゃ面白いやつばっかりチョイスするw』『配信者と魔将のパワーバランス、変わってきたぞ!』
港湾の一部が巨大な雀卓になり、東西南北にいる魔法少女配信者がリーチ棒とか雀牌をどんどん空に投げつけていく。
あっ、投げつけられた牌が役になると、役名が空に表示されるのね。
楽しい~。
美少女プラモ式神陰陽師さんは、なんか不思議な力で空を飛びながら、次々に背負った箱から美少女プラモを射出してる。
他のプラモとミックスしたり、色を塗ったりオリジナルパーツを付けたりした珠玉の美プラが、自ら動いてデーモンたちを押し返していく。
遠くにいると思っていた魔将は案外近くまで来てて、なんか真っ赤に燃える目が私を睨んでいる。
※『はづきっちが通ってきた海上が素の姿に戻ってる!』『魔将のダンジョンを切り開いてるんだな』『はづきっちが凸待ちして配信者たちに超絶バフを掛け、近づくデーモンは斑鳩が一掃する……!』『この兄妹コンビネーション強すぎる……!!』
「みんなも楽しんでもらえてて嬉しいですー。じゃあ次の凸は……」
『迷宮省長官の大京です。きら星はづきさん、助力をありがとう。結果的に最高のタイミングになった』
「あっ、偉い人……! どうもどうも」
『恐縮しなくていい。東京湾で事を構え、首都圏の生活に大きな被害をもたらすことになった私は引責で今の地位を辞することになるだろう。そうなったら、配信者をやってみるのもいいかと思っている』
「そうなんですか! 応援しますよー!」
『ありがとう。私が配信者になったら、コラボしてくれるかな?』
「もちろん!! 一緒に楽しく配信しましょー!」
『これは引退後が楽しみになって来た。では、これにて。お誕生日おめでとう』
※『長官が配信者になるってマ!?』『やべえじゃんw』『っていうかこれで責任取らされるとか政治イカれてるだろ』『まあ迷宮省、今まで色々強硬策やって来てあちこちから嫌われてるからなあ』
なるほどー。
全部の責任を被って辞めるのか。
長官さん、頑張ってほしい!
※『あっ、テンションが上がった長官が魔将の腹心みたいなのをぶっ倒したぞ!』『マジかw!!』『同接数十万人クラスの化け物だろ!?』『配信なしで倒すのかよ!?』
「あの人の若い頃凄かったらしいですからねー。あ、今も凄い!」
そんな話をしてたら、とうとう魔将の眼の前なのだ。
見上げるくらい大きな魔将は、触手のついた頭をしてて、物凄く大きな翼を広げて威嚇してきた。
何かが飛んできてるんだけど、私と兄と車の周りに到達する前に、ピンク色のフィールドみたいなものに弾かれてしまう。
※もんじゃ『同格の実力者同士では、小手先の技は通用しない……! これまでの到達領域で配信者を次々に人事不省に陥らせていた大魔将の精神攻撃だが、はづきっちに対しては小手先のつまらない技に成り下がってしまうのだ!』『有識者!』『大魔将の侵攻過程の配信おつかれ!』
もんじゃだ!
そんな大変なことをしてたのかー。
「もんじゃお疲れ様ー。なるほどー。じゃあ向こうの攻撃は通じない感じなんだ」
魔将はなんかもがーって叫びながら、周りの水を沸き立たせる。
ボコボコ吹き上がる泡が、硬くなって車に襲いかかってきた。
「むうっ! 避けろブルーゲイル! はづき! あれをやるんだ!」
「あれと言いますと」
『海を割っちゃえ、はづきちゃん!!』
「うおー! その声はカンナちゃーん!!」
多分最後の凸は、愛しのカンナちゃんだった!
私のテンションは爆上がりですよ!
『わたくしを助けてくれた時みたいに、海を……東京湾を真っ二つに切り裂くのですわー!!』
トライシグナルの二人が、いやいや流石にそれは……って言ってるのが聞こえる。
だけど、まあやってみないと分からないよね。
「そんじゃあ、割ります!! あちょー」
私は力を溜める。
そして、車のボンネットまで降りて、両手で持ったゴボウを海面に叩きつけた。
「ちょあっ!!」
次の瞬間、なんか私の前方まで一直線に、後方へ一直線に、ピンク色の線が走った。
そして……パカッと東京湾が割れる。
『!?』
魔将が海の底にストーンと落下していった。
あっ、なんか水から離れましたねえ。
空を覆っていた深海色のダンジョンみたいなのも真っ二つに裂けた。
そこから、ダンジョンが急速に崩れて行ってるみたい。
「魔将からダンジョンの支配を奪い取ったな! 大魔将オクトデーモン。貴様の敗因は、海を割られた時の対策を怠ったことだ……!」
兄がなんかキメキメで言う。
※『いやいやいやw』『普通は対策しないですってw』『あ、いや、大魔将が気を抜いたところをピンポイントで突いたのか!』『あっ、車が割れた海の側面を突っ走ってる!』『なんでもありだな!?』『かっこいいからOKです!』
「ブルーゲイル、疾走れ!! そして行け、はづき! きら星はづき!!」
「おっす!」
※『了承の声w』『はづきっちらしいところだよなあ』
海底に落とされた魔将が、全く水気がない岩の上で目を見開いてる。
なんか私を見上げて、『なんだ……!? 一体……一体なんなのだ、貴様は……!! 貴様は何者なのだーっ!!』
※おこのみ『こいつご存知ないぞ!!』
※『『『『『『『『ご存じないのですか!? 彼女こそ、俺たちのスーパーヒロイン! きら星はづきです!!』』』』』』』』』
「あちょーっ!」
ぴょーんと飛び降りた私。
狙いはまっすぐ、目と目の間。
『や、や、やめろー!!』
「ちょわっ!」
全力のゴボウが光り輝きながら、そこ……頭足類の方々の急所にサクッと刺さった。
光が貫通して海底に届く。
魔将の人は一瞬ビクンと動いたと思ったら、サーッと全身が青くなった。
※『あっ、締めた』
ダンジョンが消える。
全部魔将の一部だったみたいで、空を覆っていた深海の色がパッと晴れ渡り、飛んでいた魚がみんな落っこちた。
海から上がってきていた半魚人は、陸の上でピチピチ跳ねる。
「おっ、これは終わったみたいですねえ」
「はづき、乗れ! 海が戻って来る! 元通りになる前に陸に上がるぞ!」
あっ、そうでしたー!!
「あひー」
私は必死に車の中に乗り込むのだった。
お読みいただきありがとうございます。
面白い、先が気になる、など感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。