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八話 真相



「春人は休み、か……」


 とある大学の講堂にて、スマホに表示されている『今日は休む』という春人からのメッセージを見て、貴樹はそんな呟きを溜め息混じりに漏らした。

 昨日、春人が風邪に罹ってから今になるまでろくに連絡を取り合っていなかったのだが、あれから熱が上がってずっと床に伏せっていたという内容のメッセージが、今日大学に来てから貴樹のスマホに届いていた。最近は引っ越しやらバイトやらで何かと忙しない日々を送っていたので、春人自身も気付かない内に疲れが溜まっていたのかもしれない。

 本当に疲れが溜まっての単なる風邪だったら、という話ではあるが。


「もしかして、これも怨霊のせいとかじゃないよな……?」

「オンリョウ? 何それ?」


 と。

 突然背中から声を掛けられて、貴樹は「うおっ!?」と椅子から飛び上がるくらい驚いた。


「……なんだ、穂奈美か。ビックリさせんなよ……」

「何よ。普通に声を掛けただけでしょ」


 憮然とした表情で、貴樹の後ろの席に着く穂奈美。隣りが空いているのにわざわざ後ろの席を座ったのは、貴樹の反応に怒っているのか、はたまた春人に恋慕しているゆえの遠慮からなのか。

 まあどちらにせよ、今の貴樹にしてみれば些事同然だ。穂奈美の恋をそれとなく応援している貴樹ではあるが、今やそんな悠長な事を言ってられなくなってしまった。

 昨日ネットで調べた、春人が住んでいるアパートの噂。

 他人が聞けばバカバカしいと一笑に付されるような事かもしれないが、貴樹にとっては深刻な問題だった。

 もしかしたら親友に危険が迫っているかもしれないという時に、笑ってなどいられるか。


「何にせよ、この講義が終わったら即行で春人の部屋に行かないと……」

「えっ? 春人君、そんなに具合が悪いの……?」


 無意識に口に出してしまったのか、貴樹の独り言を聞いた穂奈美が、後ろの席から身を乗り出す形で訊ねてきた。


「私のスマホに『風邪で休む』って連絡が来てたけど、もしかして、あれからすごく悪化しちゃったとか……?」

「いや、風邪自体は落ち着いてきたらしいんだが、まだ熱がけっこうあるから大学は休むんだと。今さっきメッセージのやり取りをして、俺も知ったばかりなんだけどな」

「なんだ、心配させないでよ。一人で動けないくらい、春人君の風邪が酷くなったのかと思っちゃったじゃない」


 と、安堵するように一息ついて、穂奈美は再び自分の席に座り直した。


「でも、それだったらどうしてすぐに春人君の部屋に行く必要があるのよ? 看病に行くならともかく、春人君の方はもう治りかけているんでしょ? お見舞いだって言うなら、今日ある講義を全部受けてからでも遅くはないんじゃない? お昼過ぎには終わるだろうし」

「まあ、それはそうなんだが。ちょっと色々あってな」

「何よ、色々って。もったいぶらずに、はっきり言いなさいよ」

「………………」


 果たして、正直に言っていいものだろうか。

 春人の部屋に、怨霊が出るなんて。


「なんで黙ったままなのよ? 何か言いづらい事でもあるの?」

「それは……」


 信じてもらえるかどうかわからない。そもそも、こんな事に巻き込んでいいのかもわからない。

 だが。

 春人の部屋に怨霊がいるかもしれないなんて、話せるとしたら穂奈美くらいものだ。

 心から春人を好いている穂奈美くらいしか、親身に聞いてくれる相手なんて他にいないだろう。

 それに貴樹自身、誰かの意見を聞いてみたいという気持ちもあった。

 だから。


「実はな──……」



 ◇◆◇



「はあ!? 春人君の部屋に怨霊がいるかもしれない!?」

「穂奈美、声がでかいって……」

「あ、ごめん……」


 前の席にいる貴樹に窘められて、穂奈美は慌てて声を抑えた。

 幸い、講義が始まるまでに割と時間があったせいで周りに人が少なく、また一瞬穂奈美の大声に振り向きつつも、すぐに興味を失くして談笑に戻る生徒がほとんどだった。場所が場所(公共の施設とか)だったら冷たい目で見られていたところだ。

 そんな事よりも、今最も気にすべきなのは──


「何なの怨霊って? 冗談のつもり? だとしたら全然笑えないんだけど」

「俺が冗談でこんな事言うキャラじゃないのは、お前がよく知ってるだろ?」

「それは、まあ……」


 いつもチャラけているし、冗談もよく口にするが、少なくとも本気で人を心配させるような嘘を吐く男でないのは、昔から──高校の時に部活が一緒になったころからよく知っている。

