171、おすすめ本『文部科学省』(青木栄一)③
【前回の続き】
⑤文科省の初等中等教育行政をみると、本格的な論争を避け、その場しのぎを繰り返しているように映る。せっかく長年準備した「ゆとり教育」を導入しながら、批判に押されて事実上の方向転換を行ったり、外部の動きに引っ張られて全国学力・学習状況調査を導入したりする。こうした文科省のふらつきは批判されることが多いが、その背景を2点指摘しておきたい。第1に、戦略性や網羅性がないデータ分析しか行っていない。虎ノ門の庁舎に国立教育政策研究所を同居させているのに、それを活かしきれていない。せっかく全国学力・学習状況調査を実施するのだから、児童生徒の家庭環境データと合わせた分析を行えば、子どもの貧困問題の解決策もみえてくるはずである。実際、イギリスではそうしたデータ準備が進められている。文科省は教育の世界に閉じこもらず、たとえば厚労省と協力することはできないのだろうか。第2に、他省庁から挑戦を仕掛けられやすく「自衛戦」「撤退戦」の陥りがちで、人員などの省内資源がそこに集中してしまう。なまじ巨額の予算を抱えているため削減圧力に晒される。財務省が文科省に対して教職員定数の削減を要求するのは半ば年中行事であるが、そうした圧力に対抗しなければならないから、文科省は新規政策を打ち出す余力がなくなってしまう。文科省は霞が関でも最小規模だから、こうした他省庁からの攻撃に対しては人的資源の面で脆弱であり、結果的に長期的展望を描けなくなっている。文科省はカリキュラムづくりを一手に引き受けてきた。従来は教育界の内輪で決めていればよかったが、「ゆとり教育」批判で社会から厳しくみられるようになった。いったん守勢に回った文科省は、学力に関する外部からの批判に対抗する形で常に後手後手の対応をせざるをえなくなった。
⑥各国の教員業務を調査する、OECDの国際教員指導環境調査が公表され、次の3点が驚きをもって受け止められた。第1に、教員の一週間あたりの労働時間が世界最長だった。第2に、一般的事務業務に使った時間が参加国平均を2倍近く上回った。そして第3に、課外活動の指導に使った時間が参加国平均の3倍を大きく超えた。日本の教員は、世界のどこの国よりも長く働いており、本務である教育活動以外に多くの時間を割いていることがわかった。こうしたことは経験的に多くの教育関係者が知ることだったが、国際調査の「お墨付き」を得たことで、マスコミでも大きく取り上げられた。これは、政府だけでなく日本社会がいかに「黒船」の外圧に敏感かを示している。
『文部科学省』(青木栄一・中公新書)より【次回に続きます】




