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七話 それぞれの想い



 穂奈美が春人に片想いするようになったのは、ある時、貴樹に紹介されて少し経ってからの事だった。

 それまでは春人の事を人の良さそうなぼんやりとした男の子程度の認識でしかなく、また、これまで好きになった異性がどれもガツガツの肉食系だったので、正直タイプとも言えなかった(顔は爽やか系のイケメンではあるが)。

 なので春人と話す時も、貴樹と接する時の延長線上でしかなく、異性として意識した事は一度もなかった。



 あの日、聞こえよがしに陰口を叩かれていたところを、春人に庇ってもらうまでは。



 実はそれ自体は前々からあった事で、同学年の女子から絶大な人気があった貴樹といつも仲睦まじく接しているのを気に入らなく思っている者がいて、ある日たまたま通りがかった廊下で、窓際にたむろしていた女子グループに突然陰口を叩かれたのだ。

 貴樹の事なんて、ただの気安い友人でしかないのに。

 確かにすごくイケメンで運動神経もよく、性格も明るい人気者といった感じではあるが、異性として見た事なんて一度もないのに。

 それなのによく知らない女子にやっかまれて、あまり面白くなかった。

 むしろ、めちゃくちゃ不快だった。

 とはいえ、それを表立って咎める気はなかった。ここで注意したところで、どうせ他で陰口を叩かれるだけだろうし、下手に火に油を注いで泥沼化するのもバカバカしいので、あえて無視して通り過ぎようと思ったのだ。内容も「貴樹君に色目を使っていてムカつく」とか「少し可愛いからって調子こいてるよね」とかつまらないものばかりだったし。

 そんな時だった。

 たまたま前方を歩いていた春人が、件の女子グループの元へとまっすぐ向かっていったのだ。


高槻たかつきさんは色目なんて使ってないよ」


 その言葉に一番驚いたのは、女子グループではなく穂奈美だった。

 ただの顔見知り程度の関係でしかなかったはずなのに、まさか偶然通りがかっただけの春人が助けに入ってくるとは思ってもみなかった。

 しかもさらに驚いた事に、突然の事に狼狽する女子グループを前に、春人は微笑みを浮かべながら穂奈美を庇い始めたのだ。


「高槻さんはそんな人じゃないし、そもそも貴樹とはただの友達でしかないよ。前に高槻さんから、貴樹は親しみやすいけど好みじゃないって言ってたし」


 確かに春人と貴樹と三人で話していた時に、冗談の言い合いでそういう話を口にはしたし、実際貴樹の事はただの友達としか思っていないが、ともすればあんなすぐに忘れてしまっていたとしてもおかしく内容を未だに覚えていたとは思わなかった。それも数日前とかではなく、一月ひとつきは前の話なのに。

 そんな風に唖然とする穂奈美の前で、春人はさらに笑顔のまま続ける。


「それと、高槻さんは少し可愛いだけじゃないよ? 見た目も中身もとても可愛いらしい人なんだ。特に揚げ物を口にする時とか、小鳥が啄ばむように食べるからすごく可愛いんだよ。あと、サッカー部でマネージャーをしている時の一生懸命に部員の手伝いをしている時も素敵だし、前に日直の仕事で普通はやらないような窓拭きまでやっているところをたまたま見かけて素直に偉いなあって思ったし、それから──」


 そこまで言って時点で、陰口を叩いていた集団は、バツの悪そうな顔──というよりは嘘偽りない善人オーラを真っ向から受けて怯んだような表情をしながら、ひっそりといなくなっていった。結局謝罪も無しのままで。

 まあ、それ自体はどうでもいいというか、そんな些事よりも穂奈美は春人から目が離せなくなっていた。

 今までそれなりに告白された経験はあれど、ただの知り合いでしかなかった男の子にここまで褒められて──それもさりげなく頑張っていた姿をちゃんと見てくれている人がこんなにも身近にいた事を知って、とても嬉しく思ったのだ。

