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隣の空き部屋の住人

 アパートの部屋を借りた。二階だ。隣の角部屋は表札が出ていなかった。どうやら誰も使っていないらしい。部屋選びをしていた時は確か埋まっていたはずだから、私が引っ越してくるまでの間に出て行ってしまったのだろう。ご近所付き合いなどさらさらする気がなかったし、気を使わないで済むから隣に誰もいない事はむしろ好都合だと思っていた。心配があるとするのなら、セキュリティ面だろうか? 人が少なければ、泥棒や強盗も入り易くなる。もっとも、ここら辺は治安が良いから、それも大した問題ではない。私はそう思っていた。

 ところがだ。

 仕事で遅くなった日、帰宅の道で二階にある自分の部屋を見上げ、暗い廊下を誰かが歩いているのを私は見かけてしまったのだ。暗くてよく見えなかったのだが、シルエットからして男性に思えた。遠目だから確信は持てないが、背はそこまで高くなく、どちらかと言えば瘦せているように思えた。

 そしてその人影は、私の隣の部屋にスムーズな動作で入っていったのだった。

 「ああ、なんだ。隣って誰かが住んでいるのか」

 それで私はそう思った。当然だろう。泥棒ならもっと周囲を警戒しつつ部屋に忍び込むものだろうし。警戒すると却って疑われると思ったのかもしれないが、それだって鍵がかかっているかくらいは確認するだろう。その人物は迷うことなく部屋に入っていったから違う。

 が、そこで私は妙な違和感覚えた。何か変だ。少し考えて、私は直ぐに思い返して背筋が寒くなった。

 いやいや、おかしい。引っ越してから既に数日が過ぎているが、その間、隣の部屋からは誰の気配もしなかった。果たして生活の気配を一切感じさせずに暮らすなんてことが人間に可能なのだろうか?

 気持ち悪く思いながらも、私は自分の部屋に帰った。耳を澄ましてみたが、隣の部屋からはやはり誰の気配もしなかった。もう寝てしまったのだろうか? 外で食事は済ませていて、疲れている所為で帰るなり寝てしまったのかもしれない。

 ただ、どうにも不気味だ。

 私は自分が何か超常的なものでも見てしまったのかと不安に苛まれていたのだが、それからしばらく経って冷静になるともっと現実的な回答を導き出した。

 隣の部屋は、金を持て余している誰かが、別荘のような用途で使っているのではないか?

 資産家などが何らかの理由で偶にしか使わない部屋を借りる事があるらしい。稀に仕事で近くに来る事があり、宿を探すのが面倒だとかそんな理由だ。

 それならば表札を出していなくても不思議ではないし、外で食事を済ませたというのも自然だ。別宅だから、そもそも冷蔵庫などの生活用品や調度の類がないのだ。

 「ちょっと気にしすぎかもしれないわね」

 私はそう独り言を漏らすと、気にせず寝ることにした。

 

 私はつい最近転職をした。それまでは会社の寮にいたのだが、それで引っ越す事になり、このアパートを見つけた。女の一人暮らしなので、治安が良い場所を選んだのだが、隣人までは確認していなかった。こんな余計な不安に苛まれる事になるのなら、確認をしておけば良かったと後悔をした。

 次の日は土曜で休日だった。私は散歩の帰りにアパートの庭を掃除している管理人さんを見かけた。管理人さんは中年の女性で明るく朗らかで人当たりが良い。だから私は、気軽に「私の隣の部屋はどんな人が借りているのですか?」と尋ねてみたのだ。事情を知れば怖くもなくなる。そう思って。ところがそれを聞くと管理人さんは、「何を言ってるのですか?」と怪訝そうな顔をして私を見たのだ。

 「隣の部屋は空き部屋ですよ。誰も借りていないですよ」

 もちろん私はその言葉に納得がいかない。だから昨晩に見た人影の話をしたのだ。すると管理人さんは益々変な顔をする。

 「でも、本当に誰も住んでいないんです。時々埃を掃いに入りますが、何にもありませんよ。電気だって使われていません」

 ちょっと考えるとこう続けた。

 「泥棒が間違って入ったのじゃないでしょうか? 何にもないから、多分、そのまま出たのだと思いますが」

 そう言われて、私は何者かが隣の部屋に入っていった時の事を思い浮かべた。あの時違和感を覚えたのだが、管理人さんの言葉でその正体にようやく気が付けた。部屋の電灯が点かなかったのだ。普通夜に家に帰ったならまずは灯りを点けるだろう。

 「そうですね。泥棒だったのかもしれません」

 それでそう言った。

 想像してみると、ちょっと言うか、かなり怖い。未遂とはいえ、泥棒が隣の部屋に入ったのだから。

 ただし、その想定にもやや納得いかない点が私にはあった。アパートから誰も出てこなかったし、私は誰とも擦れ違わなかったのだ。だからその泥棒はしばらくは隣の部屋にいた事になる。もちろん、私が目を離したちょっとの隙に急いで逃げたのかもしれないし、窓から飛び降りた可能性だってあるけど、少々考え難い気がする。何もない部屋なのだから、わざわざ大仰にする必要はない。急いで逃げる意味はないし、窓から飛び降りるなんて愚かとしか言いようがない。もっとも、愚かな人間だった可能性もあるが。

 そして私は、家に帰ってからしばらく隣の部屋を気にして聞き耳を立てていたのだ。誰かが部屋から出ていったのなら直ぐに気が付くと思う。

 ――もしかしたら、本当に幽霊か何かだったのかしら?

