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一話 怨霊のいる部屋



 事故物件。

 過去に賃貸アパートなどで死亡事故や殺人事件のあった部屋を指す言葉ではあり、不動産界隈では買い手の付きにくい厄介な物件として扱われている。

 だが、なかには事故物件として知らずに入居する人間も、それなりにいるようで──



 ◇◆◇



「よっと。春人はると、この荷物ここでよかったか?」

「ああ、うん。ありがとう、貴樹たかき


 中身の詰まった段ボール箱を玄関付近に置いた親友の貴樹に、春人は額から滲み出る汗を手の甲で拭いながら、笑顔で応えた。


「とりあえず、軽トラに積んであった荷物はこれで最後な」

「ホントにありがとう。オレ、車の免許持ってないから、かなり助かった」

「いいっていいって。別に連休中で暇だったし。春人と違って、俺はまだ当分実家暮らしだしな」


 改めて感謝の念を伝える春人に、人懐っこい快活な笑みで言葉を返す貴樹。同性の目から見ても茶髪の似合う長身のイケメンだが、心もイケメンとか非の打ち所がないと思う。実際女の子からの告白も絶えないようで、同じ男としては羨ましい限りである。

 翻って春人の方はというと、黒髪で中肉中背──加えて特技や自慢するほどの趣味もない、これと言って特筆する点のない地味男子であった。まあ、別段それを卑屈に感じた事もないが。

 こうして健康に産んでもらえただけでも、十分ありがたい話だ。

「にしても、お前も今日から一人暮らしか〜。大学に入学してからずっと一人暮らしがしたいって言ってたけど、一年経ってようやくそれが叶ったんだな」

「まあね。高校の頃からずっとバイトはしてたけど、やっと目標の金額に届いたんだよ」

「でもそれ、実家に金を入れながらだろ? 普通はできねえって。マジ尊敬するわ」

「いや、オレの家貧乏だし、大学も父さんと母さんが頑張って仕事をしてくれたおかげで入学できたようもんだから、これくらいは当たり前だって」

「けどさ、一人暮らしを始めようって思ったのも、少しでも親の負担を減らしかいからなんだろ? 春人ほど親孝行な奴なんて、そうはいないって。お前は本当に偉いと思うよ」

「そうかなあ」


 別にそこまで大それた事はしていないと思うのだが。

 両親のために少しでも力になりたいなんて、今まで健康に育ててもらった子供なら当然の動機だろうし。


「その当然の事が普通に難しいはずなんだけどな。お前は本当に良い両親に巡り合えたと思うよ。こんな良い奴に育ててもらえてさ」

「良い奴なのは貴樹も同じじゃん。小学校からの付き合いだけど、こんな暑い夏の時期に引っ越しを手伝ってもらえるなんて、よほど優しい人でしかやらないよ。オレは本当に良い親友を持てたと思う」

「相変わらず、歯の浮くようなセリフをさらっと吐くなあ。まあ、もう慣れっこだけどさ」


 そう苦笑しつつ、貴樹は「さてと」と軽くストレッチをするように両腕を伸ばして、


「で、ひとまずこのアパートまで荷物を運んできたけどさ、これで全部でよかったんだよな?」

「うん。あとは荷ほどきするだけ」

「そっか。じゃあ、さっさと終わらせちまおうぜ。夕方までには済まして、あとは引っ越し祝いの飲み会もしたいし」

「オレは酒飲めないけどね。貴樹も帰りはまた軽トラに乗るんだから、飲酒はダメだよ?」

「わかってるって。最初からコーラでも買うつもりだったし。あとは簡単なものを近くのコンビニで買っとけば十分だろ」


 それにしても、と貴樹は不意に辺りをキョロキョロと見回したあと、訝しげに眉をひそめて静かに口を開いた。


「……なんつーか、ここ、そこまで古くないはずなのに、なんな妙に雰囲気のある部屋だよな。全体的に和室に近い造りのせいかもしれないけど、ちょっと不気味っていうかさ……」

