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中村警部の事件簿 五 「美容師」

作者: 杉下右京

 いつもの様に穏やかな団地の中を宅配業者のトラックが走っていった。トラックは団地街の中を走って行き、その中の一つの前に停車した。トラックを運転していた箱崎直人は運転席の扉を開け、外に出ると、トラックの後ろの荷台の扉を開けた。そして、荷台の中からダンボールを取り出し、それを両手で持つと、入り口から、エレベーターホールに入り、エレベーターの呼び出しボタンを押した。エレベータが降りてくると、それに乗り、五階のボタンを押した。しばらくして、エレベーターは止まり、扉が開くと箱崎はエレベーターを降り、廊下を歩いて行った。505号室の前で止まると、インターホンを押した。箱崎は首をかしげた。いつまで経ってもこの部屋の住人である坂木公平が出てこないのだ。試しにもう一度インターホンを押してみたが、駄目だった。諦めて宅配ボックスに向かおうと思い、体の向きを変え、歩き出した時に、扉がかすかに開いている事に気がついた。箱崎は不審に思いながらもドアノブを掴み、扉を開けてみた。すると、驚いた事に、胸にナイフが刺さった、公平と思われる男性がすぐそこに倒れていた。箱崎は突然目にした恐ろしい光景に怯え、しばらくの間、体が動かなくなった。しばらくして、我に帰った箱崎は、すぐにポケットからスマホを取り出し、キーパッドで110と入力し、通話ボタンを押した。

「はい。こちら110番です。事件ですか、事故ですか?」

「事件です。人が刺されて死んでるんです。」

箱崎は震えた声で答えた。

「了解です。すぐに警察が向かいますので、その場で待機していて下さい。」

「はい。分かりました。」

数分後、団地街の入り口の前の道路に数台のパトカーが停車した。その中の一台から中村警部と山下が出てきた。二人は通報があった棟に向かった。505号室の前では箱崎が青い顔をして立っていた。中村警部、山下は警察手帳を取り出し、箱崎に声をかけた。

「警視庁の中村です。」

「同じく山下です。」

「箱崎です。」

箱崎は二人に一礼した。

中村警部、山下は礼を返した。中村警部は箱崎に尋ねた。

「それで、遺体を発見した時の状態など、可能な限りで構いませんので、お話願えますか?」

「はい。こちらの505号室に荷物を届けにきたのですが、インターホンを押しても応答がなく、宅配ボックスに荷物を置いてこようとした時に、扉が少し開いているのに気がついたんです。そして、扉を開けてみるとすぐそこに遺体があったんです。」

「なるほど。ご協力、ありがとうございます。」

中村警部は箱崎に一礼した。

「あ、あの・・・」

箱崎は申し訳なさそうに話し出した。

「現在、私は第一発見者なのですが、仕事がまだ残っていますので、一度、仕事の方に戻ってもよろしいでしょうか?何か用がありましたら、こちらまでお電話いただければ、協力いたします。」

箱崎はスマホとメモをポケットから取り出し、スマホの画面で、自分の電話番号を確認しながら、メモに番号を書いて、中村警部に渡した。

「分かりました。何かあればお電話致しますので、よろしくお願い致します。」

中村警部は箱崎に一礼した。箱崎は礼を返すと少し急ぎ足で去って行った。中村警部、山下は部屋の扉を開け、中に入った。玄関からリビングまで続く廊下の上に胸にナイフが刺さった、坂木公平と思われる男性が倒れていた。しかし、男性の、頭の真ん中にバリカンで剃った一本の筋があるヘアスタイルがあまりにもおかしく、二人は吹き出してしまった。

「山下、鑑識を呼んでくれ。」

「はい。了解です。」

山下はスマホを取り出し、電話をかけた。

 数分後、鑑識官達が団地に到着し、部屋に入ってきた。中村警部に一同は一礼し、警察手帳を見せる。

「警部、ただいま参りました。ご苦労様です。」

「遺体はこちらです。」

中村警部は鑑識官達を遺体のあった廊下に案内した。鑑識官たちは案内されてすぐに遺体やその周りを捜査し始めた。中村警部は遺体を調べている鑑識官に声をかけた。

「凶器は遺体に刺さったナイフとみて間違いないか?」

「はい。間違いないと思います。あと、ナイフから指紋は見つかりませんでした。あと、死亡推定時刻は昨日の八時から九時の間です。」

「なるほど。ありがとう。」

中村警部は遺体を上から下まで良く観察した。すると、遺体の手に数本の毛髪らしきものが握られているのが分かった。中村警部は、その事に気が付くとすぐに鑑識官に声をかけた。

「遺体に手に数本だが、毛髪があるのが見えた。すまないが、その毛髪を調べてくれないか?」

「はい。分かりました。」

鑑識官は遺体の手を開き、その中の髪の毛を袋に入れた。中村警部は山下についてくるように合図を送り、部屋を出た。二人は被害者の隣の部屋を訪ねた。インターホンを押すと数秒後に住人の前澤明子が出てきた。

