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おんやく(音訳) (3)  作者: 葉月太一
1/1

音訳者はエンジニアだ。

  おんやく(音訳) (3)


             作 葉月太一


  舞台中央、真上からのスポットライトの中。

明夫の朗読。


呼吸・発声・調音

音声化技術の基本

聞き取りやすい声を届ける土台

そして

音声化技術の実際には誤魔化しは無い

黙読の世界では

誤魔化しは沢山ある

読めない字には「飛ばしヨミ」

「飛ばしヨミ」しても文意は通じる

しかし、音訳では

やってはいけない

調査、調査、調査、何から何まで調査

誤魔化しや曖昧を完全排除

それが「調査技術」


  (スクリーンに「」内を映し出す)

  「正親町三条実愛」

  

なんて読むんだい?

黙読で、部分読みで、飛ばしヨミはたやすい

でも、調べると、調査技術を駆使すると

なんと、オオギマチサンジョウサネナル


  (更にスクリーンに「」内のみ映し出す)


  「左見右見」

  「陳者」

  「百千家満」(兵庫県宍粟シソウ市の地名)

  「Å」

  「曜日蒼龍」(人名)


なんて読むんだい?

トミコウミ、 ノブレバ、オチヤマ、オングストローム、カガヒソウリュウ 


音訳者は雑学者か!

黙読なら知らん顔して通り過ぎるが

音訳ではそれを許さない

音に変えなければならない

それも、正しく、音声化

それが「調査技術」だ

調査と言っても、辞典にない漢字はザラ

「当て字」、文学作品の「造語」もザラ

  鴎外や漱石にはよく出てくる

「こう読みたくなる」読み方もある

 例えば「やる」

 朝から飲る、裏切り者を殺る、芝居を演る

 例えば「たてる」

 音を発てる、家を樹てる、閉てる

人名の読み方、地名の読み方

調べだしたらうんざりする

どれが、どっちが、正しいのか?


文章を読める時は調べようがあるが

 読めないときは厄介だ 

が、なんとかするしかない

読んじまえ、読んじまった!


ところが、

写真や図表も読め、という

プロなんだろう、技術者なんだろう

そうだね、そうなんだ

役者や朗読者は

写真や図表は読まない

音訳者は写真や図表もヨム

アクターではなくエンジニアだから

ヨムだけではなく

その説明文も作る

まさに無味乾燥な、味気ない文を作る

クリエイティブで文学的な表現は、ご法度

「美しい赤」はダメ

「コケティッシュなピンク」もダメ

せいぜい「明るい赤」か「淡い桃色」

そうそう、同音異義語も略語も厄介だ

そのまま音声化してもダメ

誤解を招くので、

これにも簡単な注釈をサラッとつける

いわゆる「処理技術」が要る

音声化技術、処理技術

まだある

校正技術、録音技術、デイジー技術?

技術の数だけでも七つもある


やはり、道を間違えたのかな?

まだ、腹話術の技術の方が良かったかな


でも、たった二人っきりになってしまった

やるしかないか!

   (暗転)


  明夫と梅木が研修室で「処理技術」の

  訓練として原稿を書いている。

  明夫は立ち上がって、客席に話しかける。


明夫 「皆さん、私達二人は今、処理技術の訓練に写真説明の

   原稿を書いています。目の不自由な人に、新聞や書物に

   載っている写真を、どうヨムのかを見ていただきたいと

   思います。皆さんいかがですか?」

梅木 「私と田中さんが、同じ写真を音訳しますので、皆さん

   にとっては、どちらが解り易かったか、いや、脳裏に焼き

   付けられたか比べてみて下さい。そのあとで、後ろの

   スクリーンに二人が音訳した写真をお見せします。それ

   までは、できたら皆さん、全員眼を瞑ってお聞き頂けた

   ら幸いです。あ、私から始めます。


  梅木は写真を手に持って前に進み出る。

  もう一方の手には、さっき仕上げた説明文を持っている。

  そしておもむろに音訳を始めようとすると、明夫が遮る。


明夫 「ごめん。梅木さんちょっと待って。よく考えたら、私達が

   競争しても仕様がないから、模範処理例を聞いてもらおう。

   どんなものかという事を、知って頂くのが大事なんだから」

梅木 「そうね、習いたての私たちのより、テキストの

   処理例がいいわね。」

明夫 「私が、テキストからの文を読もう、皆さん、いいですか?

   眼を瞑ってお聞きください。では、始めます。

   写真 秋田綴子の大太鼓。写真の説明。

   屋内です。見上げるような大太鼓が2基、紅白の幕を

   飾りつけたそれぞれの台車の上、面を手前にして並んで

   います。大太鼓は、大人の身長の2倍以上の高さに見え

   ます。法被、鉢巻き姿の人が、右の大太鼓の上に4人、

   左の大太鼓の上に3人、こちらを向いて横に並び、それぞれ

   が上から身を乗り出すようにして、長い撥を大太鼓の面

   に当てています。右の大太鼓の前には法被姿の人、左の

   大太鼓の横には撥を杖のように両手でついて立っている

   人の姿があります。  写真終わり。 如何でしたか?

   イメージできましたか?今から写真をお見せします。」


  (スクリーンに大太鼓の写真を映し出す)


明夫 「どうですか?皆さん、イメージと合いましたか?

