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アルラウネに学ぶ異世界の森の歩き方  作者: 片道切符
コノメと森の育み ─森喰み編─
9/12

森喰みの痕跡を辿る旅 ─1日目・昼─

 コノメは狩りの準備を始めた。地面にこれまでの5年で積み立てたあらゆるものを並べていく。双樹の弓が1張、木の矢が8本、蔦のロープが2本、イバラのトラバサミが3つ、木のナタが1本、保存食1週間分、図鑑およびサバイバル読本が数冊……。

「──これで全部か。これらであいつを狩らなきゃならない」

 ブツブツと呟きながら道具を選別してリュックに詰めていく。

「もちろん弓は要る。矢も。ロープは……木製の物がどれだけ通用するのか分からないけど……2つ共積んでいこう。トラバサミも全部。ナタは要る。保存食は──」

 道具を選別する中、哺乳類図鑑が手にぶつかる。コノメは何となしに図鑑を手に取り、パラパラとめくっていった。

「懐かしいや、随分汚れちゃったなぁ……。引き篭もっていた頃や森に馴染めなかった頃は、暇さえあれば穴が開くほど読んだっけ」

 コノメは時に張り付いたページを丁寧に開きながら独り言を呟く。彼は掃除の時についつい古い雑誌を読み耽るタイプであった。しかし流石にこの時はページをめくろうとする手を自ら静止し、かぶりを振って本を閉じようとした。

 ──しかし、その時偶然開いていたページがコノメの目に止まった。

「牛の生態──」

 それは、哺乳類の摂食に関する項。パラパラとページをめくっていただけのコノメはついに本にかぶり付いて読み始める。それは既に何度も読んだページだったが、しかし極めて重要な何かが書かれていたような、そんな気がしていた。

「反芻……、胃が4つ……、食物を食べてから消化にかかる時間が……70〜90時間──?」

 コノメの胸が激しく高鳴る。とある思いが湧き上がり、少しずつ動悸が激しくなる。

「もしも……もしもだけど、消化までにあいつを狩ることが出来たなら……師匠を助けられるだろうか? 師匠はアルラウネだ。人なら死ぬだろうけど、もしかしたら……。あいつが牛と同じだけ消化に時間をかけるのか分からないけど、もしかしたら──!」

 コノメは荷物をリュックに素早く詰め始めた。一刻も早く森喰みを倒せたなら、ネルガンシュシュブにまた会えるかもしれない、そんな幻想に希望を募らせて。

「勝負は2日間だ! それ以上の食料はいらない!」

 そしてコノメは立ち上がり、森へ向かって駆けて行った。禁足地にて、この世界"トルニカ"の歴史にすら残る、2種の生き物達による凄絶な狩りが始まる。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「あちこちで森が死んでいる……。被害は深刻みたいだな」

 森に入り、散策すること数時間。コノメは地面に座り込んで枯れた木々を検分する。枝の一本を掴もうと手を伸ばす。しかし、指先が触れた瞬間に木はボロボロと崩れ去ってしまった。

「……おれに魔力を感じることは出来ないけど、ここは違う気がするな。随分と古い餌場みたいだ」

 コノメは立ち上がり、木々に向かって簡単に祈りを済ませると、周囲を見渡し観察する。そして、赤茶けた地面が更に先まで伸びているのを発見する。

「シカみたいに草木を喰みながら一直線……。そしてここで満足するまで食べた後、いずこかへ……かな」

 指で森喰みが来たと思われる方を指し示し、くるっと回って行ったと思われる方向を指し示す。そして、身を低くして地面を探りつつ歩いていく。

「……巨体が草を薙ぎ倒したような跡がある……。おれの頭より高い位置の枝も数本折れている。何時なのかは分からないけど、以前にここを通ったのは間違いなさそうだな」

 森をつぶさに観察し、少しずつ森喰みに迫るコノメ。目で見て、時に耳を澄ませ、獲物の痕跡を追っていく。そうして獣道を少しずつ進むコノメの耳に、今度は「ピィ──ッ!」という鳴き声が響く。

「──ヴァルコックの鳴き声だ! あっちにクリーナーが発生してる!」

 コノメは慎重に音の方へと足を進める。そして藪に潜み、鳴き声がした方向を眺める。そこにはヴァルコックと呼ばれる大きな鳥が3羽、ピョンピョンと跳ねながら何かを囲んで騒いでいた。

「やっぱり餌を見つけたみたいだ。この様子だとかなりの大群かな……」

 コノメはゆっくりと歩を進め、ヴァルコックに気付かれないようにして群れに近づく。そして木陰から餌場を覗くと、案の定ファルコックにいたずらに弄ばれるクリーナーの群れを見つける。そして、クリーナーが食べていたらしき、大型の魔物が出したと思われる排泄物も。

「ヴァルコックは死肉食の鳥だけど、食性の被るクリーナーも好んで食べる。あらゆる生物の餌になるクリーナーだけど、好んで食べるのはヴァルコックだけだ。だから、ヴァルコックを探せばそこにはクリーナーが居るはずなんだ」

 ──そして、クリーナーが居るということは。小さくそう呟いた後、コノメは大きく息を吸った。そして──。

「コケコッコォオオオーーーー!!!」

 唐突に、大声を上げた。ヴァルコック達は「ビビィーー!!」と鳴き声をあげて驚き、我先にと飛び立った。そしてクリーナーもヴァルコックが居なくなった事で地面に向かって蠢きだして、次々と潜っていった。コノメはゆっくりクリーナーが食べていたものに近づいて観察する。