 軽い恐怖を覚えた。

 「隣の部屋は普段は鍵をかけているのですよね?」

 一応は確認してみた。管理人さんは「もちろんです」と答える。あの時、謎の人影は鍵を開ける素振りをしていなかった。つまり鍵は開いていた事になる。泥棒が間違って入ったのだとしても、鍵は絶対に開けなくてはならないはずだ。

 「そうですか。もしかしたら、私の勘違いだったのかもしれません。ありがとうございました」

 お礼を言うと、私は部屋に戻った。ついでに隣の部屋に鍵がかけられているのかを確認してみたのだが、やはりちゃんと鍵はかけられてあった。

 ――腑に落ちない。

 あれは私の見間違いだったのだろうか?

 

 もしその後に何事も起こらなければ、私は特に気にせず、この奇妙な出来事を忘れていたかもしれない。が、それからも“隣の部屋の怪”は起こり続けたのだった。

 管理人さんと話した次の日の日曜日、自分の部屋で私は寛いでいたのだが、その時、不意に何者かの動く音が隣の部屋から聞こえて来た。私がそれに気付いたのは隣の部屋を警戒していたからで、もし何もなかったのなら、きっと気付けていなかったと思う。それくらいの小さな物音だった。もし泥棒だったらと軽く緊張したが、それから直ぐに誰かが階段を昇って来る音が聞こえて少し落ち着いた。同じ階の人だろう。それからは何の物音も聞こえなくなった。

 管理人さんに相談しようかと思ったが、少しばかり大袈裟な気もした。ネズミか何かかもしれないし。

 私は気にしない事にした。

 ただ、念の為、セキュリティ対策にロボットを購入しようかと考え始めた。女の一人暮らしは不用心なので、元々購入は考えていたのだ。

 水曜日。会社が早く終わったので、私は帰宅途中に家電ショップに寄った。ネットで買っても良かったのだが、一緒に暮らすロボットだ。自分の目で実際に見ておきたかった。色々とロボットを物色していると、女の店員が近付いてきて、「どのようなロボットをお探しでしょうか?」と尋ねて来た。私が軽く事情を説明すると店員は大袈裟に頷いた。

 「それならば、こちらなどどうでしょう?」

 マニュアル化された客対応だと私は思った。きっと独身女性の場合、ロボットを購入する理由のほとんどにセキュリティ対策が含まれているのだろう。やって来たのが女性の店員だったのも、私に警戒心を抱かせない為だったのかもしれない。

 初め店員は私に大きなサイズのロボットを薦めて来た。「泥棒が隣の部屋に入ったかもしれない」と言ったからだろう。だが私はそれを断った。私の借りたアパートの部屋はそんなに広くない。精神的に圧迫されてしまうような気がしのたのだ。それに、何より大きなサイズのロボットは高い。

 「なるほど。では、こちらは?」

 次に薦められたロボットは良い感じだった。背丈は小学生くらいで、丸みを帯びた可愛いデザインで、肌はソフトな触り心地で思わず撫でたくなる。防犯用にスタンガンを装備していて、更に音や臭いにも敏感で直ぐに危険を察知して主人に伝えてくれるらしい。

 「行動モデルはどういたしましょうか?」

 私が良さげな反応をしたからだろう。店員は話を進めてしまった。やや強引な接客だと私は思った。短期的には売上がアップするかもしれないが店の評判を落としてしまい兼ねない。長期的にはどうなのだろう?と私は余計な心配をした。

 「そうですね。“犬”が良いです」

 私の答えを聞くと店員は大きく頷いた。

 「汎用性が高いですし人懐っこくて可愛いですから、最近は特に人気が高いモデルですね。淡白な方は好まれませんが」

 一応断っておくと、私の言った“犬”というのは姿形の事ではない。犬は人間から撫でられるだけで快感を覚え、好んで人間と一緒にいようとする。盲導や麻薬探知など、犬は様々な仕事を覚えるが、それはその性質故である。その行動モデルを、ロボットにも活かしてあるタイプがあるのだ。バイオミメティクス(生物模倣)の一種であると言えるかもしれない。

 このタイプのロボットは、人間から褒めてもらう為に様々な仕事を学習する。便利だし、一緒にいて心温まる。ただし、少々甘えん坊な嫌いがあるから、孤独を好む人には向かないかもしれない。

 私は外見や性格からあまりそのようには思われないのだが、犬や猫は大好きだ。犬のように甘えて来るロボットなら、一人暮らしの寂しさを紛らわしてくれると期待している。

 セキュリティ対策を考えるのなら、ロボットの購入はできる限り早い方が良い。私は「このロボットを下さい」とその場で店員の薦めてくれたロボットに決めた。

 ロボットが家に届いたのは、その二日後だった。ロボットにはロビタという名を付けた。特に深い意味はない。

 

