180、おすすめ本『いじめのある世界に生きる君たちへ』(中井久夫)②
③人間には「他人を支配したい」という権力欲があります。権力欲は多くの人たちをまきこみます。その快楽は、思い通りにならないはずのものを思い通りにすることです。その範囲はどんどん広がり、きりがありません。権力欲には他の欲望と違って、真の満足、真の快さがありません。むろん、権力欲を消滅させることはできそうもありません。ただし、権力欲をコントロールして、より幸せな社会をつくる道がありそうです。人類はまだその道筋を発見したとは言えませんが、考える値打ちのあることだと思います。権力欲のコントロールは遊びと似ています。小さい子どもはむりやりでも勝てばよろこびますね。でも多くのひとは小学4年生になるとそれでは満足できず、ルールに従うことに真の満足を感じるようになります。とすれば、「ドラえもん」の主人公たちは5年生ですから少し遅れていますね。ドラえもんは小道具をつかって、一生懸命ルールに従うことの楽しみを教え、むき出しの権力欲は損であることを教えているのだと思います。
④いじめは、他人を支配し、言いなりにすることです。そこには他人を支配していくための独特のしくみがありそうです。わたくしはいじめが進んでいく段階を「孤立化」「無力化」「透明化」の三つの段階に分けてみました。これは恐ろしいことに、人間を奴隷にしてしまうプロセスです。孤立していないひとは、時たまいじめられるかもしれませんが、立ち直るチャンスもあります。逆に立ち直るチャンスを与えず、ずっといじめるためには、そのひとを孤立させる必要があります。そう、いじめの最初の作戦は「孤立化作戦」です。その作戦の一つは、いじめのターゲットを決めることです。誰かがマークされたことがまわりに知らされ、ターゲットにならなかったみんなはほっとします。そしてターゲットにされた人から距離を置きますが、距離を置かない人には、そんなことをすると損するぞ、まかり間違えば身の破滅だぞということをちらつかせます。その次に「いじめられるのは、いじめられるだけの理由がある」というPR作戦にでます。加害者は、ターゲットのささいで、どうでもいいような行動などを問題にします。これはまわりの人たちの差別の気持ちをくすぐります。「自分より下」の人間がいるということは、リーダーになりたくてなれずにイライラしている人間にとって気休めになりますからね。それだけではありません。PR作戦によって被害者も「自分はいじめられてもしかたない」という気持ちにだんだんさせられるのです。そのことがさらに加害者と傍観者を勇気づけます。加害者は攻撃の焦点も場所も時間も自由に選べ、いちばん有利な形で攻撃できます。PRしたい時には大勢の前でやり、相手を屈服させるためには相手が一人の時を選ぶでしょう。被害者がいつ、どこにいても孤立無援であることを実感させる作戦が、「孤立化作戦」です。
『いじめのある世界に生きる君たちへ』(中井久夫・中央公論新社)より【次回に続きます】




