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174、おすすめ本『文部科学省』(青木栄一)⑥

【前回の続き】

⑩文科省には教育サービスの水準に格差が生じないようにする責任もあるため、自治体をコントロールしつつ均一なサービス提供を試みてきた。この仕組みを体現してきたのが教育委員会制度である。教育委員会は首長の言うことを意に介さず、不祥事すら隠蔽する「身内びいき」の組織だと批判される。実際、子どもが「いじめ」という名の犯罪の被害者となり自ら命を絶つ悲劇が繰り返されているが、そうしたケースで教育委員会はしばしば事実を隠蔽しようとし、首長がいら立つ場面が報道される。都道府県教育委員会は教員出身者が半数近く在籍する点で政令市や市町村とは質的に異なる構成であり、その実態は「教員王国」とまでは言えないが、「教員の論理」がまかり通る世界である。指導主事になるには多くの都道府県で管理職試験に合格する必要があり、その受験に所属校長の推薦が必要となる場合がある。要するに人材登用が末端の学校に委ねられているわけで、「本社人事部」が機能していない。これが悪い方向にいくと、校長による教員の「子飼い化」を招く。こうして教育委員会事務局への人材登用も「教員の論理」によって進んでいく。文科省のなかで学習指導要領に携わる教科調査官の多くが指導主事経験者であり、「教員の論理」は文科省と教育委員会をもつなげている。教育委員会制度の見直し議論はこれまで何度もあったが、文科省はいつも省をあげて徹底阻止に動いた。その理由の一つは教育委員会が自分の手足のように動く事実上の「出先機関」であり、その維持にメリットがあるからだ。出先機関をもたない文科省にとって教育委員会は不可欠な存在である。もう一つの理由は、責任回避ができるからである。自らの一部である出先機関を置けばコントロールしやすい反面、不祥事が起きたら本省の責任問題となる。これに対して、教育委員会制度を維持することで文科省はきわめて安全な場所に身を置くことができる。教育委員会の対応に不手際があったりすると、文科省は政務三役を派遣し地元教育委員会を叱責しっせきする。こういう場合に文科省は地方分権原則を強調して自らの免責理由とする。2000年代前半、進学校を中心として高等必修科目の「未履修問題」が露見し、地方教育行政関係者が自殺したが、当時の文科大臣は高校の管理権が文科省にないことを理由に直接の責任はないと国会で答弁した。文科省が教育委員会制度を死守してきたことは歴史をみれば明らかである。そこまでして守ってきた教育委員会制度であるが、これからも大きな問題が起こるたびにその存廃そんぱいが議論の俎上そじょうに載るだろう。教育委員会制度の逆機能を考えず、メンテナンスを怠ってきたツケが表れているといえよう。これからも教育委員会制度について文科省は先のみえない「自衛戦」「撤退戦」を繰り返していかざるをえない。


 『文部科学省』(青木栄一・中公新書)より【次回に続きます】

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