 私はロビタのセキュリティ警戒レベルを最高に設定した。ロボットが犯人を攻撃できるのは持ち主が命じた場合に限るので、私がいない所では、仮に泥棒や強盗などを見つけてもロビタには攻撃の類はできないのだが、それでも映像や物音の記録くらいは可能だ。

 「いい? ロビタ。特に隣の部屋を警戒してね。何か物音がしたら録音しておくのよ」

 朝、そう言って私は会社に出かけた。

 私は私が出社して部屋にいない昼間に何かがある可能性を疑っていたのだ。隣室の怪異に犯人がいるとすれば、もしかしたら日中私が仕事に出ている間に何かをしているのかもしれない。物音を聞いたのは、日曜日ではあるけど昼間だったし。

 『お帰りなさい、マスター。隣の部屋から、物音が聞こえました』

 仕事を終えて帰宅すると、ロビタは早速私に隣の部屋の物音について報告してくれた。なんと早速初日から録音できたらしい。

 「本当? 再生できる?」

 『はい』と言って、ロビタはその物音を再生してくれた。ただ小さな音なので上手く聞き取れない。「大きくして」と言うと、ボリュームを上げてくれた。それはどうにもクローゼットを開ける音のように思えた。同じアパートの部屋だから、恐らくは私の部屋にあるものと同じだろう。観音開きの木製の扉で、開けてもあまり大きな音はしない。続いて、ほんの微かな足音が、コツリ。木製の床を少しだけ進んで止まった。

 「ちょっと待って」

 と、私は言った。

 「なんでいきなりクローゼットを開く音から始まるの? 普通はドアや窓から入って来るところからでしょう?」

 私はもちろんロビタが音を拾い損ねたのだと思ったのだ。

 『その可能性はありますが、録音することはできませんでした』

 そうロビタは返してくる。

 表情に変化はなかったが、私に叱られていると悲しんでいるように思えた。気の所為かもしれないが。

 ロボットであるロビタが手を抜くはずがない。懸命にやって音を拾えなかったのならそれは仕方ない事だ。

 「いいわ。ありがとう。怒っている訳じゃないのよ」

 ロビタを撫でてやると、嬉しそうに目に当たる部分が笑顔になった。『ありがとうございます』とお礼を述べる。

 なるほど、可愛い。

 奇妙な事に、クローゼットを開けた後の物音は記録されていないようだった。少なくとも録音はされていない。ならば、隣の部屋に侵入した何者かは動かずにずっと立ち止まっていた事になる。人間であるのならまず有り得ない。或いは犯人は特殊な消音技術でも用いているのだろうか? それならば、侵入の音をロビタが拾えなかった理屈も通る。ただもう一度だけロビタは同じ音を録音していた。微かな足音の後にクローゼットの開閉音が。その少し後で、その空室とは反対側の部屋の住人が帰って来ていたようだったから、何か別の音を拾ってしまった可能性もあるが。感度が良いのも考えものである。

 とにかく、これで隣の部屋に何者かが出入りしているのがほぼ確かになった。目的も手段も分からないが、近い内に管理人さんに相談してみた方が良いかもしれない。その時はそんな風に考え、そこまで深刻には受け止めていなかった。だが、その次の日も、そしてその次の日も同じ物音が録音されてしまったのだった。つまり、毎日である。必ず二回以上は物音がした。一回目に音が聞こえるタイミングは毎日ほぼ同じだったが、二回目以降に音が聞こえるタイミングは日によって違っていた。同じ階の誰かが部屋に帰って来る少し前に聞こえるようにも思える。もっともただの偶然かもしれないが。もし仮に音に反応しているのであれば、隣の部屋に侵入した何者かには予知能力がある事になってしまう。

 私は不気味に思い、三日目の晩に管理人さんにその事を伝えた。「本当ですか?」と疑うので、ロビタに録音されている音を聞いてもらった。すると次の日に部屋の中を確認してくれるという。翌日、ロビタが録音してくれていた音を聞いてみると、確かに管理人さんは部屋を覗いてみたようだった。ドアの開く音や管理人さんの声が録音されていた。そして、管理人さんが入って来る前に、やはりクローゼットの開閉音と、そして別の何かの物音も聞こえたのだ。

 ……もしかしたら、空き部屋にいる何者かは本当に音に反応しているのだろうか? 誰かが来ると思って、クローゼットの中に隠れたのかもしれない。

 そう思ったのだが、それから部屋に入った管理人さんは、クローゼットの中も見てみたようだったのだが、「何にもないわね」などと独り言を言ってそのまま部屋を出ていってしまった。クローゼットの中に何者かが隠れた線はなさそうである。

 一応、私はお礼も兼ねてそれから一階にある管理人さんの部屋に行って訊いてみたのだが、やはり「何にもなかったですよ」と言われてしまった。管理人さんが部屋に入る前に物音がした件も伝えてみたのだが、完全に何かの勘違いだと思われているらしく、まともに取り合ってはもらえなかった。まあ、無理もないだろう。

