2、いじめという犯罪
「牧野ー、一人で外眺めて寂しいねー」
三校時の授業が終わった休憩時間、窓際の席の私が外を眺めていると、クラスの不良少女、猫藤ユリがからかってくる。廊下から三年三組の教室に入ってきた猫藤、その両隣にいる犬塚さち子、牛島夏美という子分にあたる不良女子も、追随する形でバカにしてくる。
「友達いない。ひとりぼっちー」
「お前性格悪いからバチが当たってんだよ」
三人でゲラゲラ笑っている。三人の背後にはそれぞれ鬼がいて、床から数センチ浮かんでいる。クラスで威張っている不良の背後には鬼オーラがいた。白ヘビのように自意識があって自ら動けるものを、覚醒オーラと呼んでいるが、それは今のところ白ヘビのみで、鬼オーラは背後に漂うだけだ。本体の人間と同じ身長で、肌は黒く筋肉質だ。般若の頭部、首から下は、十センチほどの黒い毛に覆われている。このような通常オーラは、本体である人間の立場、強さを表現している。
私は席から立ち上がって、三人に近づきながら言い返した。
「なに公然と他人の悪口言って、私の社会的評価を低下させてんのよ。それって『侮辱罪』『名誉毀損罪』になるんだよ。犯罪行為をしてしまっている自分たちがヤバイ状況なっていることも分かってないアンタらに呆れはてるわ」
「弱いくせに偉そうな態度とってんじゃねーよ、身分わきまえろよ!」
「うるさいわよ。アンタ達が私としゃべらないようにクラスの子に圧力かけてるから一人なんじゃない。性格最悪なのはそっちの方だろ。アンポンタン!」
「なんだと! アタシ達がクラスしきってんだから空気よめよ! 正義面して逆らいやがって、今じゃミジメないじめられっ子じゃん」
三人に押される形で教室後方に追いつめられ、押されたり、叩かれたり、蹴られたりする。本体である人間が攻撃している時、背後にいる鬼オーラが本体に近づき、ついに一体となる。鬼オーラは一体化した時、姿が消えるが、二本ある角だけは消えず、人間の頭からオーラの角が生えていた。格闘技経験ゼロの私なりに、へなちょこな攻撃をこころみるが、三人相手なのでやられっぱなしだ。白ヘビも鎌首をもたげて威嚇しているが、それで私が強くなれるわけでない。それでも口は達者に動くので口撃は止めない。
「アンタ達が毎日他人を殴ったり蹴ったりしているのは、『暴行罪』『傷害罪』っていうれっきとした犯罪なのよ。だから大人になったら誰も会社で殴ったり蹴ったりしてないわ。そんなことしたら会社をクビになって警察に捕まるから。アンタ達が学校をクビにならず警察にも捕まらない方が異常なのよ。学校に警察がいないからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
足を何度も動かしてキックを繰り出している私に、
「お前だってアタシたちに暴力ふるってんじゃん」
と言い返されたので、
「私がしてるのが『暴力』な訳ねーだろ。アンタ達が不正な攻撃を加えるため、自分の権利を守るため仕方なくおこなっているから『正当防衛』なんだよ。脳足りん!」
と言ってやった。
「いいぞ、やれやれ」
と拍手している男子生徒の声がした。そちらを見ると、クラスの男子をしきってる不良男子の蝉村銀次が、机の上に腰掛けて笑ってる。隣で立っている猿川哲という子分も、両手をズボンのポケットにつっこみながら笑っていた。当然この二人の背後にも、黒い鬼オーラがいる。
「アンタ達、自分が直接手を下してないから、何の罪にもならないと思ったら大間違いだよ。はやしたて、そそのかしてるのは、『現場助勢罪』っていう犯罪なんだからね」
私がそう言ったところで、四校時の授業をおこなうため現国の教師がやってきたので、バトルはお開きとなった。
格闘家のように拳や脛を鍛えてないので、殴ったり蹴ったりしても衝撃に耐えられずに痛みが走る。つくづく戦闘用の人間ではない。美形の私は観賞用の人間なのだ。まーこんな感じの学園生活を送っている。給食の時間も喋る相手がいないので、一人で黙々と食べている。全ての授業を終えて、放課後、校門を出る時も一人である。部活はしていない。