19、鈴ちゃん、暴走す⑧
思わず駆け寄ろうとした私だったが、すぐに立ち止まる。凶悪オーラを喰いちぎった巨大獣物が、ゆったりと飛翔しながら私に近づいてきたからだ。細長い体型、宙を蛇行しながら進む姿は巨大な蛇を連想させたが違っていた。角と耳と短い手足を具えたそれは龍だった! 白い龍、白龍だ! 寺院の天井画に描かれている厳めしい龍とは見た目も印象もずいぶん違った。天井画の龍は、ラクダのような頭に見開いた目が恐ろしい。固く大きな角が生え、聞きのがすまいと油断なく前方を向いている耳。そして長老のような立派なヒゲがあった。白龍は蛇のように細長い頭で、切れ長の赤い目はおだやかで優しい。額から生えている灰色のたてがみが背骨に沿って尾まで生えていて、銀色の角とピンクがかった耳はつつましくその中にあった。産まれたてのせいかヒゲは生えていなかった。天井画の龍は、蛇腹で背中にあるウロコがひとつひとつはっきりしていてゴツい。虎のような鋭い爪があり、掴んだものは離さない迫力がある。白龍も蛇腹であり、背中にもウロコがあるが、それはうっすらとした青い線で目立たない。遠目からは白い陶器のようになめらかで美しかった。細長い掌の中のピンク色の五本の指からは、さほど爪は生えてなく、掴むより、何かを愛でて撫でている方が似合いそうだ。白龍が目の前で止まり漂っていると、その赤い目が私を捉える。見慣れた優しいその眼差しで、はっきりと分かった。
「お前、白ヘビなんだねえ」
全長二十センチの小さな白ヘビの中身のまま、外見が全長十メートルの白龍になったのだ。私が白龍の鼻筋を撫でてやると、幼少の頃からの相棒は気持ち良さそうに目を細めた。オーラの体を立体的なものとして視覚は捉えているが、実態は霧や雲のように触っても感触はない。
「あ、そうだ! 鈴ちゃん!」
慌てて駆け寄ると、路上に倒れ込んだ鈴ちゃんは、母親の自転車の五メートル手前で気を失っていた。
「鈴ちゃん、鈴ちゃん!」
しゃがみこんだ私は肩を軽く揺すりながら呼びかける。目を開けた鈴ちゃんは、私を見ると、ゆっくりと上半身を起こした。そして周囲に目をやりながら、
「おはよう、リカコちゃん。ここはどこ?」
と私に尋ねる。寝ぼけている。目が金色でなくなっていて私は安心した。私はこれまでの経緯を、オーラの箇所を省きながらゆっくりと解説した。ぼんやりした表情で聞き始めていたが、鈴ちゃんの顔はすぐに真剣なものとなり、終わりの方になると血の気が引いていた。そして慌てて立ち上がると母親の自転車に近づき、前後のカゴの中にそれぞれ入っているガソリン携行缶を確認すると我が目を疑っていた。
「……嘘」
言葉を失っている。
「わ、私、頭がおかしくなったのかしら」
「大丈夫、大丈夫、もう大丈夫だよ」
鈴ちゃんの肩を摩って元気づけた。来た道を引き返すことにして、自転車を押しながら二人で喋った。そこで鈴ちゃんは、私がクラスの不良共にひどくやられた事を知って怒鳴ったあたりから、記憶がぼんやりとしていて白昼夢のような状態である事が判明した。鈴ちゃんの体は山羊頭の支配下にあったのだろう。中学校そばの公園の茂みに隠したガソリン携行缶は、後から取りに行くことにしたが、二つの携行缶をカゴに入れている鈴ちゃんの自転車がフラつくので、一つは私の自転車のカゴに入れた。それでも非力な鈴ちゃんは時折ふらついていたので、中身のガソリンを用水路に捨てて軽くしないか提案したら、びっくりした顔をして、
「環境を汚すような事、絶対にだめだよ」
と叱られた。す、すみませんと謝ったが、さっきまで大量殺人を企てていた人には言われたくないものだと思った。それでも真面目な鈴ちゃんに戻ったのだから喜ばしいことである。