 胸の鼓動がばくばくと止まらなくなるくらいに。

 やがてその時の気持ちが恋へと変わるのは、そう時間はかからなかった。



 ◇◆◇



「あれ、春人君? なんだか顔、赤くない?」


 とある日。同じ講義を受けている──もっとも、貴樹に話を聞いたりして事前に春人が選びそうな講義を偶然を装って受けただけなのだが──春人のそばの隣に座ってみると、いつもと比べて顔が赤いのに気が付いた。


「え? そうかな?」

「うん。ちょっと赤いよ? 風邪とかじゃない?」

「別になんともないけどなあ。少し喉が痛いような気もするけど」

「それって、やっぱり風邪じゃない? まだ講義が始まるまでに時間があるから、一度保健室に行ってみたらどう? 熱を計るだけでもした方がいいよ」

「うーん。でも本当に大した事ないと思うんだけどなあ」

「なんだ春人。風邪なのか?」


 と、いつの間に教室に来たのか、気が付いた時には後ろの席にいた貴樹が、前に身を乗り出しながら訊ねた。


「貴樹。いつからそこにいたんだ?」

「ついさっき。それよか春人、本当に顔が赤いぞ。確かお前、今日の夜もバイトなんだろ? 今の内に熱ぐらい計っておいた方がいいぞ? バイト中に熱が上がったら大変だし」

「……そっか。そうだよね。うん、バイト先に迷惑を掛けると悪いし、今から保保健室に行ってくるよ」

「おう。そうしとけそうしとけ」

「春人君。お大事にね」


 笑顔で手を振る穂奈美に、春人もニコっといつもの人懐っこい笑みを返して、心なしふらふらとした足取りで教室から出て行った。


「……はあ。せっかく隣に座れたのになあ……」

「なんだ穂奈美。今日こそ告るつもりだったのか?」


 春人の後ろ姿を見送ったあと、溜息を吐いて項垂れる穂奈美に、貴樹が前に身を乗り出したまま、ニヤニヤと人を揶揄うような笑みを浮かべて訊ねてきた。


「そ、そんなんじゃないから。ただ純粋に春人君の隣でお喋りしたかっただけ。だいいち、こんな人前で告るわけないでしょ? む、ムードとか大事だし……」

「は〜。そんな事言い続けて、高校の時からずっと告れないままじゃんか。そんなんじゃいつまで経っても気持ちが伝わらないまんまだぞ」

「わ、私にも色々準備とか必要なの! そもそも私、告られた事はあっても告白した経験は一度もないから、どうしたらいいかわからないっていうか、女の子だしやっぱり男の子の方から告ってきてほしいっていうか、それで色々アプローチしてるっていうか……」

「アプローチってお前、それでさんざん失敗してんじゃねぇか。春人はただでさえ鈍いんだから、ストレートに気持ちを言わないと伝わらんぞ」

「それはわかってるけど、春人君も何かと忙しい時期だし、タイミングとかもちゃんと考えないと……」

「タイミングねえ。そんな悠長な事ばかり言ってると、その内他の女に取られかねんぞ」

「他の女ぁ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、穂奈美は弾かれたように後ろを振り返って、貴樹の胸ぐらを掴んだ。


「何それどういう意味!? 春人君、他の女に狙われてるの!?」

「いや、かもしれないって話だから。つーかちょっと落ち着け。シャツが伸びるっつーの」


 動揺する穂奈美の手をシャツからゆっくり解いて、ふうと椅子に座り直して一息吐く貴樹。


「さっきも言ったけど、あくまでも可能性はあるってだけの話だからな。むしろ可能性自体はかなり低い」

「……でも、心当たりはあるって事なんでしょ?」

「まあな。実際に会った事はないが、向こうには恋人もいるみたいだし」

「何それ? だったらなんで春人君が狙われているって話になるのよ?」

「色々と複雑なんだよ、色々と。それに調べておきたい事もあるしな……」

「どういう事? もっとわかりやすく説明してよ」

「その内にな、その内。色々わかったらまたちゃんと話すから。あ、ほら、先生が来たぞ」

「〜っ」


 釈然としない気持ちを抱えながらも、穂奈美は前に向き直ってノートと筆記用具を取り出す。

 そういえば、春人はもう保健室に着いた頃だろうか。まだ軽い症状しか出ていないようだが、一人暮らしを始めたばかりだと言うし──ちなみに穂奈美はまだ実家暮らし──何かと心配だ。

