3、警察のいない学校①
下校中、同じような一軒家が建ち並んでいる住宅地を歩いていた。その中で周囲よりも古め、築四十年ぐらいの一軒家があり、その分、周りよりも庭が広かった。大音量で音楽を聴いても、隣の家から苦情がこないぐらいの広さがあり、表札には横山と書かれている。学校帰り、自宅に帰る前にいつもここに立ち寄った。
「こんにちはー」
ドアを開けると、すでに玄関まで来て横山鈴ちゃんが待ってくれていた。身長百五十二センチと小柄な鈴ちゃんは、くっきりとした目の童顔でとても可愛い。
「いつもありがとー」
「いえいえ、どう致しまして。これノート」
不登校中のクラスメートである鈴ちゃんに、今日授業でとったノートを渡す。私の手の甲の擦り傷を見つけると、曇った顔で訊く。
「今日もケンカ?」
「うん、また負けました」と笑う。
「ごめんね、私のせいで」
そう話しながら二人して階段を上がり、二階の鈴ちゃんの部屋へ向かう。私の前で階段を上がっていく鈴ちゃんの背後に、身長百三十センチほど、小学三年生ぐらいの女の子のオーラがいる。本体の人間よりも小さなオーラは、立場の弱さのあらわれだ。灰色の囚人服を着て、黒いクツを履いているのはいじめられっ子のオーラだから。最下層であることを表現している。鈴ちゃんの隣の部屋は、鈴ちゃんのお兄さんの学習机や本棚が置かれているが、本人は県外の大学に通うための寮で暮らしているので不在中だ。鈴ちゃんの両親も工場や病院での勤務中なので、私は気兼ねなく、放課後はここで一、二時間すごしている。
中学二年の途中から、いじめにあって不登校になった鈴ちゃん。三年生に進級するタイミングで登校を始めたが、一度つけられたいじめられっ子のイメージのせいもあって、再びいじめられていた。自宅にいる時のいじめられっ子のオーラは、本体より幼く小さいので可愛い存在として見ることが出来るが、いじめられている最中となると悲惨だ。心が傷つき、壊れていくことを表現し出すので、顔がピカソの絵画のように変形したり、割れた陶器のように皮膚がひび割れたりする。涙が溢れだし、脳天から一滴、二滴と血が流れ出すのだ。見るに見かねて、私が止めに入ったが、それが気に入らなかったのだろう。私が不良生徒の標的になった。当の鈴ちゃんは再び不登校に逆戻りである。中学二年の後半、約半年間、不登校をしている間、鈴ちゃんはいじめている不良生徒たちがしている事は、本来暴行罪や脅迫罪が適用される犯罪行為である事を知る。そして教育関係の本を読み漁り、なぜ被害者である自分が泣き寝入りしなければならないのかよく考えていたらしい。私がクラスの不良生徒とバトルしている間、暴行罪などの罪名を口に出来るのは全て鈴ちゃんからの受け売りである。