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六話 貞子、一計を案ずる



「貞子さん、一緒に住みましょう!」


 春人から突然言われたその一言に、貞子はしばらく呆気に取られてしまった。

 それでもどうにか正気に戻り、おずおずと『あのー、どういう意味ですか?』と訊ねた貞子に、春人は何かを察したように「ああ!」と手を叩いた。


「もう一緒に住んでいるようなものですもんね。ちょっと言葉足らずでした」

『えっ!?』


 いつの間にか、春人と同居している事になってる!?

 

『わ、私はまだ一緒に住んでいるつもりはないんですが……』

「あー、どちらかというと居候と言った感じですもんね」

『いえ、居候と言いますか……』


 むしろ、この部屋の元々の住居人と言いますか(怨霊だけど)。


『……結局、どういう意味で言ったんですか?』

「えっとですね──」


 そう言って、春人は佇まいを直したあと、朗々と言葉を紡ぐ。


「貞子さん、さっきここで待っている人がいるって言っていたじゃないですか。でもそれって、空き部屋だとまずくありません? 誰かが住んでいないと、貞子さんがいるかどうかも外からは伝わらないわけですし」

『それは、まあ……』

「ですよね? 貞子さんは出ていってもらいたかったみたいですけれど、オレだって引っ越したばかりで先立つものものないですし、それならオレと一緒にここでその大切な人とやらを待った方がお互いにとって都合がいいと思うんですよ」

『はあ……』


 確かに利害は一致している。

 とはいえ。


『……あなたは本当にいいんですか? 私みたいな女と一緒に住むなんて……』


 こんな怨霊と──春人は未だに信じてくれないが、それでもこんな気味の悪い女と一緒に住もうなんて、正気を疑わざるをえない。


「あっ。そ、そうですよね。重要な事を忘れていました……」


 どうやら春人も気付いたようで、申しわけなさそうに頭を下げた。


「すみません。我ながら配慮が足りませんでした。好きな人がいるのに、そんな簡単に他の男とは住めないですよね?」

『ズコーっ!』


 思わず、昭和のギャグマンガみたいな倒れ方をしてしまった。


『どうしてそうなるんですか! いや真っ当な意見ではあるんですけど、今だけは違いますから! そういう問題ではありませんから!』

「へ? じゃあどういう意味で?」

『もっと警戒心を持ちしましょうという話です! 私みたいな得体の知れない気味の悪い女と一緒に住むなんて、常軌を逸してますよ!』

「得体なら知れていますよ。前にこの部屋に住んでいた方で、契約が切れた今も大切な人をここで待っている、とても健気で可愛いらしい人ですよね?」

『ぴゃ!?』


 こ、この人は!

 またそんなセリフを恥ずかしげもなく口にしおってからに!


「それに気味が悪いなんて。貞子さんをそんな目で見た事なんて一度もないですよ? 会った時から綺麗でお茶目な素敵人だと思っていますし」

『ぴゃあああっ!』


 なんなのだ、このホストが吐きそうな甘ったるい言葉のオンパレードは!? 聞いているだけで恥ずか死ぬ!

 それなのに。

 それなのに少し嬉しいと思ってしまうのは、春人が心の底から今の言葉を口にしているからなのか。それとも単にムードに流されているだけなのか……。

 いや、ムードなんぞに流されている場合か。貞子の目的はあくまでも春人をこの部屋から追い出す事──そこを失念してはならない。


『……あの、お気持ちはありがたいのですが、やはり私一人で十分なので……』

「遠慮しないで大丈夫です! オレなら気にしないんで! むしろ全面的に協力しますし!」

『いえ、遠慮とかではなくて……』

「それに──」


 と。

 なんとかして断ろうとする貞子に、春人は唐突に距離を詰めた。


「オレ、貞子さんには幸せになってもらいたいんです。こんなに好きな人を一途に思う素敵な方が、いつまでも待ちぼうけにされるなんて、間違っていると思いますから」


 だから──と、春人は有無を言わさず貞子の手を握ったあと、真剣な面持ちでこう告げた。


「幸せになるために、オレと一緒に住みましょう──貞子さん」



 ◇◆◇



 ゴンっ。

 と、回想を終えた瞬間、貞子はテーブルの上に額をぶつけた。


『びゃあああ〜。なんであんなプロポーズまがいな事を言うんですか〜。本人にその気がないのは重々わかっていますけど、次にどんな顔をして会えばいいんですか〜』


 ぐりぐりとテーブルに額を押し付けながら、貞子は羞恥に悶えた。

 あれから今になるまで、春人とは顔を合わせていない。というか、あんなセリフを眼前て吐かれたあとに、平常心で顔を合わせられるはずもなかった。それができるとしたら、その女性はよっぽど相手の男に興味がないか、それか神経が太いかのどちらかだ。

