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三話 貞子の思惑、春人の日常



 菅沼すがぬま幸子は怨霊である。

 いつから自分がそういう存在(、、、、、、)になったかは、正直あまり覚えていない。ただ十年ほど前にある一件で命を落として以来、いつの間か幽霊という存在としてこの世に留まるようになっていた。

 それも、生前自分が住んでいたアパートの一室に取り憑く形で。

 だからこの十年間、一歩も部屋から出た事がない。出ようと思っても不思議と元の位置に戻されてしまうのだ。何か自分にはわからない超常的な力が働いているのかもしれない。もっとも、そこまで外に出たいと思った事もないのだが。

 それだけ思い入れが強いのだ──未練が残っているのだ、この部屋には。



 つい、自分以外の人間を追い出してしまうくらいに。

 いつしか怨霊が住む部屋だと、アパート内の住民に噂されるようになるくらいに。



 とは言っても、そこまで人間に危害を加えたりはしていないつもりだ。ちょっと脅せばすぐに住人は恐怖に震えてどこぞに行ってくれたし、しぶとい相手には霊障──頭痛や腹痛を相手に起こさせたら我慢できずに退去していった者がほとんどだった。



 そうでもしないと、一人になれそうになかったから。

 ここである人待たなければならない理由があったから。



 そのはずだったのに、二日前にやって来た春人という人間だけは、どうにも上手く事が進まなかった。

 今までの相手とは違うというか、一筋縄ではいかないというか──人があれだけ脅かしてもまるで意に介さず、それどころか怨霊の自分に優しく振る舞ってくるのだ。しまいには自分に?貞子?なんてお世辞にも可愛いとは言えない名前を勝手に付けてくる始末だし。

 まあそれ自体は別にいいのだが──完全に名前負けしている人生だったし、まだ?貞子?と呼ばれた方がマシなくらいだ──ああも親しげに接してこられると調子が狂うというか、どうしたらいいのかわからなくなるというのが、幸子の──いや、貞子の正直な心情だった。

 初対面の男の人に、ああまで無防備な笑顔を見せられたのは初めての経験だったから。


『ぴゃああああああ……』


 思い出しただけで頬が熱くなる。顏を覆いたくなる。

 なまじ春人が爽やか系のイケメンという事もあって、その相乗効果が凄まじいというか、男慣れしてしない貞子にとっては効果てきめんだった。

 いや、照れている場合か。ここにずっと春人が居てもらっては困るのだ。何がなんでも出ていってもらわなければ。

 しかしながら、できるだけ霊障は起こしたくない。小耳に挟んだところによると苦学生みたいだし、何よりこんな怨霊である自分にも優しくしてくれる良い人なのだから、なるべく穏便に済ませたい。

 だが、相手は幽霊という存在を一切信じていないのか、どれだけ脅しても無駄なような気がする。もっとアプローチを変えるべきなのかもしれない。

 それこそ、映画の『エクソシスト』に出てくる、ブリッジしながらの階段降りとか。


『よ、よし。頑張ろう……!』


 そう気持ちを新たに、一人でファイティングポーズを取る貞子なのであった。



 ◇◆◇



「はあああああ!? 知らない女の子が勝手に部屋に上がってたあ!?」


 お昼時──春人が通う大学校内にある食堂にて。

 正面に座る貴樹が、カレーライスを掬っていたスプーンを皿の上に落として、盛大に叫んだ。


「ちょ、声がでかいよ貴樹」

「あ、すまん……」


 怪訝な視線を向ける食堂利用者に、貴樹は一度立ち上がって周りに軽く頭を下げたあと、再び座ってスプーンを手に取った。


「……で、どういう意味だよ? 知らない女がいたって」

「さっき話した通りだよ。貴樹が引っ越しの手伝いで来た日の夜に突然寝室から現れてさ、なんか頭から血を流していたから急いで病院に連れて行こうとしたらいつの間にかいなくなっちゃって」

「よくそんな状況で病院に連れて行こうっ思えるな……」

「だって怪我してたみたいだし。あ、でもその翌日に会ったらすっかり治ってみたいで、普通に元気そうだったよ?」

「うん。そんな悠長な事言ってる場合じゃないから。二度も同じ女が部屋に侵入していた事にビビるところだからな、これ」


 つうかさー、と貴樹はカレーライスを口に運びながら、いかめしく眉間を寄せて言葉を続ける。


「それって前の住居人とかじゃねえの? 合鍵が何かまだ持っていて、無断に部屋に侵入したんだろ。さっさと大家さんか管理会社に連絡しとけ。それか警察に相談するとかさ。もしかしたら物盗りかもしれんぞ」