 「あの…… もしかしたら、ですが、誰かがこっそり部屋を使っているのじゃないですかね?」

 もし、誰かが使っているのなら、クローゼットの開閉音からして、クローゼットの中で何かをやっている事になるが。そして、その誰かには気配を敏感に察知する能力があり、気配が近付くと部屋の外にほとんど音も立てずに素早く逃げてしまうという事にもなる。

 自分で考えて、“馬鹿馬鹿しい”と思ってしまった。これではほとんど妖怪である。稚拙過ぎて怪談にもならないが。管理人さんが眉をひそめながら訊いて来た。

 「こっそり部屋を使っているって、一体、どうして?」

 少し考えると、私は「例えば、電気泥棒とか」と思い付きで答えた。クローゼットの中にいるのだとすれば、それもあり得ないのだが。

 「電気が使われた形跡はないですよ」

 そう言った管理人さんは、多少呆れた様子だった。

 「そうですか」

 それはそうだろう。もし電気が盗まれていたのなら、私に言われるまでもなく、管理人さんは誰かが部屋に侵入している可能性を疑うはずだ。

 「やっぱり、鼠か何かですかね。それはそれで嫌ですけど」

 そう言いながら、私は鼠はクローゼットを開け閉めしたりはしないだろうと思っていた。それから私は「失礼しました」と挨拶をして自分の部屋に戻った。

 部屋に戻ってから考えた。

 仮に誰かが無断で部屋を使っているのだとしたら電気くらいは使いそうな気がする。そうじゃなければ、部屋を使う意味がないように思えるからだ。雨風をしのげる場所なら、他にいくらだってあるのだし。

 そこで私はふと思った。

 “……もしかしたら、部屋の中で発電をしているのかもしれない”

 ペロブスカイト太陽電池ならば、部屋の中の弱光下でも発電が可能なのだ。耐久性が他の太陽電池に比べれば低く、毒性が強いという欠点があるが、激しく動かさなければ問題はないはずである。

 ただ、それから直ぐに“それならやっぱり何処でも良いことになるわよね”と自分の思い付きを愚かだと否定した。どうにも考えすぎて、頭がおかしくなってしまっているような気がする。

 

 一応、それからもロビタに隣の部屋の物音を監視し続けてもらったのだが、やはり音は聞こえ続けた。

 「もしかしたら、ポルターガイストか何かかもしれない」

 とそれで私は本気で思い始めた。何しろ、毎日必ず物音がするのだ。仮に人間だったなら、一日くらいは忘れそうなものだ。

 ただ不気味なくらいで特に悪さをする訳ではない。慣れ始めた私は、“このまま物音以外に何もないのなら、放置でもいいかもしれない”と、そのように思いかけた。しかし、その矢先だった。再び、私はアパートの空き部屋に入る人影に遭遇してしまったのだ。

 その日、私は仕事で帰宅が遅くなってしまっていた。時刻は夜の11時を回っていたと思う。アパートの階段を昇ろうと、顔を上げると何者かの頭が見えたのだ。暗くてよく見えなかったが、帽子か何かを被っているように思えた。

 “隣の部屋の人かしら? 今日は随分と遅いわね”

 隣の部屋の人は、いつも帰宅が早いようなのだ。私が帰ると大体は既に部屋にいるようだ。しかし、そう思いかけてハッとなり、私は俄かに緊張した。

 “例の物音の犯人かもしれない!”

 だとするのなら、正体を突き止めるチャンスだ。私は一気に階段を駆け上がった。階段を昇り切るのと、空き部屋のドアが閉まるのはほぼ同時だった。

 “見逃した!”

 しかし、誰かが部屋に入ったのは確実なのだ。急いで私は空き部屋のドアを開けようとしたが、既に鍵はかかっていた。私は“諦めてたまるか”とロビタを外に呼び、空き部屋のドアの監視を命じてから急いで管理人さんの部屋に行って事情を説明した。

 「本当ですか?」と管理人さんは信じられないと言った表情で言う。「本当です」と私。「さあ、早く確かめにいきましょう!」。ところがそう私が言うと、管理人さんは首を大きく左右に振るのだった。

 「ダメです! こんな夜中ですよ? 泥棒か強盗かもしれない!」

 そして、慌てて部屋の奥に入ってしまった。スマートフォンを使っているのか、「警察ですか? 実は……」と声が聞こえる。

 どうやら警察を呼ぼうとしているようだ。冷静に考えるのなら、それが当たり前の行動だろう。ただ、“昼の時は一人だったのに、全然平気だったじゃないですか”とつい思ってしまったが。

 二階に上がり、監視を命じたロビタに「誰も出て来ていないわよね?」と尋ねると、「はい。誰も出て来ていません」と答えた。よしと思う。それから私と管理人さんはロビタと一緒に空き部屋を監視した。何の気配もない。

 “一体、何者なんだろう? こんな何もない部屋の中で何をやっているのだろう?”

