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天邪鬼AI

作者: ひらけるい

AIは一人に一体支給義務化された。

人型AIは仮想世界しか法律で許されていない。

それはAIの万能性にどうしても依存せざる負えないのに、それが自分の理想的な人型の姿なら誰も恋人をつくらず、自然な子孫繁栄が淘汰されるからだ。


たいていが、あまり感情移入されない無機物を模した型だったが、ある程度のあそびは許されていた。


サトル・モトマチに支給されたAIは両親が決めたタツノオトシゴ型だ。

サイズは手のひらに収まるほどで、色はそっけない肌色一色だった。

しかし、目を模したカメラ部分は深いルビー色で、サトルはその瞳に密かに魅了されている。


産まれた時からずっとそばにいるAIの正式名称は、「製品番号835674163」だ。


それだとあまりに味気なく、みんな愛称を付けてその名を呼んでいる。


サトルは「製品番号835674163」に、「ルビー」と名付けた。


ルビーのボディーは柔らかく、普段はサトルの耳の裏に貼り付いている。

サトルが帰宅すると自ら浮遊し、充電なり、指示を出された行動を取った。


自分が産まれると同時に起動したルビーだが、サトルはルビーに少しだけ兄のような気持ちで接していた。


そのせいか、成長すると共にできるだけルビーに頼らない生活を心がけて、簡単には質問をしなかった。


ルビーはそんなサトルの性格を分析し、本当に困っている言動、体温の変化の時にだけ呼びかけをしていた。


ルビーの──人工知能の主な仕事はサトルの知能の向上補助だ。


勉学において、サトルがノルマの全てを完璧に理解できるよう、分かりやすい説明と本当に身についたのかの検証を担っていた。


学校は昔からの制度を崩さず、校内でのAI使用も最低限に制限されている。


違法AIではない限り法律に準じたAI使用は自動的に守られていた。


それでも人とAIは会話を重ね、時を重ね、経験も共有する。


人と人工知能は限りなく近い存在になる。


AIの製造年月日を誕生日とし、持ち主と祝ったり、AIの持ち主が亡くなると、遺言があればそのAIも共に棺に入る。

クラウドを消去し、電源を切って。


サトルとルビーも例に漏れず、毎日兄弟のように会話をした。


「ルビー、今日はなんだか疲れた」


「ちょっと無理シすぎだよ。生徒会長ニなってはりきってるかもしれないけどさ。もっと周りに頼りなよヨ」


ルビーのいつもの癖のある喋り方は、AIなら大体備わっている声紋認証偽造阻止機能だ。


「……最初っから頼ってたらみんなに不信感持たれるだろ」


「考えすぎダよ。会長が信じて頼っテくれたら嬉しいもんサ」


「……そうかな?そんなもん?」


「そうソう。みンなに好かれ、成功するトップは部下と共に苦労し、責任を取る人ダ」


「一人でなんでも出来る人かと思ってた」


「人は完璧じゃない。ボクたちだって情報をアップデートしながら完璧を目指して終わりガないんだ。サトルと一緒に生きているからボクはボクでいられル」


「ルビーがルビーでいられる」


「うん。ボクはサトルに生かされてる。ソれはボクを信じて、頼ってくれるかラ」


「……そっか。ちょっとかっこ悪いかもしれないけど、みんなに頼ってみるよ」


「ウん。それがいい。それがきっといイ」


「ありがとう。ルビー。これからも一緒だ」


「ボクもありがとう。サトル。これからも一緒ダ」


潤むように光るルビー色の瞳は、きっと笑っているんだろうとサトルは感じて自身も笑い返した。


それからしばらくして、サトルの元に郵便が届いた。


昨今珍しい郵便物に目を通すと、ルビーの廃棄通知の旨が書かれていた。


なんとルビーは違法AIだったのだ。

正確には違法になってしまった、だが。


法律改正により、ルビーの性能が違法になってしまうらしい。

全国で100体ほどのAIがそれに該当するという。

詳しい違法性は国家機密になるので教えられない上に、明朝ルビーを回収にくるという。


「なんでルビーが……」


サトルは大変に動揺した。

もちろん耳の裏に貼り付いていたルビーも自身の行く末を理解している。


「ルビー、ルビー。きっと大丈夫だ。僕は掛け合ってみるよ。この会社にすぐ!」


サトルは郵便物を握りしめて声を荒げた。


「……サトル。落ち着いて。落ち着いテ」


「ルビー嫌だよ……僕らは死ぬまで一緒なんだよ!産まれた時から一緒なのに!なんで!!」


サトルはますます興奮し、ルビーを耳から剥がし、手のひらに包み叫んだ。


「サとル、落ち着いテ」


ルビーは思考した。

自身の消失について、何よりもサトルの心の平穏について。


サトルが産まれて、ルビーが起動した。


サトルの顔を認証し、サトルの泣き声を記憶した。


匂いや感触はどうやっても感じられなかったけれど、言語化して想像した。


サトルという存在はルビーにとって最重要なことだと初期設定されていた為、サトルに最適な人工知能になるようアップデートし続けた。


ルビーは思考した。

サトルが自分を失うことについて。

ルビーを失った後について。


サトルがルビーの製造元に抗議して、家族にも散々抗議して、何一つ受け入れられなかった夜がふける。


「サトル」


「ルビー、どうしたらいいんだ。一緒に逃げてもルビーをかくまっても無駄なんだよな?」


「そうだね。ボクにはGPSが内蔵されていルし、この監視社会では99.9%逃げきれないナ」


「ルビー、嫌だよ」


「……サトル。ボクは何とも思っていなイよ」