「そう? 別にオレはなんとも思わないけど。むしろ駅から五分でトイレ風呂付き、それで1LDKで三万円なんて、一般的に見ても好条件じゃない? オレ達の通っている大学からも近いし」

「いやまあ、それはそうかもしれないけどさ……。ここって、ちゃんとした不動産屋に紹介してもらったところなんだよな?」

「何をもってちゃんとした不動産さんと言えるのかはわからないけど、オレの担当をしてくれた人は、普通に良い人だったよ? ずっとニコニコしてたし、説明は丁寧だったし」

「春人はお人好し過ぎるところがあるからなあ。その点に関してはあんまり信用できないんだよなあ」


 何故だろう。そこはかとなくバカにされているような気がする。

 まあ、単純に心配してくれているだけなのだろうけど、問題はその中身だ。


「う〜ん。なんかよくわからないけど、結局貴樹は何が言いたいのさ? この部屋、そんなに変?」

「変っていうか……ぶっちゃけるとなんか?出そう?っていうかさ……」

「出そうって、何が?」

「そりゃあ、お前──」


 言って、貴樹は手の甲を顔の下に寄せて、さながら垂れ下がった柳の木のようにぶらぶら揺らした。



「これだよ、これ。幽霊だよ」



「幽霊……」

 言葉通り幽霊を真似る貴樹に、春人は一瞬目を見開いて──


「あはははっ。幽霊なんて現実にいるわけないじゃん。貴樹は子供だなあ」

「……ああ、うん。そうだった。お前はそういう奴だったな……」


 思わず笑い飛ばしてしまった春人に、貴樹は幽霊の真似をやめて呆れるように溜め息を零した。


「そういえばお前、昔、俺の家で『リング』を観た時も爆笑してたよな?」

「ああ、そんな事もあったね。いやー、いもしない幽霊にあんなに怯えるとか、ほんと笑っちゃったね〜」

「笑ってたのはお前だけだけどな。むしろ俺は『リング』よりもお前の反応の方が引いたわ」

「そうなの? てっきりオレはみんなで笑うために観せてくれたのかと思ってたけど?」

「うん。その言葉を聞いてなおさら心配する気が失せたわ。霊感なんて微塵も無さそうだし」


 はて。貴樹は一体を何を言っているのだろう? 不安は消えたようだが、何がなんだかさっぱりだ。


「もういいや。さっさと片付けちまうぜ」

「あ、うん」


 何やらどこか投げやりに言った貴樹に、春人はとりあえず頷いた。




 その後、引っ越しの準備もつつがなく無事に終わり、二人だけのしめやかな引っ越し祝いもそれなりに賑やかしつつ幕を閉じた。


「じゃ、俺もう帰るわ」

「うん。もう暗いから、気を付けて帰りなよ」


 わかってる〜、と手をひらひらと振りながら玄関へと向かう貴樹に、春人も見送るためにその後ろを歩く。


「じゃあ貴樹、また休み明けに」

「おう。じゃあな」


 お互いにそう別れを告げて、貴樹は玄関のドアを閉めた。


「さて、と。ゴミでも片付けようかな」


 貴樹を見送り、再びリビングへと戻ろうとする春人。そこまで散らかっているわけではないが、引っ越ししたばかりなのだ。たとえテーブルの上だけでも綺麗にしておきたい。


「ん……?」


 と。

 リビングへ戻った直後、照明がチカッと明滅したような気がした。


「おかしいな……。今日引っ越したばかりなのに、もう蛍光灯が切れかかっているのか?」


 普通こういう場合、新しい入居者が入る前に蛍光灯も新品に替えておくものではないのだろうか。

 それにしても、これはまずい。蛍光灯の替えなんて用意していなかった。完全に切れる前に家電量販店にでも行って蛍光灯を買ってきた方がいいかもしれない。


「あんまり余計な事でお金を使いたくないんだけどなあ。まだ引っ越したばかりだし……って、あっ」


 そうこうしている間に、今度は部屋全体の照明が突然消えた。


「えー。なにこれ停電? 普通に天気もいいのに……」


 念のため周りの民家を見てみると、特に問題なく電気が点いているようだった。

 という事は、停電しているのはこの部屋だけなのかもしれない。可能性は限りなく低いが、電気の使い過ぎでブレーカーでも落ちたのだろうか?