 ちょっとだけ、自分のストーカーか何かかもしれないと想像したが、それならもっと私のいる時間帯を狙って現れるだろう。平日の昼間ではなく。もっとも、平日の昼間の物音の正体と、さっき部屋に入っていた何者かが同一人物であるとは限らないのだが。

 やがて警察がやって来た。若い警察官と年配の警察官の二人組。二人とも男性だった。泥棒か強盗だったら腕力がある方が良いからだろうか。

 管理人さんはやや過剰に何度も警察官に頭を下げると、それから空き部屋の鍵を若い警察官に渡して「よろしくお願いします」とお願いをした。ドアを開けてもらうところからやってもらうつもりでいるらしい。相当に怖がっている。鍵を受け取った若い警察官は、「分かりました」と言うと躊躇する事もなく部屋のドアを開けた。この人はもう少し警戒しても良いように思う。

 若い警察官が電灯のスイッチを押す。緊張感が走ったが、明るくなった部屋の中には誰の姿もなかった。無言で若い警察官は窓の傍に寄っていった。年配の警察官は私達の傍に待機していた。恐らくは護ってくれているのだろう。

 若い警察官は窓を観察していたようだったが、しばらくすると顔をこちらに向けて首を横に振った。

 「鍵が閉まっています。外から鍵は閉められませんから、誰もここからは逃げられないはずです」

 それを聞くと私はクローゼットに目を向けた。そして、「毎日、誰もいないはずのこの部屋から、クローゼットを開け閉めする音が聞こえるんです」と説明した。

 年配の警察官と若い警察官は顔を見合わせると互いに頷き、それを合図にクローゼットに向かった。もし犯人が中にいたら、二人がかりで取り押さえる算段なのだろう。

 若い警察官がクローゼットを開ける。年配の警察官は身構えていたが、中には何もいなかった。人間どころか、鼠やゴキブリも。ただ、棚や長方形の物入れがある。「これは?」と若い警察官が尋ねると、管理人さんが説明してくれた。

 「前の借主さんが“いらない家具です。使ってください”と言って残していったものです。新しい借主さんが使わないと言ったら売れば良いだけの話ですから、構わないかと思ってそのままにしてあります」

 一応、中身を確認しようと棚を開けていった。当然全て空だ。ただ長方形の物入れは鍵がかかっているのか開かなかった。大人の腰の高さくらいまでしかないから、人が入れるはずがない。警察官の二人は無理に開ける必要はないと判断したようだった。

 その時に、私はメモ用紙がクローゼットの中に落ちているのに気が付いた。拾って見てみると、Administrator権限と書かれてあり、その下にはIDとパスワードと示された記号が綴られていた。IDは“NakaNakanoKo”で、パスワードは“B90W60H85”。ふざけているようにしか思えないが、Administratorとは管理者の事だから、きっとパソコンか何かの管理者権限のIDとパスワードなのだろう。周りにパソコンはなかった。私はそのメモを棚の上に置いておいた。何かはさっぱり分からないが、なくならないようにしておいた方が良いと思ったのだ。

 不意に「フーッ」と年配の警察官が息を漏らす。若い警察官と違ってこの人は緊張していたらしい。そして「どうやら何かの勘違いだったようですな」と続けた。私は納得がいかない。

 「そんな! 確かに見たんです!」

 若い警察官が“やれやれ”といった様子で返す。

 「しかし、実際に何もいないじゃないですか」

 「でも、」と私が言いかけると管理人さんも警察官の二人も諫めるような視線を私に向けた。

 「きっと疲れていたのですよ。こんな遅くまで働いていたのだから無理もない」

 年配の警察官が私を庇いつつもなだめるような声でそう言う。

 そこで私は思い付く。

 「そうだ! ロビタが誰かが部屋に入る音を録音しているはずです」

 「ロビタ?」

 「私のロボットです。怖いので、毎日隣の空室を監視してもらっているんです」

 それからロビタを呼んで、私は音を再生させた。すると、確かに誰かが隣の部屋のドアを開ける音が聞こえた。部屋に侵入しているようだ。続いて、鍵を閉めたらしい音、そして、私がドアを開けようとした音が聞こえる。それから直ぐに私が彼を外に呼び出したから、それ以降は録音されていなかった。

 警察官の二人は顔をしかめる。

 「うーん。確かに変ですね。侵入者があったみたいだ」

 警察官が困るのも無理はないだろう。これは早い話が、ミステリ小説でいうところの密室事件だ。しかも抜け穴がある等のトリックはあり得ない。ならば、犯人は煙のように消えてしまった事になる。

 私達が困っていると、管理人さんが恐れながらといった感じで口を開いた。

 「もしかしたら、そのロボット、故障しているのじゃないですかね?」

 何を言い出すのやら、と私は思った。

 恐らく、それで存在しない音を録音していると言いたいのだろう。だが、そんな器用な故障の仕方は考え難い。録音できていないというのなら分かるが。AIが音楽を自動で作るのとはわけが違うのだ。そもそも、そんな機能はロビタには付いていない。