 あとで春人にスマホで体調を訊いておこうと、穂奈美は教壇に上がってきた助教授に視線をやりながら、そんな事を思った。



 ◇◆◇



 その日は、いつになく春人が早めに帰ってきた。


『あれ? この時間はまだ大学にいるはずなのに……』


 首を傾げながらも、貞子は当然のように天井から顔だけをすり抜けさせて、こっそり玄関口の様子を窺う。

 するとそこに、まだ大学で授業を受けているはずの春人が、朝には着けていなかったマスクをして、部屋の中へと入ってきた。


『風邪……でしょうか?』


 見ると微妙に足取りが覚束ないし、たまに咳もしているので、風邪かどうかはともかく、体調を崩しているのは一目瞭然だった。

 そうこうしている内に、春人はマスクを外して、手洗いとうがいを始めた。持っていた鞄は玄関近くの壁に立てかけてあるのだが、その横には病院で貰ってきたと思われる袋が置いてあった。おそらく一度大学に行ったあと、途中で休んでそのまま病院へと足を運んだのだろう。


「げほげほっ。うあ〜。頭がふらふらする〜。喉も痛いし、また熱が上がったのかなあ? こりゃ確実にバイトは無理だなあ。今の内に連絡だけでもしておかないと……」


 言いながら、春人はポケットの中からスマホを取り出して操作し始めた。電話番号ではなく何やら文字を打っているかのような動作なので、きっとメールか何かで連絡しているのだろう。


「ふう。とりあえずこれで良しと。あとはもう、寝ておこうかな。薬は……また起きてからでいいか。食後に服用って書いてあったけど、今は食欲無いし……」


 ふらふらとした歩調で寝室へと向かう春人を見て、貞子は慌てて天井裏に戻って身を隠す。

 ややあって、衣擦れのような音がしたあと、次いで布団を敷く音と、そのすぐあとに倒れ込むような音が響いた。きっとパジャマに着替えて、そのままに布団に直行したのであろう。

 しばらくして、少し息苦しそうな寝息が聞こえてきた。何度も咳をしていたようだが、どうにか眠れたようだ。

 と、寝室が静かになったタイミングを見計らって、貞子はまた天井からひょこっと顔だけを出して、上から春人の寝顔を眺めた。


『顔が赤い……。朝は元気そうだったのに、通学中に熱でも上がったんでしょうか?』


 まあ何にせよ、これはチャンスだ。

 寝入っている今なら、春人の夢枕に立つ事が出来る。悪夢を見させられる!

 よしと握り拳を作って気合いを入れつつ、貞子は天井からにゅるっと姿を出して、春人の前に立った。

 人の夢の中に入るには、まず直接頭に触れる必要がある。そうすれば、こちらの自由に夢の内容を操作する事が可能なのだ。

 これで春人に、この部屋にいるととんでもない事が起きてしまうという恐怖を植え付けられる。最初はダメでも何度も繰り返していけば──何度も強烈な悪夢を見せたら、いずれは気味悪がってこの部屋から出ていってくれるに違いない。


「う〜…………」

「………………」


 苦しげに呻く春人の顔に、貞子は無言で手をかざす。

 春人は決して悪い人ではない。むしろかなり優しいくらいだ。

 だからこそ、たとえ悪夢でも不快感を与える事に心苦しさを覚えるが、それでもやらなければならない理由がある。貫き通さなければならない想いがある。


「ごめんなさい……」


 そう謝って、貞子は春人の頭にそっと手を添えた。



 ◇◆◇



 夢を見ていた。子供の頃の夢だ。

 子供の姿をしている春人は、布団の中で熱に伏せっていた。周りには誰もおらず、狭い子供部屋に春人しかいない状態。いつの頃の思い出なのかはわからないが、両親はいつも共働きで忙しかったし、付け加えて春人は一人っ子なので、風邪程度なら一人で留守番する事はたびたびあった。なので、子供の頃の自分が一人でいる事自体は別段珍しい事でもなかった。