 そう考え、電気盤のある玄関に向かおうとしたところで、



 ズリ……ズリ……



 という、何かが擦れる音が、隣りの寝室から聞こえてきた。

 依然として暗闇のままなので、それが何なのかよくわからなかったが、目を凝らしてよく見てみると──



 女。

 白い服を着た長い黒髪の女が、床を這いずりながらこちらへと近寄ろうとしていた。



「────!?」


 驚愕で声を出せずにいる春人に、その女はズリズリと服を擦らしながら、ゆっくりとした動作で顏を上げ──


『ア……アア……アアアアアア……』

「な──っ!」


 そんな女の顏はまるで死人のように土気色で、その上、額からべったりと血が付着していた。

 あたかも、かの『リング』に出てくる貞子のように。

 その異様な様に、周りからよくマイペースだと言われる春人も、唇をわなわなと震わせて──


「な、ななな、何をしているんですかこんなところでぇぇぇぇぇぇ!!」

『えっ』


 突然何やら大声を上げながら近付いてきた春人に、今度は女の方があっけに取られたように目を瞬かせた。


「頭からすごい血が出ているじゃないですか! しかもこんなに青ざめて……。どうしてすぐに救急車を呼ばなかったんです!?」

『え、いや、これは元からで……』

「そんなわけないでしょう! あ、そっか。スマホをどこかに忘れてきてしまったんですね? ああくそ。なんでこんな簡単な事に気が付かなかったんだ……」

『……あの、それより私、幽霊なんですが……』


 血だらけの女性が何かを呟いたような気がしたが、構っている場合ではなかった。

 それよりも、と春人はテーブルの上に置いたままにしてあったスマホを暗闇の中から手探りで探す。


「あ、あった。よし、これで今すぐ救急車に連絡して……いやでも、ここから大学病院は割とすぐだったはずだし、運んだ方が早いか……」


 そう独り言を呟いて、春人はおもむろに床に伏せたままの女性を両腕に載せて抱き上げた。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。


『ひゃん!? き、急に何を……!?』

「いきなりですみません。こっちの方が早く病院に行けそうだったので」

『病院!? いいですいいです! お構いなく!』

「大丈夫です! こう見えて力には自信があるので! それに──」


 言って、春人は女性の顏をジッと見つめながら、ニコッと爽やかな笑みを浮かべてこう続けた。



「絶対、あなたを離したりしませんから。だから安心してオレに身を委ねてください!」



『ぴゃああああああああああ〜!!』


 突然どうしたのか、春人が安心してもらおうと笑顔で言ったセリフに、女性は先ほどまでの死人のような顔色が嘘のように頬を赤らめて、ジタバタと暴れ始めた。


「ちょ! そんなに暴れたら体勢が保てなく──うわっ!?」


 忠告も虚しく、バランスを崩して前のめりに倒れる春人。ただ幸いにも、女性だけは猫のように体を機敏に反転させて、寝室の奥の方へと引っ込んでしまった。


「ちょっと待ってください! 早く病院に行かなきゃ──」


 と。

 慌てて女性を引き止めようとしたところで、急に停電が直り、部屋全体に明かりが点いた。

 そうして、改めて寝室全体を眺めてみると。

 そこにいるはずの長い黒髪の女性の姿が、影も形もなく消え去っていた。




明日も朝に投稿する予定です。

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