10、バカ女①
翌日学校に登校しながら、鈴ちゃんに言われたことがあるので、クラスの不良グループの動きに注意を払っていた。しかし何も起こらなかった。拍子抜けしながらも、まあいいか、と思いながら終礼を終えた教室から出ようとすると、
「ん?」
後ろのロッカーに置いてあった鞄がない。他のクラスメート達は、自分の鞄を取り出すと教室から出ていく。教室に残っているのは私と不良グループぐらいなのでそちらを見ると、戦利品のように私の鞄を猫藤ユリが高々とかかげ、右に左に揺らしている。
「他人のものを脅迫して奪うのは、『恐喝罪』『強盗罪』っていう重い犯罪なのよ。分かってんの? ホント学校って所は警察がいないせいで、アンタらみたいな犯罪者が捕まりもせず、のさばっている無法地帯じゃない。うんざりするわ」
不良共はニヤニヤ笑ってるだけだったが、その中で蝉村銀次が、私の背後の方を見て声をかける。
「力也ー、こっちこっち、よくきてくれた」
振り返ると、廊下から教室に百八十センチ近くある大男が入ってきた。三年男子の不良グループナンバー1、藤堂力也だ。背後の鬼オーラの筋肉が、他の鬼たちより一回り大きい。仲間を引き連れて、授業中なのに校外に出かけ、繁華街を練り歩くこともある。母親が若い男と付き合ってそのまま家から出ていったらしく、それが原因なのか女嫌いで有名だった。藤堂は私に近づき見下ろしながら、
「昨日は油断した銀次が股間蹴られてお前にやられたらしいが、お前その時『これからは女の時代なんだから舐めんじゃないわよ!』ってデカイ口叩いたらしいな」
そう言って二、三歩下がると、両手を私に差し出して身構えた。
「力比べしようじゃねえか。女の時代がくるって言うなら、男の俺様をねじふせてみろよ」
それは手四つと呼ばれるプロレスなどでよく見かけるもので、対面している二人が互いの指をからめて手をつなぎ、その状態から、どちらの方が、握力、腕力があるかを力比べするのだ。百八十センチ近くの大男と、スレンダー美少女の自分自身を比べてみて、この勝負はないな、と最初は思ったが、 挑まれて逃げるのは癪だし、何よりも昨日、急所蹴りで勝利をおさめたばかりだ。いざとなったら同じ攻撃をお見舞いして、学校一の不良男子から大金星を挙げるというのもカッコいい。
そう思って藤堂力也と私の手が握りあった瞬間、しまった! と思ったね。でも後悔先に立たず。そこからはまさに最悪だった。藤堂のぶ厚く大きい手が、私の白魚のような手の上に乗っかって、押さえつける圧倒的な力に手首が折れそうになり、それを防ごうと体勢を下にするしかなく、結果床に両膝をついて痛みに耐えるしかなかった。この体勢からだと急所蹴りも出来ず、ジ・エンドだ。鬼オーラと一体化し、頭からオーラの角を生やしている藤堂がその気になったら、本当に私の両手首の骨を折ることも出来ただろう。圧倒的優位のポジションを維持したまま大男が笑う。
「おいどうした? 強ェんだろう。女の時代なんだろう? なんだその様は、みっともねえ。勘違いしてんじゃねえぞ。女の時代なんてほざいて調子に乗ってんのはテレビの中だけなんだよ。女の時代なんか一生くるかボケェ! 大相撲の土俵だって、お前ら女は穢れた存在だから上がれねえんだよ。公式に存在否定されてんだから立場わきまえろよ。だいたい偉そうにしてる女って、男がバックに付いているからいばってんじゃねえか。ヤンキー女のバックには暴走族や暴力団の男がいるし、いい車に乗って派手な生活をしてる女は、金持ちの亭主のお陰でいい暮らしをしてる。女自体、弱ェんだから身の程を知れ! 分かってねえからこんな目に遭ってんだろう。今の自分のミジメな弱さ、きっちり憶えておけや!」