   人それぞれでしょうね。眼の見える人の場合は、誰が

   見ても写真は同じです。しかし、目の見えない人は、

   音訳する人によって伝えられますが、脳裏に映る情景は

   音訳者が一人であっても、写真の情景は十人十色で

   しょうね。技術が未熟だと、中々伝わりませんね。

   詳し過ぎてもいけない、簡単過ぎてもいけない、

   経験を重ねるしかないでしょうね。」

梅木 「今度は、あたしが図表に挑戦します。写真とは大部

   ニュアンスが違いますけど、考えようによっては案外

   解り易いかもしれません」

明夫 「グラフは音訳しやすいね。恐くイメージも描きやすい

   と思います。皆さん、また眼を瞑って挑戦してみて

   下さい。」

梅木 「これも、私たちの処理文章よりテキストからの方が

   良いですね。」

明夫 「うん、そうだね。」

梅木 「図3 障害の組み合わせ別にみた重複障害の状況

   カッコ身体障害者トジカッコ、カッコ総数コロン

   三十一万人トジカッコ、墨付きカッコ出典墨付きカッコ

   トジ、ニジュウカギ平成十八年身体障害児ナカテン

   者実態調査結果ニジュウカギトジ、カッコ厚生労働省

   カッコトジ、マル 図の説明マル円グラフです。」

明夫 「チョッと、梅木さん、待って、いくらなんでもカッコや

   コロンやマルなんかが多すぎるよ。適当に省かないと

   聞く方がイライラしちゃうね。本題や内容が解らなく

   なりますよ。」

梅木 「そうね、あたしも途中でそう思ったわ。読んでる方が

   こんがらがってくるわ。適当にどころか、大いに省き

   ましょう。特に、グラフや表の時はそうするのがいい

   わね。皆さん、ちょっと内輪の話ですみませんでした。

   それじゃ、また始めます。

   図3、障害の組み合わせ別にみた重複障害の状況(身

   体障害者)総数31万人。出典、平成18年身体障害児

   ・者実態調査結果、厚生労働省

   図の説明。円グラフです。障害、パーセント、人数の

   順に、右回りに読みます。視覚障害者と聴覚・言語障害

   7.1%2万2千人。視覚障害と肢体不自由10.3%

   三万二千人。視覚障害と内部障害4.8%1万5千人。

   聴覚・言語障害と肢体不自由26.1%8万1千人。

   聴覚・言語障害と内部障害4.8% 1万5千人。

   肢体不自由と内部障害29.4%9万1千人。三種類以上

   の重複障害17.4%5万4千人。    図終わり。

   皆さん、どうでしたか?障害の組み合わせは七つに

   分かれていましたが、円グラフをイメージできましたか?

   

   (スクリーンに円グラフを映し出す)

   

梅木 「このスクリーンの円グラフのように、皆さんの頭の中で

   イメージできましたか?なかなか難しいですね。

   音訳する方も勉強と訓練が要りますが、聞く方もかなりの

   努力が要りますね。両方とも経験の積み重ねでしょうね。」

   

   (スクリーンに挿絵が映し出される。明夫が説明する)


明夫 「これは、『紙のリサイクル』の挿絵です。市役所の広報

   カタログに載っていたものです。消費者が使った本や

   新聞などが、チリ紙交換や回収車で運ばれて、古紙

   工場に行く流れが描かれています。このような挿絵や

   カタログも音訳するのです。」


  (そして、スクリーンに問い掛けが映し出される。

   「どう音訳して伝えますか?、、、 音訳処理技術」)

   (フェード・アウト)

   

   梅木は研修室の隣の録音室に入っている。録音技術の

   特訓中。

明夫が下手より登場して独白する。

   

31万4千9百人!

視覚障害者の数

中途視覚障害が多い

点字を使いこなす人は

たったの3万2千人!

点字で読書する人は一割だけ?

病気や怪我で見えなくなる人が増えている

でも、点字の勉強をしない

しなくてもいいから?

いや、したくないのだ


情報入手で最も多いのは?

何故か「テレビ」から

「ラジオ」ではないのだ!

次に、家族・友人から

そして、「ラジオ」と続く

ところで「音訳」は?というと

データーがない

ほとんどあてにしてないが正しい


全国の図書館の蔵書は

3億冊あるという、べらぼーな数だ

でも、音訳されたのは

122万冊だけ

〇・4%、1%にもならない

推して知るべしかっ!

音訳なんて蔵書の大海では一滴にしかならない

そして、所詮、ボランティア


ボランティアでなく、

運動や活動から事業にしなければいけない

お年を召したインテリご婦人の

単なる自己満足に終わってしまいそうだ

そうじゃないはずだ

もっと強力に推進できる方法があるはずだ

音訳の仲間にパワーを!


  (梅木は録音室から出てきて、聞き耳を立てている)


梅木 「田中さん、なんていったの?インテリバーさんの

   自己満足って、言ったの?

   それ、どういう意味よ。」

明夫 「聞いてたの?やばかったね。深い意味はないよ。

   もっと勇ましく、パワフルに活動できないのかな、

   と思っただけ、、、」 

梅木 「でも、あたしたちは、まだ研修生よ。今は何も知らない

   でしょう。そんなことは、勉強して、音訳者になって

   活動してからいう事でしょう。十年早いって言われる

   わよ。なにも知らないくせに、って。皆さんは、真摯な

   気持ちで一生懸命、音訳に携わっているのよ。真面目

   過ぎて、確かに、すごいおばさまもいるらしいわよ。

   くわばら、くわばら。」

              

           【続く】






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