 何にせよ、このままでは完全に春人が居着いてしまう。春人の提案そのものは嬉しいが、貞子が怨霊である以上、無自覚にどんな悪影響を与えてしまうかわからない。出遅れになる前に、さっさと追い出さないと。


『そうは言っても、もうどうしたらいいのか……』

《夏休み直前特別企画! 身近な投稿怪談コーナー!》


 と、貞子が頭を悩ましている内に、いつの間にやらラジオから流れていたニュースがバラエティ番組に変わっていた。


『怪談……』


 何か参考になるかもしれない。怪談そのものみたいな貞子が他の怖い話を参考にするとか、なんだか情けない気持ちになるが、こっちも切羽詰まっているのだ。背に腹は変えられない。

 そんなこんなで、貞子はラジオに耳を傾ける。


《最初の投稿者はS県在住のペンネーム、稲山淳一さんからの投稿です。

 これは私がとあるホテルに宿泊した時の話です。

 その日は趣味の関係で他県に来ており、そのまま夜は予約していたホテルに泊まる予定でした。

 それから予定通りの時間にホテルに到着し、チェックインも済ませて自分が泊まる部屋に行ってみると、妙な悪寒が走ったんです。

 私、霊感なんて全然ない方で、テレビの心霊特番だって普段は胡散臭くて観ないくらいなんですけれど、その時だけは何か出そうというか、変な予感がしたんです。

 とは言っても、別にその部屋が異様だったとかそういうわけではなくて。むしろごく普通の内装で、特段これといって文句もない部屋でした。

 それなのに悪寒だけは何故か止まらなくて、嫌だなあ、怖いなあと思いながらも、他の部屋に移れるだけの手持ちもなかったので、渋々ながらその部屋で夜を過ごす事にしたんです。

 そうして明日の準備を済ませて、寝床に付いてしばらく経ったあと、妙な寝苦しさがあって、ふっと目を覚ましたんです。


 そうしたら全身が動かない状態になっていて、いわゆる金縛りというやつに遭ってしまったんです。


 金縛りなんて初めて経験で、どうしたらいいのかと狼狽えている内に、ふと横から気配を感じまして。どうにか眼球だけは動かせられるので横目で窺ってみると、そこに生首だけの女がこちらを見下ろしていました。

 内心悲鳴を上げつつ、どうにかして逃げようとしている内に、その生首がおもむろにこちらへと近付いてきて、突然首に噛み付いてきたんです。

 ろくに抵抗もできず、このまま死ぬのかと恐怖に震えている内に、突然体が動くようになって、飛び上がるようにベットから起きました。

 起きてみると、すっかり朝になっていました。生首の女に襲われていた時はまだ夜のはずだったのに。

 どうやらただの悪夢を見ていただけのようだと、ホッと胸を撫で下ろしたんですが、あとになって調べてみると、そのホテルで昔バラバラ殺人があったみたいで、どうにも私が宿泊した部屋がその事件があったところだったみたいなんです。

 その後、私は特に不幸に見舞われる事もなく、健康に過ごしていますが、私が泊まった部屋がそれからどうなったかは、何もわかりません……》


『うーん。よくある怪談話といった感じですね〜』


 視聴者からの怪談話を聴いて、特に思うところも平坦な反応を見せる貞子。

 そこまで期待していたわけではないのだが、凡百過ぎて参考になりそうな部分がまったくなかった。


『金縛りに遭って幽霊に遭遇なんて、様式美みたいなものですからね〜。せめて生首ではなくてティラノサウルスとかだったら怖かったのですが……』


 何故ティラノサウルスがホテルの一室にいるのだとか、そもそもどうやってそんな巨体がホテルの部屋に収まるのかとか、それ以前に怖さのベクトルが違うという諸問題を隅に置いて、貞子は適当な感想を漏らす。さんざん春人をずれた人間だと評しておきながら、貞子も貞子でずいぶんと感性がずれていた。

 とまあ、それはさておき。


『しかし、夢枕ですか。一度も使った事はありませんが、案外春人さんには有効なのかも……?』


 幽霊を一切信じない春人でも、毎晩貞子に命を狙われる夢を見れば、さすがに恐怖心が芽生えてくるはずだ。しかも夢の中なので、何をしても許されるというのがまたいい。

 いや、やり過ぎるのは心身共に良くないので加減はすべきなのだろうが、少なくとも現状を打破できそうな案である。試してみるだけの価値はありそうだ。


『よし。そうとなったらさっそく作戦を考えましょう!』


 やる気に満ちた声でそう呟いたあと、貞子は春人が帰ってくるまでの間、ずっと思案に没頭した。





次からは週一で更新する予定です。

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