 という事は、貴樹は本気で怨霊がいると言っているのだ。

 それもあろう事か、穂奈美の想い人でもある春人のアパートの中に。


「……冗談じゃないってのはわかったけれど、じゃあどういう事なの? ちゃんと一から説明しなさいよ」

「……元からそのつもりだよ。けど、途中で余計な茶々を入れるなよ? 特にさっきみたいな大声のはな」


 わかってるってば、と穂奈美はぶっきらぼうに応えつつ、テーブルに両腕を載せて話を聞く姿勢に入る。


「こほん。そもそも俺が妙だと思ったのは、あいつの部屋に知らない女がいたって聞いた時なんだけど──」

「……ちょっと待って。その時点で突っ込みたい事が山ほどあるんだけど……」

「気持ちはわかるが、もう少しだけ俺の話を聞いてくれ」


 春人にそう言われて、穂奈美は渋々頷いた。


「んで、まあ紆余曲折あってその女と同居するようになったらしいんだが、よくよく話を聞いてみると変なんだよ。その女、これから春人と一緒に生活するっていうのに、家財道具どころか、一切何も持って来なかったらしいんだ」

「よく知らない人と一緒に生活するって時点でもうおかしいけれど、まあそこはこの際スルーしておくわ。春人君ならやりかねない節があるし」


 ふう、と嘆息を零しつつ、穂奈美は言葉を紡ぐ。


「けどまあ、何も荷物を持って来なかったっていうのは確かに変な話よね。女性なら化粧道具とか着替えとか絶対必要になるだろうし」


 特に生理用品などは、女性にとっては決して無くてはならない物のはずだ。それすら無いっていうのは、変を通り越して異常ですらある。


「だろ? それにその女、どうにも恋人を待つために春人の部屋に居たいって言ったらしいんだが、だからってそれで知り合いでもない男と一緒に生活するなんて、普通ありえるか? どう考えてもねぇだろ」

「うん。それは確かに普通じゃない。私だったら絶対何か裏があると思う」

「俺も同じ事を思ってな。だから昨日、春人のアパートをネットで色々検索してみたってわけさ」

「それで、春人の部屋に怨霊が出るって話を見つけたって事?」


 穂奈美の問いに、貴樹は無言で首肯した。


「……それ、話の流れから言って、その恋人を待ってるって女の人が怨霊って事になるわよね?」

「……まあな。実際この目で確認したわけじゃないし、本当にその女が怨霊かどうかなんてわからんけど」

「そもそも、どうして怨霊が出るなんて噂が流れるようになったのよ? 実在するアパートを検索してそんなのがネットに出回るって事は、何かそのアパートで事故とかあったんじゃないの?」

「ああ。どうにもそのアパートでな、自殺があったらしいんだよ。十年前に」

「自殺……」


 怨霊が出るくらいだから、誰か死人が出たのだろうとは思っていたが、事故や病死ではなく、まさか自殺だったとは。


「しかもその自殺の理由が、どうにも結婚詐欺らしくてな。信じていた恋人に裏切られたショックで、心臓を包丁で刺したとかなんとか、オカルト系サイトに書いてあった」

「それが怨霊になって、春人君の部屋に出るようになったって事? でもそれって、いわゆる事故物件でしょ? だったら入居者に事前に知らせる義務とかあるんじゃないの?」

「事故物件になってから、最初の入居者になった場合はな。その次に入った場合は、不動産屋が事故物件だって事を伝える義務はないんだと」

「そんな……。じゃあ春人君は、事故物件だって知らされないまま入居しちゃったってわけ?」

「ネットの情報を信じるならな。でも事故物件を紹介してくれるサイトも覗いてみたら、春人のアパートにちゃんと印が付いていたし、信憑性は高いと思う」

「…………怨霊が出るって、具体的にはどういう事が起きるの? 単に幽霊が出るだけなら、怨霊なんて言い方はしないはずよね?」

「……ネットで見る限りじゃ、血だらけの女が出てきて、毎日毎晩『この部屋からでていけ』って叫ぶらしい。他にもコップや皿が突然割れたり、場合によっては酷い頭痛になったりとか……」

「大変! それって、春人君がピンチって事じゃない!」


 と、それまで静かに耳を傾けていた穂奈美だったが、貴樹の話を聞いて居ても立ってもいられなくなった。貴樹との約束も忘れて、大声を放ったあとに急いでテーブルに置いていたスマホなどを片付けて、慌ただしく立ち上がる。


「お、おい? どこに行く気だ?」

「そんなの決まってるでしょ!」


 あっけに取られている貴樹に、穂奈美は苛立ちをぶつけるように荒々しく怒声に放った。


「今すぐ春人君の部屋に行かなきゃ! 講義なんて真面目に受けてる場合じゃないわ!」





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