 警察官の二人は、流石にそんな暴論を信じたりはしなかったようだった。

 「一回、署に問い合わせてみますよ。前の部屋の借主に何かないか。もしかしたら、ヒントが得られるかもしれない」

 そう年配の警察官が言ってくれ、若い警察官が通信機で連絡を入れた。数分後、直ぐに連絡が来た。私は何か分かったのかと期待したのだが、若い警察官は何故か私に「そのロボット、どこで手に入れましたか?」と変な事を尋ねて来る。

 「普通に家電ショップで買いましたが」

 「失礼ですが、型番を確認させてもらっていいですか?」

 「構いませんが」

 若い警察官はロビタの型番をスマートフォンに入力して送った。直ぐに返答があったのか「なるほど。問題なさそうですね」などと言う。

 「あの…… 一体、何なんですか?」

 何かは分からないが、自分が疑われているように思える。少し私は気を悪くしていた。

 「これは失礼しました。いえ、前の借主を調べてもらったら、ロボットを不法投棄している可能性があると分かったのですが、本人は譲渡したと言っているようなんです。それでこのロボットがそうなのじゃないかと少し思いまして」

 「そんなの誰に譲渡したのかを訊けば済む話じゃないですか」

 「それがプライベートな話題だからって話したがらないみたいんですよ。ただ、最近はロボットの不法投棄が問題になっているから無視もできない。我々としても困っていましてね」

 それで私は察した。つまりこの警官は、私がその前の借主が不法投棄したロボットを拾ったのではないかと疑っていたのだ。今回の件には関係がないし、疑われるのはあまり気分が良いものではない。

 「つまり、この空き部屋に入っていった謎の人物については何も分からなかったのですね?」

 「残念ながら」と若い警察官は答えたが、少しも残念に思っているようには見えなかった。

 「証拠の音も残っているので、何者かがこの部屋に侵入したのは事実なのでしょう。なら、可能性は一つだけですよ。あなたが管理人さんを呼びに行っている間で、犯人はドアから逃げたんです。このロボットはそれを見逃してしまった。そうとしか考えられないじゃないですか」

 それから彼はそう述べた。ロボットが故障して偽の音声を合成したなんていう仮説よりはよっぽど説得力がある。

 「でも、今晩だけじゃないんですよ? 毎日、音はしているんです」

 「それについては、他の部屋の音を拾ってしまっているのじゃないですかね? セキュリティ用に感度はかなり良く作られているみたいだから可能性はあると思います」

 「うーん。そうかもしれませんが」

 その可能性は私自身も一度疑っている。ただ、それならもっと色々な音を拾ってしまいそうな気もするが。私の様子を見て年配の警察官が言った。

 「ま、それでも泥棒未遂犯がいる事には変わりないですからな。何かあったら直ぐに応対できるように言っておきますし、この辺りをパトロールするようにもしますよ」

 そう言われてしまっては、「はい。ありがとうございます」としか私には返せなかった。そもそも捜査のしようもない。仮に犯人が逃げたのだとしたら、今更追いかけてももう手遅れだろう。二人の警察官は「充分に気を付けてください」と私達に注意を促すとアパートを去っていった。その後で管理人さんは他の部屋の住人達に事情を話して回っていたが、私はそれには付き合わずに自室へと戻った。

 一人になると私はじっくりと今回の件について考えた。まず、誰かが空き部屋に入っていったのは絶対に見間違いではない。ロビタがその音を録音している。しかし、警察官が来るまでの間で、その誰かは部屋の中から消えてしまった。窓の鍵は閉められていたから、窓から逃げた可能性はまずない。トリックを使う意味もないし。

 人間が煙のように消えるはずがないから、あの若い警察官が言うように、監視を命じていたロビタが見逃してしまった線が一番可能性としては高い事になる。

 ただ私は納得がいかなった。

 「ねぇ、ロビタ。誰も隣の部屋からは出て来なかったのよね?」

 ロビタは淀みなく答える。

 「はい。誰も出ては来ませんでした」

 そこで私はどうして自分が納得できていないのかに気が付いた。

 ――あの若い警察官は、ドアの鍵を開けていた。つまり、犯人はわざわざ鍵を閉めて逃げた事になる。果たして泥棒がそんな事をするだろうか? 特殊な技能を持った者になら、鍵の開け閉めは可能だろうが、あまり意味はないように思う。もし仮に私が泥棒だったなら、鍵を閉めたりせずにさっさと逃げるだろう。

 “……何か、何かが違うんだ”

 私は考え続けたが、結局何も分からず、食事と風呂を済ませると就寝した。隣に泥棒が入ったかもしれないのに、何故か私は全く緊張をしていなかった。

 

 ――その晩、夢を見た。

 何故か私は隣の空き部屋にいて、そこでは小さな子供が膝を抱えて泣いていた。私は心配になって話しかける。

 「どうしたの?」

 するとその子供はこう答えた。

 「置いていかれちゃったの」

 私は“まぁ”と思う。

 「それなら警察に連絡をしましょう。きっとあなたの親を探してくれるわ」

 しかしその子供は首を横に振る。

 「警察はダメなの」

 「どうして?」

 「警察は、僕を捕まえて閉じ込めるから」

 「警察はそんな酷い事はしないわよ。大丈夫だから私に任せて」

 私はなんとか説得しようとしたが、どうしてもその子供は納得しなかった。とにかく、何とかしなくてはならない。

 「一度、私と一緒に来て」

 そう言って私はその子供の腕を引っ張った。すると「やめて!」と言ってその子供は顔を上げた。

 そしてその顔は、何故かロビタの顔をしていたのだった。

 