「やっぱり、当たりだ! それもまだ新しい!」

 コノメはそれを確認すると、真剣な顔をわずかに綻ばせて喜んだ。コノメが見つけたその排泄物は、草食動物特有の臭みが少ない繊維質の多い糞。コノメは糞を砕き、その主が何を食べていたのかを調べる。

「砕けた木片……、小石に、様々な植物性の繊維……。食べる樹種にすら拘りが見えないな。かなりの悪食だ。それにこの森には存在しない樹種もままあるように見える」

 コノメは立ち上がり、周囲を見渡し小さく呟く。

「うん、当たりだ。森の外から来る生き物なんてそうは居ない。これは"森喰み"のもので間違いない筈だ」

 そして身をかがめて藪をかき分け、大型の獣の足跡を発見すると、コノメはニヤリと口角を上げた。

 おれは追えている。たった一人でも、ちゃんと! そんな確信を抱えながら足跡を辿る。初めて行う一人だけの狩り。それまでの経験と知識が実を結び、結果として現れている現状に彼は高揚を抱いていた。しかし、少しずつ獲物の影が近づいてくるにつれ、胸の内に浮かび上がる思いがあった。


(……おれは、本当にあいつを狩れるのだろうか……)


 相手はこれまで倒してきた獲物とは違う、本物の怪物。対してコノメはこの世界で最も弱い、無力の少年。ほんの僅かの害意で命を落とす、それだけの隔絶たる差が二匹の間には存在した。

 コノメは急に息が苦しくなり、胸を抑えて息を吐く。狩りが現実に近づくにつれ緊張が走り、足取りが覚束なくなっていく。

 初めての、たった一人での狩り。いつも後ろで支えてくれたネルガンシュシュブは既に亡く、頼れるものは何もない。その事実が彼の足取りをどこまでも重くしていた。

 ふと、彼の指に木の実がぶつかる。強く、強く掴んでいた服に引っ張られるようにして当たったその木の実は、ネルガンシュシュブの最後の置き土産だった。コロコロと指の隙間で遊ぶその実を見つめ、立ち止まってじっと眺める。すると、次第に不安がすーっと収まって、コノメは改めて前を向いた。

「そういえば、とっくに一人じゃなかったな」

 コノメはやれやれと言った顔で全身の力を抜き、歩き始める。小さな痕跡も見逃さぬよう、注意深く周囲を探っている。

 彼が生きた5年。それはネルガンシュシュブと共に生きた五年でもあった。今や彼の全てにネルガンシュシュブの技が生きている。そして彼は、だからこそ、その弔いと()()()の故郷を守るべく、戦いを決めたのだったと思いだした。


 足跡を辿り、折れた木々を追う。その内、少しずつ生き物の気配を感じなくなって来ている事に、コノメは気付く。そしてその事に僅かに緊張を覚え、胸元の木の実をさすって気を落ち着かせた。

 それはサインだった。この先に途轍もない怪物が潜んでいるというサイン。周囲の生き物達は既に逃げ出して、彼だけが死地へと歩みを進めている。そして──。

「ブモォオオオオオオオ!!!!!!」

 コノメの耳に、聞き覚えのある咆轟が響いた。コノメは風上を避けて慎重に、しかし素早く音の方へと近づいて、藪からそろりと目だけを出してそれを見つめた。そしてその瞬間、彼の鼓動は再び大きく高鳴った。

「……居た……!」

 思わず声が漏れる。コノメの隠れた藪の先、数十メートルの遠方にそれは居た。

 縮尺をおかしく感じさせる程の巨体。全身の毛皮はまるで岩のように硬質に見えた。身体のあちこちには剣が刺さっており、右目は潰れ、右前足には竹のような植物が突き刺さっている。にも関わらず、それは平然と周囲を睥睨(へいげい)し、まるで自らが森の主であるかのように振る舞っていた。

「けれど、そうしてられるのも今の内だけだ」

 コノメは息を潜め、藪からすっと身を引いて闇に隠れた。

 何十年と平和だった森に突如現れた2体の外界の生物。彼らの、長い長い戦いの幕が開く。

〜コノメメモ〜

【ヴァルコック】

通称:ヴァルコック

種名:ムカシオオシデワシ

科目:シデワシ科


シデワシ科に属する固有種。現在基本種とされているシデワシの本来の姿と言われる。死肉食の鳥であり、禁足地にのみ生息する腐肉食のクリーナーと食性が競合する為、死骸を食べに来るクリーナーをあえて探すように独自の進化を遂げている。クリーナーも積極的に捕食する性質もあり、ムカシオオシデワシも禁足地にしか存在しない。死肉食の特徴として基本的に魔力保持量に乏しい[1]が、魔力の変換効率は非常に高く、高濃度の毒魔法をクチバシの先の(ふん)から放つ。

嗅覚に優れ、遠くからでも魔力の残り香[2]を嗅ぎ分けるのもシデワシ科の特徴。ムカシオオシデワシは他の生き物の排泄物に含まれる魔力を嗅ぎ取り巡回し、クリーナーの発生を待つ。そして、クチバシの先に備わる仕込み吻で獲物を突き刺し、毒魔法を流し込んで溶かして肉を啜る。

味はともかく腐臭が強く、食用には向かない。どうしても食べるなら香草と一緒にスープで煮立たせるのが良い。


[1]死ぬと魔力は時間と共に霧散する為、摂食による魔力吸収が難しい。

[2]大概に排出された排泄物には多少の魔力が残留する。それは時間と共に霧散するが、ヴァルコックはそれを敏感に感知する。

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