プロローグ
俺は19歳大学二年生。
大学を決めた理由は家から近いから。
彼女なし、友達少数。両親は共働きで、妹は高校生だ。
俺は童貞ではない。高校二年生の頃、部活の後輩から告白されてそのまま付き合った。
ちなみに俺の青春はこれだけだった。
中学の頃も今だって、告白されたことはない。
別に恋愛だけが、青春とは言わないが、部活で注目されるような選手でもなかったし、勉学だってそうだ、大してできるわけでもないから、近くの中堅私立に行くことに決めたのだ。
「これで授業は終了です。しっかりと復習するように」
教卓の前に立つ教授が眼鏡をクイっと上げながら言うと、学生たちはみな待ってましたと言いたげにそそくさ立ち上がり、教室から出ていく。
俺も待ってましたので、教科書をいち早く片付ける。
「なあ秋、このあとカラオケ行かね?」
後ろから声をかけてきたのは、立花雄介だ。
大学生になってから、仲良くなった男の一人。
仲良くなった理由は、初めての授業で隣にいたから。
「どうせ、合コンだろ? もう数合わせで行くのはごめんだわ」
「そんなこと言うなよ。お前も彼女作れって。別に童貞じゃないんだから抵抗があるわけじゃないだろ 」
「普通の女にはな。大学生で合コンに来る女なんてビッチしかいねえよ 」
「ンなことねえよ。合コンでたくさんの女を抱いてきた俺がソース 」
「……はいはい。ともかく、俺は今日テスト勉強するから、無理だ」
「あーそっか。テスト近かったもんな。なら今日は勘弁しといてやるよ。じゃあな!」
そういって雄介は教室の入り口で待っていた友人たちと合流する。
「頭がいい奴はいいよな」
雄介は、チャラいくせして、勉強もできるいかれた野郎だ。
俺と住んでいた世界が違う。
鞄を背負うと、校舎を出た。
向かうは市の図書館。大学の図書館は、この時期だと密度が高くて嫌だ。
ちょうど帰り道にあるし、利用しやすい。
図書館に着く途中、雨が降ってきた。
俺が図書館に入る前は、ぱらつき程度だったので大して濡れもしなかった。
今、外を見ると土砂降り。
まあ、あとは勉強して帰るだけだし、いいか。
席に着き、荷物を隣に置く。
意外と人が多いな……。
高校生の姿が多い。ミスったな、そろそろ中間試験だったか。
荷物を自分の席に置き直し、トイレへ向かう。
もう来てしまったのだ、人が多くても勉強はしよう。
思い通りにならないことは、いつだってある。
勉強をしたって一番をとれるとは限らないし、練習をしたって勝てるとは限らない。
そうやって一通り頑張ってみたけどできなかった俺がソース。
「いたっ!」
「うっ……」
入口手前のトイレに入ろうと角を曲がった途端これだ。
高校生とぶつかってしまった。
「ごめん。大丈夫? けがはない?」
手をかざすと彼女は首を横に振り、自分で立ち上がる。
「すみません。私がよそ見をしていたばかりに……」
立ち上がるとすぐに頭を下げてきた。
声に反してずっと大人びた雰囲気を持つ高校生だ。
どこか見覚えがあるような……。
ああ、そうだ。彼女は女子剣道の日本1の子だ。
テレビで美少女剣士とか言われてたっけ。
ちょっとダサくて笑ってしまった記憶がある。
「いいよいいよ。それはお互い様だし」
俺もまた軽く頭だけ下げて彼女の横を抜けていった。
彼女の後ろに立っていた友達だと思われる女の子を一瞥すると、睨まれたような気がした。
怖いよ、今どきの女子高生怖いよ。
俺がトイレに入ると、それが合図のように声が聞こえてくる。
「大丈夫? 」
「うん 」
「ああいうのがやばいんだから。偶然と見せかけて女の子を誘拐するってやつ」
「今日先生が言ってた十年前の誘拐事件の話?」
「そうそう!気を付けないと!」
「気にしす――」
俺はここで聞くのをやめた。
声が大きい。
このトイレは壁が薄いのを知らないのか。多目的にも使えないんだぞ。
てか、何に見えたんだよ、俺のこと。そんな変な奴でもないだろ。
「はぁ……」
大きくため息をつきつつ、用を足そうと中に入っていく。
「ん……?」
目の前に変なもの、があった。
変なもの、ではなかった。
杯が浮いていた。
黄金の杯が。
そこにあっては変なもの、ではあった。
トイレの中に。
正確には、奥から二番目の便器の前に。
「どういう……?」
俺はなぜか吸い込まれるように手を伸ばしていた。
ゆっくりと近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
この時の俺は、誰かに問いかけられたような気がしたのだ。
それを求めるように、俺はさらに手を伸ばした。
触れると周りが真っ白になるほどの光が放出される。
だけど、まぶしくなかった。
そのまま触れていると俺の意識がスーっと遠くなっていった……。