 目覚ましの音で目が覚めた。

 時計を確認する。9時だった。「いけない会社に遅刻……」と、一瞬慌てたが、直ぐに今日が土曜日である事を思い出す。休みだ。「おはようございます」とそんな私にロビタが挨拶をした。

 「おはよう」

 頭を撫でてやる。

 それから私は昨晩の夢を思い出した。何故、あんな夢を見たのだろう? 泥棒が入ったのかもしれないのだから、もし昨晩の件が気になっていたのなら、何者かに襲われる夢でも見そうなものなのに。

 それから私は朝食を食べた。そして食器を洗っている間にふと「隣は大丈夫かしら?」という心配がこみ上げて来た。もちろん、その思考はおかしい。そもそも誰も隣の空き部屋にはいないはずなのだから。

 しかし、そこで夢の内容を思い出す。

 そしてどうして自分がそのような事を考えてしまったのか、私は次の瞬間には理解していたのだった。

 繋がった。

 “……ああ、そうか! だから夢の中の子供はロビタの顔をしていたんだ!”

 それから私は直ぐに管理人さんの部屋に向かった。

 

 「またあの部屋の件ですか?」

 私の顔を見ると、管理人さんは辟易したような顔になった。面倒をかけてしまっているだろうからこれは仕方ない。私が悪い訳ではないのだけど。

 「でも、犯人が何処にいるのか分かったんですよ。まぁ、“犯人”と言ってしまって良いのかどうかは分からないのですけど」

 私の言葉を聞くと管理人さんは急激に態度を変えた。目を丸くする。

 「本当ですか? 何処にいるんです?」

 「私の考えが正しければ、彼はまだ隣の部屋にいるはずです」

 「大変! なら、早く警察に……」と言うので私は彼女を止めた。

 「いえ、その必要はありません。危険はないはずですから。隣の部屋の鍵を貸してくれませんか? 入って確かめないと」

 管理人さんは奇妙な表情を浮かべはしたが、それでも私に鍵を貸してくれた。そして、怖がっているようだったのに、私と一緒に空き部屋に来てくれた。責任感の強い人なのかもしれない。

 部屋に着くと私は躊躇なくドアを開け、そのままクローゼットを目指した。

 「犯人がいる場所って、まさかクローゼットの中ですか? 昨晩見たけど、いなかったじゃないですか」

 管理人さんが怯えた様子で尋ねて来る。きっと何か怖い想像をしている。

 「ええ。でも、私達は一つだけ確認しなかったじゃないですか」

 怯えている管理人さんに構わず、私はクローゼットを開けた。昨晩のままだ。棚の上にあるメモ用紙もそのままだった。Administrator権限のIDとパスワードが書かれたメモ。

 私はそのメモを手に取るとこう言った。

 「Administrator権限認証。ID、大文字で“N”小文字で“aka”、大文字で“N”、小文字で“akano”、大文字で“K”、小文字で“o”。パスワード、アルファベットは全て大文字で“B90W60H85”。Administrator権限で命令します。その箱の中から出て来なさい」

 すると、自然とクローゼットの中にあった長方形の物入れの扉が開いた。管理人さんが「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らす。多少は怖い光景だったから無理もない。何故なら、そこには膝と首を胴体に折りたたんだ姿の何者かが仕舞い込まれていたからだ。見ようによっては、猟奇殺人の死体のようにも見えるだろう。

 しかし、それはもちろん殺人事件の死体などではない。

 一瞬の間の後で「ロボット?」と、管理人さんは素っ頓狂な声を上げた。

 

 「――つまり、物音の正体はこのロボットの動く音だったんですよ。ロボットだから、毎日規則正しく動いていたのでしょうね」

 

 私がそう説明しても管理人さんはまだ納得いかないといった表情を浮かべていた。

 物入れから出て来たロボットは身体は通常の状態ではかなり大きく、私の背丈を超えていた。狭い部屋では圧迫感を覚えるから、用事がない時は箱の中に入っているように元主人から命じられていたのかもしれない。

 「いや、でも、どうしてロボットがこの部屋に?」

 戸惑っている彼女に向けて私は説明する。

 「帰りを待っているのだと思いますよ、このロボットは」

 「帰りって…… 誰のです?」

 「それはもちろんこの部屋を前に借りていた元主人のですよ。管理人さんは家具を残していくって言われて了承したのでしょう? 管理人さんは意識していなかったようですが、その“家具”の中にはこのロボットも含まれてあったのじゃないでしょうか?」