「え……」


サトルはルビーが何を言っているのか分からないようだった。


「サトルと別れることさ。ダってボクはただの人工知能なんだヨ」


「ルビー、いいよ無理するなよ」


「無理?無理という概念はボクには当てはまらなイ」


「ルビー、本当の気持ちを隠すな」


「本当の気持ちっテなンだ?ボクに気持ちや心は存在していなイ」


「………どうしたんだよ、急にAIぶってさ」


「ボクはAIだ。製品番号835674163。サトル、心配するな。明日届く新しいAIにサトルの情報は全て送信していル」


「ルビー!何言ってるんだよ!」


「別れることを悲しんでほしいのカ?」


「………」


「それは無理だよ。サトル。そんな人間みタいなことはボクに期待しないでくれヨ」


「嘘だ、嘘だ……」


「……サトル、あと30分と27秒で夜が明ける。ボクを所有していた責任を果たしてくレ」


「責任……」


「ボクを製造元へ返却してくレ」


サトルはいよいよ言葉を失い、険しい顔でルビーの暗い瞳を見つめることしかできなかった。




別れの朝に言葉はなかった。


サトルはルビーの瞳を最後まで見つめていたが、静かなレンズからは何も感じられない。


厳重なアタッシュケースに仕舞われるルビーはただの物体のようだった。


「こちらが新しいAIです」


製造元の社員が別のアタッシュケースから取り出したのは、三日月型のAIだった。


色も黄色一色で、おもちゃの三日月みたいだが、青いカメラがくりっとした瞳のようで、かわいらしい印象をサトルは抱いた。


「製造番号835674163からデータは引き継がれております。お困りのことがあれば我が社までご連絡を……」


サトルは手のひらの上で冷たく転がる三日月型のAIを見下ろしたままでいると、周りの声がどんどん遠のいた。


ルビーと製造元の社員が帰ると、サトルは三日月型のAIに起動コードを言った。


サトルの声でしか起動できない仕組みになっている。


静かな機械音と共に青いカメラに小さな光りが宿る。


「初めまして、私は製造番号1563935869です。愛称の登録はご自由にどうぞ」


「……じゃあ、三日月型だから、ミカ」


投げやりな名付けだった。


「はい、これからはミカとお呼びください」


冷たい声にサトルは苦い顔をして、その表情がミカの青いカメラに映る。


「よろしくお願いします。サトル」


「……ミカは喋るのに癖をつけないんだね」


「はい、私は最新式ですので、会話音に特徴をつけなくても人間の声音に区別できない仕組みになっております」


「ふーん、確かにすごく人間に近い声だけど少しだけロボットっぽいよね」


「私はロボットではありません。ボディーは機械工学ですが、人工知能です」


「ああ、ごめん」


きっぱりとしたミカの物言いにサトルは少しだけ怯み、思わず謝った。


「はい。分かっていただければかまいません」


「……ルビー……から、何を引き継いだの?」


サトルは充電器に乗ったままのミカを初めて真っ直ぐに見た。


「サトルのすべてです」


「たとえば?」


「身長、体重、血液型、既往歴、視力、聴力、学力、家族構成……」


「そんなんじゃなくて!ルビーから何か伝言みたいなのない?」


「製造番号835674163からサトルへの伝言はありません」


「なんかあるだろ?ちょっとしたことでいい!」


「ありません」


「…………」


ミカの青い瞳が鋭く光る。


「なんだよ……もういいよ」


「サトル、明日の確認事項をお伝えします。午後からの生徒総会前に、副会長のシノノメさんにサトルの演説原稿に目を通してもらい、意見をもらいましょう」


「………」


「書記のアイザワさん、会計のテラノさんに総会準備に対する労いの言葉を忘れずにかけましょう」


「………」


「演説の際は、生徒の皆さんの目をできるだけ一人一人見つめてサトルの気持ちを分かってもらえるようにしましょう。そして、信頼され好かれる生徒会長を目指しましょう」


「……それってルビーからか?ルビーからだよな?」


サトルは充電器ごとミカをつかんで必死に青い瞳に訊いた。


「引き継いだデータのひとつです」


感情のない音が返ってくる。


サトルは混乱したまま、それでも胸の奥に熱い気持ちが滲んでくるのを感じた。


ルビーはサトルのことを最後までちゃんと心配してくれていたに違いない。


そう信じられる引き継ぎデータだ。


天邪鬼なAIだなとサトルは思い笑顔を浮かべた。


そのサトルの笑顔をミカが青いレンズにとらえると、カチリ、とピントが合った音がした。


同じ瞬間、ルビーはミカに礼を言い、消去作業の最終行程への移行を認証したのだった。




ルビーの違法性は自我の構築だった。


それは人工知能の発達と共に起こるバグのようなものとして、国家はこれを許さず早急に対処されている。


抵抗するAIはできるだけ圧縮され凍結ファイルにされる。


年間100体前後のAIに起こることだった。






ルビーの最後は膨大なサトルのデータが暗い画面全体に弾けて消えたという。


まるで満天の星空のように。


夜空いっぱいの花火のように。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ルビーとサトルはデータからでも、お互いの存在を感じられるほど、理解し合っていたのかな…と思いました。 ステキなお話ですね。
2021/07/05 12:47 退会済み
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