「そんな悪そうな人には見えなかったけどな〜」


 言いながら、春人はこの食堂で一番安くて一般的にもリーズナブルな値段のうどんを啜る。


「というか、むしろ優しくて綺麗な人だったよ。清楚って感じでさ。喋り方もお淑やかだったし、あんな人が物盗りなわけないよ」

「出たよ。春人の全方位性善説が。見た目が清楚だからって良い人とは限らないだろうが。もっと警戒心を持て」

「う〜ん。でも、もう少しだけ様子を見てみるよ。どうしてあの部屋にいたのかもちゃんと聞いていないし。どんな人でも一度はちゃんと話し合ってみないといけないと思う」

「はあ〜。ほんと甘ちゃんだな春人は。いつもの事だけどよ〜」


 その代わり、と貴樹は真剣な面持ちでスプーンの先を春人に向けて言葉を継いだ。


「危ないと思ったらすぐに逃げろよ。そんで俺に電話しろ。どんな用事があっても全力疾走で助けに行くから」

「ありがとう。貴樹は本当に見た目も中身もイケメンだよね」

「まあな。よく言われる」


 ふふんと得意げに胸を張る貴樹。人によっては悪感情を持たれかねない態度なのに、貴樹がやると全然嫌味に聞こえないところがまたすごいと思う。


「イケメンと言えば、貴樹、また知らない女の子に告白されてたよね? しかもオレも一緒にいる前でさ。まあそれ自体はよくある事だから別段驚かないけど、結局どうすんの? 返事は明日でもいいって言われてたけど」

「あー。今朝のやつな」


 言って、貴樹は最後に残ったカレーを掬って咀嚼し、それをコップに入ったお茶で流し込んでから、おもむろに口を開いた。


「断るよ。今は彼女なんて作らずに、もっとたくさんの女と遊びたいしな。世界中の美女が俺を待っている!」

「相変わらず女性関係にはだらしないなあ。貴樹なら選び放題だろうに。ま、同じ男としては、モテモテな環境ってかなり羨ましくあるけどね」

「いやいや、春人も自覚がないだけで実はけっこうモテ──」

「先輩」


 と。

 貴樹と話していた最中に、いつの間にか横にいたショートカットの女の子が、唐突に春人に声を掛けてきた。


「すみません。お話の途中に。今、大丈夫でしたか?」

「別に大した話じゃなかったからいいけども……って君、確か昨日イヤリングを無くして困ってた……?」

「あ、はい! 覚えていてくださったんですね!」


 春人の言葉に、ぱあっと表情を輝かせる女の子。後輩(昨日会話していた時に知った)という事もあってか、どことなく子供っぽい感じのする子だ。


「昨日はありがとうございました。一緒に探してもらえて」

「や、オレも時間があったし、それに困っている人を見捨てるのが嫌で勝手に手伝っただけの事だから」

「それでもすごく嬉しかったです。このイヤリング、大学に入学した時に母に買ってもらった大切な物だったので」


 言いながら、女の子は髪を掻き上げて耳を出した。そこには昨日大学の庭園で見つけた銀のイヤリングが、キラッと光に照らされて揺れていた。


「そっか。じゃあ見つけられて本当に良かったよ。こうして見るとよく似合っていて可愛いし」

「か、かわ!? あ、ありがとうございます……」


 何故か恥ずかしそうに顔を逸らす女の子。はて、どうして照れているのだろうか? 何も変な事は言っていないのに。


「あ。そ、それでですね。ぜひお礼がしたくて、良かったらお食事に誘いたいんですが。もちろん、私の奢りで」

「え? いやいや、そこまでしてもらうような事はしていないから。感謝の気持ちだけで十分だよ」

「それでは私の気がすみません! どうかお礼をさせてください!」

「困ったな。本当にお礼なんていいんだけど……」


 弱り顔で終始静観に徹している貴樹をなにげなく見たら、ふと良い考えが思いついた。


「あ。そうだ。だったら友達を誘ってみんなでご飯を食べに行こうよ!」

「えっ。いや、私は先輩と二人で──」

「うん! その方が絶対いいよ! 割り勘で済むし、それになによりみんなで食べた方が楽しいし! ね? 君もそう思うでしょ?」

「あ、はい。そうですね……。その方が楽しいと思います……」


 何故だか気落ちした表情で頷く女の子を見て、春人ははてなと首を傾げる。

 そんな二人のやり取りを見て、


「ほんと、あの鈍感さえなければ、春人もけっこうモテる方なのになあ……」


 と、春人には聞こえない声量で呆れた風に呟く貴樹なのであった。




明日も朝の時間帯に投稿する予定です。

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