 ──そう、珍しい事ではない。ずっと前から慣れっこだ。

 だけど。

 一人で留守番する事はもう慣れたけれど、せめて病気で一人寝ている時ぐらいは──たとえワガママだとわかっていても、誰でもいいからそばにいてほしかった。

 と、そんな時だった。

 誰かの手が、春人の額に触れた。

 その手は少し冷たくて、それが熱が上がっている今だと程よく気持ち良くて。

 そして何より、不思議と安堵感を覚える手で──



「…………母、さん?」

『……あ。起こしてしまいましたか?』


 途中で夢から覚めて薄っすら瞼を開けてみると、そこには母親ではなく貞子さんがベッドの横に立っていた。


「貞子さん……。そっか。夢か……」


 確か昔の記憶だと、あのあと仕事から帰ってきた母親が春人の様子を心配げに窺う事が多かったのだが、よくよく考えてみると夢の中ではまだ真昼で、母親が帰ってくるような時間帯ではなかった。つまりあの時の手は、貞子さんの手だったわけだ(あくまでも夢の中の話ではあるが)。

 と、そこまで考えて、額が冷たい事に気が付いた。そっと触れてみると、おしぼりの布の感触が。


「これ……もしかして貞子さんが?」

『あ、はい。ずいぶんと熱にうなされていたようだったので』


 本当はこんな事するつもりはありませんでしだが──と最後に貞子さんが小声で呟いたような気がしたが、風邪を引いているせいか、はっきりとは聞き取れなかった。


「ありがとうございます、貞子さん。すごく助かります……」

『いえ、このくらい別に大した事ではありませんから。あ、お粥も作ってあるんですが食べますか? ちょっとレンジでチンできるご飯とお鍋を勝手に拝借させていただきましたが』

「それは構いませんが……え? お粥まで作ってくれたんですか?」

『はい。何か胃に入れないと、お薬も飲めないでしょうから』

「ありがとうございます。何から何まですみません……」

『いえいえ。では、温めなおしてこちらに持って来ますね』


 そう言ってベッドから離れようとした貞子さんの手を、無意識に掴んでいた。


『え……?』

「あっ。す、すみません! なんか反射的に……」


 慌てて手を離し、思わずベッドから起き上がった。

 どうしてとっさに貞子さんの手を掴んでしまったのだろう。別に用なんて何もないはずなのに。


『あのー、どうかされました?』


 貞子さんが、不思議そうに首を傾げながら春人に訊ねる。

 そんな貞子さんの顔を見つめながら、春人は「──ああ、そっか」と情感たっぷりに呟いた。



「オレ、貞子さんにそばにいてもらいたかったんだ……」



『ぴゃ!?』


 春人の言葉を聞いて、貞子さんが心底驚いたように肩を跳ねさせた。


『ななな、何を言って……』

「ああ、すみません。いきなり変な事を言って。ただ──」


 そこで一拍置いて、春人は柔和に微笑みながら、自然と胸の内から沸き上がった気持ちを吐露した。


「貞子さんがこの家にいてくれて本当に良かったなって、それだけ伝えたかったんです」

『ぴゃあああああああああ!?』


 何か失礼な事でも口走ってしまったのか、貞子さんは顔を紅潮させて寝室から脱兎のごとく出ていってしまった。

 が、それからさほど時を置かずに、


『い、今からお粥を温めるので! 少しだけ待っていてください!』


 という貞子さんの上擦った声を聞いて、春人はクスッと口許を綻ばせた。



 ◇◆◇



「マジかよ……」


 その日、ネットで調べものをしていた貴樹は、目の前に表示されたパソコンの画面を見て愕然とした。

 少し思うところがあって、大学が終わってから自分の部屋で春人のアパート名などを適当に検索していたのだが、その中にあったオカルト系サイトに、とある見出しを見つけてしまったのだ。

 それは何年か前のオカルト雑誌に載っていた記事のようだったが、その一部の写真に春人のアパートと、春人が住んでいる部屋番号が一緒に掲載されていたのである。

 それも、こんな文章と共に。


《怪奇! 怨霊が住む部屋! 恋人に裏切られた女の怨念が渦巻く、恐怖のアパート!!》




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