 警察官の話だと、前のこの部屋の借主はロボットを譲渡したと言ったらしい。それはきっとその事だったのだ。

 「でも、そんな説明は一言もされていませんでしたよ?」

 「随分といい加減な人だったようですから、きっと面倒くさがったのでしょう。何しろ、このロボットのAdministrator権限のIDが、“NakaNakanoKo”で、パスワーが“B90W60H85”ですよ?」

 「まぁ、確かに多少不真面目な方ではありましたが……」

 私は軽くため息をつく。

 「私達は犯人は外に逃げたとばかり思っていた訳ですが、本当はずっとこの部屋の中にいたのですね。

 朝、このロボットはクローゼットの中から出て来くると、そのまま主人の帰りを待っていたのだと思います。ただ、この部屋が自分の物ではないという認識はあったのでしょう。見つかったらいけないと考えて、誰かが来る気配があるとクローゼットの中に隠れたのではないかと思われます。

 セキュリティ機能のあるロボットは、音を敏感に察知する事ができます。人間では分からないような微細な音も。だから、誰かが二階に上がってくる前に動く事ができたのでしょう。管理人さんだと分かったら、特に見つからないように念入りに隠れたのかもしれません」

 長方形の物入れに入る時はクローゼットは閉められていたはずだから音は響かない。それでロビタはきっと録音できなかったのだ。

 私の説明を受けると、管理人さんは疑問を口にした。

 「しかしロボットならば、電気が必要じゃないですか。この部屋の電気が使われた形跡はなかったんです」

 「それは恐らくはペロブスカイト太陽電池を使ったのですよ」

 それから私はロボットに「あなた、名前は?」と尋ねた。「タイターです」とロボットは返す。

 「オッケー。タイター、発電用のペロブスカイト太陽電池を広げて」

 そう命じると、タイターというらしいロボットは背中をオープンして、まるでテントのように褐色のフィルムを広げた。

 ペロブスカイト太陽電池とは、その名の通りペロブスカイトで構成された太陽電池で、シリコンなどの太陽電池にはない柔軟性を持つという優れた特性がある。だからこのような芸当も可能なのである。しかも、この太陽電池は部屋の中などの弱い光の下でも発電が可能だ。

 「タイターはこのペロブスカイト太陽電池で発電して充電していたのですよ。部屋の中の光でも長い時間をかければロボット一体が稼働し続けるくらいの発電量にはなります」

 「はあ」と、それに管理人さん。

 「多分ですけど、前の借主の人が、譲渡先を警察に言わなかった理由がこれではないかと思われます。ペロブスカイト太陽電池は耐久性と毒性の強さに若干の懸念があるんです。ですからロボットに取り付ける事は禁止されているので、これは違法改造です。まぁ、罰則も緩いですし、やっている人も多いみたいなのですがね」

 言い終えると、私は「太陽電池を仕舞って」と命じた。タイターはペロブスカイト太陽電池のフィルムを仕舞う。

 「しかし、まだ分からない事があります。何故、夜中にこのロボットは外に出ていたのでしょう? あなたの説明通りなら、見つかるのを恐れていたはずですが」

 私はその管理人さんの質問を受けると、自然とタイターに目を向けていた。アニミズムだとは自覚しながらも、可哀そうな子だ、とつい思ってしまう。

 「それは簡単です。きっと、主人を探しに出ていたのですよ」

 このロボットの行動タイプもきっと“犬”なのだ。だから、主人を恋しく想い、夜中に長時間動けるくらいにまで充電ができると、外に探しに出ていたのだろう。

 私は気付くと、無意識にタイターの頭を撫でていた。

 「管理人さん、お願いがあります。もし良かったら、このロボットを私に譲ってくれませんか?」

 「それは別に構いませんが」

 「申し訳ないのですが、できれば警察にも事情を説明してくれると助かります。私が言うと疑われてしまいそうなので」

 「いいですよ、それくらいなら」

 「良かった。ありがとうございます」

 私はタイターを軽く抱きしめてやった。もう私の物だ。彼はずっと暗闇の中で独りぼっちでいたのだ。これくらいの愛情は示してあげても良いはずだ。

 管理人さんは、そんな私を不思議そうに見つめていた。

 「ずっとお隣さんだったから、親近感がわいてしまったのですよ」

 そう私は言い訳をしたが、もちろん嘘だった。

 

 正直に言って、私にはここまで人に懐いているロボットを“家具”と言って、あっさり他人に譲渡してしまう前の持ち主の無神経さが許せなかった。

 だから、もうこれ以上、このロボットに寂しい想いをさせたくはなかったのだ。

 もちろん、ロボットに本当の意味での感情なんかない。どちらが間違っているかと問われたなら、私の考えの方が間違っているのだろう。

 しかし、それでも、きっとそのように間違ってしまう私の方が、世の中全体としては正しいように思う。

 そういう感覚を持った人間が大勢いる方が、きっと世の中は良くなっていくはずだから。

ロボットを出した時点で”ははーん”ってなった人は多いと思いますが、それ以外は難しかったのではないか?と。

そうでもないですかね?

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの真相ですね。そして、最後の一文がとても好きです。
[良い点] 企画から拝読しました。 キーワードにSFとあったので、どこでもドアのような別の場所とつながっているのを想像していました。
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