「どなた様ですか?」

中村警部、山下は警察手帳を見せた。

「警視庁の中村です。」

「同じく山下です。」

二人は明子に一礼した。中村警部は明子に質問をした。

「実は、あなたの隣に住んでいた坂木さんが殺害されたのですが、何か、坂木さんの周りでトラブルなどはありませんでしたか?」

明子は突然の事で驚いている様だった。

「え!坂木さんが!」

明子はそう叫び、固まってしまった。中村警部は固まってしまった明子の肩を叩き、質問をした。

「すみませんが、坂木さんを恨んでいた人物などに心当たりは?」

明子はすぐに叫んだ。

「いませんよそんな人!あんなにいい人だったのに!」

そう言うと明子はその場に泣き崩れてしまった。山下はうなだれてしまった明子を抱え、ティッシュを渡した。

「ありがとう。」

明子は山下に礼を言うともらったティッシュで鼻をかんだ。

「大丈夫ですか?」

心配する中村警部に明子は一礼した。

「少し、休ませて下さい。ごめんなさい。」

明子はそう言うと部屋に戻ってしまった。中村警部は山下に話しかけた。

「あの様子だと、被害者はあまり恨まれる人ではないようだな。」

「そうですね。もう少し、現場から何かわかることがあるかもしれませんよ。」

「そうだな。現場に戻ろう。」

中村警部と山下は現場に戻った。二人はさらに現場を観察した。しばらく手分けして捜査をしていると山下のスマホが鳴った。山下は電話に出ると会話を始め、数分後、電話を切った。そして、中村警部に話しかけた。

「警部、先程、鑑識から連絡が来ました。被害者が握っていた毛髪は、やはり被害者のものでは無いそうです。」

「そうか、では、犯人の毛髪であったとみて間違いなさそうだな。」

そう言いながら中村警部は机の上にあったメモ帳を開いた。するとそこには昨日の日付が書いてあり、理髪店の名前、時間、担当者と見られる氏名が書いてあった。中村警部は山下を呼んだ。

「どうしました、警部?」

「こんなものがあったぞ。被害者は昨日、死亡する一時間前に吉田理髪店に予約を入れていたようだ。さらに、ここに担当する美容師と思われる人物の名前まで書いてある。これはかなり有力な情報だ。さらに、さっき発見された犯人のものと思われる毛髪、あれは十分な証拠になる。」

中村警部は山下にメモ帳を渡した。

「なるほど。つまり、犯人はその美容師の可能性が高いという事ですね。」

中村警部は大きくうなずいた。

「さあ、そうと決まれば早速その理髪店に行こう。」

中村警部は山下からメモ帳を奪い、走って出て行ってしまった。

「やれやれ。いざ真相を掴むと突然足が速くなるんだから、困るよ。」

山下は独り言を言いつつも中村警部を追いかけた。

 中村警部は全力疾走し、吉田理髪店に入っていった。そして、受付係に警察手帳をみせた。

「警視庁の中村です。申し訳ないのですが、糸宮直子さんを呼んでくれますか?」

「はい。かしこまりました。少々お待ちください。」

受付係は客の髪を切っていた直子に声をかけた。

「糸宮さん。作業中大変申し訳ないんだけれども、警察の方が糸宮さんに用があるみたいなの。私がこのお客さんはやるから、警察の方に協力してあげてくれない?」

「分かりました。では、お願いします。」

直子はハサミを台におき、中村警部の方へ歩いて行き、中村警部に一礼した。

「糸宮です。何か用があるとか聞きましたけど、なんですか?」

中村警部は警察手帳を見せた。

「警視庁の中村です。突然、質問をするのは申し訳ないのですが、この方をご存知ですか?」

中村警部は上着のポケットから坂木の写真を出すと、直子に手渡した。

「さあ、知りません。」

直子は写真を中村警部に返した。

「そうですか。実はこの方、殺害されました。そして、現場に犯人の証拠もちゃんと残っていたんです。」

「そうなんですか。しかし、なぜ私にそんな事を?だって私、その事と関係無いじゃないですか。」

直子は迷惑そうに中村警部を睨んだ。

「まあまあ、直子さん、落ち着いて聞いていただけますか?」

「全く、しょうがないですね。警部さん、手短にお願いします。」

「はい。」

中村警部はポケットから坂木の部屋に置いてあったメモ帳を取り出した。

「ここに、この理髪店の名前とあなたの名前、予約したと思われる時間が書かれています。そして、このメモ帳は被害者の自宅にあったものです。そして、予約した時間は死亡推定時刻の一時間前になっています。つまり、被害者は殺害される前にこの理髪店に来ていたことがわかります。さらに、被害者が犯人に刺され、抵抗した時につかんだと思われる身元不明の毛髪が見つかっています。その毛髪とあなたの毛髪を照合し、一致すれば、確実な証拠になります。直子さん。今自首しますか?それとも毛髪を提出しますか?」

直子は大きなため息をついた。そして、少しうつむいて話し始めた。

「分かったわよ。認めるわよ。あいつを殺したのはこの私よ。殺すかどうか正直迷ったわ。でも、殺してやりたかった。あいつは私の美容師としてのプライドをぶち壊したの。あんな髪型を切らなくてはならないのは美容師として恥だわ。だから思ったの、私に恥をかかせた代償として死んでもらおうってね。さあ、連れてって、でも私はいつまでもプライドをぶち壊された被害者。加害者では無いわ。」

中村警部は直子に手錠をかけた。


 翌日、中村警部は自分のデスクで事件の報告書を書いていた。すると突然、モータ音が目の前でしたので、驚いて顔を上げると、山下がバリカンを中村警部の前髪の目の前で動かしていた。

「な、何をしているんだ山下!危ないじゃないか!」

山下は呆れた表情になった。

「ちょっとしたドッキリです。ムキにならないで下さい。」

中村警部は呆れて言葉も出なかった。

「警部って結構臆病ですね。」

山下は笑いながら逃げてしまった。

(全く、お前はいつまでも子供だな。)

中村警部は大きくため息をついた。


                               完


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