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結びつけ、構築する

「――で、なんだよここは?」


 ユーグとその仲間達を連れて来たのは、レイギスの外れにある広々とした原っぱだった。少し後ろを振り返れば立派な街並みがあるが、ここから先は未だ開発途中で少し広めの家が一軒と資材や道具置き場があるだけだった。

 遠くに見える帝国領外の山々を見渡しながら、唖然とするユーグに説明を始める。


「これが計画書」


 スヴェンから渡された羊皮紙には、この辺りの土地をどう区切った上での施設の並びが事細かに描かれている。


「寝泊まりにはそこの家を使ってくれればいいから。それじゃあ宜しく」

「待てよ。こんなの渡されたって、ぴったりはできねえぞ。いやそもそもこれって相当な重労働じゃねえか」

「別に完璧にその通りじゃなくてもいいよ。もしもっといい方法があるならその都度相談に来てくれ。重労働なのは確かだけど、逆に聞くけど君達頭脳労働できるの?」

「……いや、それは……」


 ユーグは一緒に付いて来た亜人種の男達を振り返るが、誰も彼もが首を横に振る。


「それが給料。それからここからここまではは君達の居住区になる」

「はぁ? こんなに貰えんのかよ!」


 手渡された明細を目にして、ユーグは目を丸くして驚いていた。


「君一人じゃないよ。これを君達で分けるんだ。言いにくいけど、今の亜人に対する扱いじゃあ、一人一人に給与を与えることは認められないらしい」

「おいおい、こんだけありゃあ美味いもん食い放題だぞ!」

「母ちゃんに新しい服買ってやれるぜ!」

「ま、待てよ。まずはこれを俺達の人数で分けてだな……均等に配分するには……全くわからねえ」


 こちらの言葉を聞いているのかいないのか、亜人の男達は金額を覗き込んで好き勝手に盛り上がっている。

 スヴェンが提示した金額は今集まっている亜人種たちで分けても充分に生活を成り立たせることができる額だ。当然、その分労働は大変になるだろうが。


「金額もそうだけど、何かトラブルがあったら僕に相談してくれ。どんな些細なことでも構わない」

「……お前よ……」

「おぅい、先生!」


 スヴェンとユーグの会話を断ち切って現れたのは、薬屋のチャドだった。後ろには男女数名が彼の背に隠れるように付いてきている。


「チャドさん」

「先生、今朝ぶりだな。奥さんもこんちわ」

 スヴェンの後ろで黙っていたティアーナは、チャドに挨拶されてぺこりと小さく頭を下げた。

「今朝言ってたのはこの人等かい?」

「うん。作物荒らしと怪我人が出た件だけど、どうなりそう?」

「……あー、まぁ様子見ってところだな。先生に免じてってことで、俺も随分と頭下げたんだぜ」


 チャドの後ろにいる町人達は、恐る恐ると言った様子でユーグ達を見ている。


「やっぱ歓迎されてねえんじゃねえか」

 訝しげな視線に気を悪くしたユーグが小さな声で悪態をついた。

「それはそうだよ。だからこれから信頼を勝ち取らないと」

「はっ、なんで帝国人と信頼なんざ」

「少なくともお金にはなる。お金は生活を豊かにするし、そうすれば心も豊かになる。悪いことはないさ」

「ちっ」


 舌打ちするユーグだが、これ以上スヴェンに歯向かうつもりはないようだった。


「紹介するよ、チャドさん。彼がユーグ、一応この亜人達の長だ」

「……勝手に決めんなよ」


 言いつつも、ユーグの仲間達は別段それに意見があるわけではないようだった。


「で、こっちはチャドさん。街の顔役みたいなものだから、僕の手が空いてないときは彼に相談して」

「ヨロシクな、亜人さんよ」

「亜人さんって呼び方はやめてくれよ。それから」


 ユーグは顎で、後ろに控えていた仲間達の一人を呼び出す。

 集団を割って出てきたのは、亜人達の中でも比較的小柄な、まだ年若い男だった。ユーグ達と違い頭から生えている獣の耳がしなだれている。


「こいつはロン。もし俺達に用事がある時はこいつ伝いに言ってくれ。俺とか他の荒っぽい奴等に話しかけるよりはいいだろ?」

「ぼ、僕ですか?」

「お前はまだガキだし、身体も小さいから役に立たない。だから俺達じゃできねえ役回りをしろってんだよ」

「ユ、ユーグさんがそう言うなら……」

「おう判ったぜ。亜人さ……ユーグさん達に用事がある時は、できるだけそっちのロンさんを通せばいいんだな?」


「別にアンタは俺等を怖がってないみたいだからいいけどよ。後ろの奴等はそうもいかないだろ?」


 確かにそれはユーグの言う通りだった。


「そう言うことならよろしく頼むよ、ロン君」

「は、はい!」


 緊張した面持ちで返事をするロン。

 それから簡単な話し合いを終えて、チャドを初めとする街の人々は去っていった。

 彼等が去った後も、ユーグはまだ不機嫌そうな顔をしている。まだ何処か合点がいかない、と言った風だった。


「もし、俺達が暴れたらよ。お前の面目はぶっ潰れるよな?」

「そうなったら、わたしが貴方を殺すわ」


 黙っていたティアーナが、剣呑な空気を発すると、それを感じ取ったユーグ以外の亜人達は皆、一歩後退った。


「例え話だよ、いちいち凶暴な女だな。……何が目的でこんなことをするんだよ?」

「一応、これが僕の正式な職務なんだけどね」


 未開の地に接する場所で、帝国領土拡大のために付近の亜人を初めとする多種族と交流。必要ならば彼等を勢力内へと取り込むこと。

 それはスヴェンに与えられている役職の立派な仕事でもある。


「それに勿体ないじゃないか」

「あん?」

「確かに僕達は生まれた場所も、思想も、種族すらも違う。でも、だからこそ結びつくことで新しい何かを生み出すことができるかも知れない」

「はんっ。俺の知ってる限りそれは戦いが起こる原因でしかないぜ」

「……そうだね。歴史がそれを証明してる。だからこそ、そろそろ新しい考えを取り入れるべきなんだ」

「ちっ、アンタの言ってることは難しくてかなわねぇよ」

「つまるところ、僕は人も亜人も、それ以外も関係なく仲良く生きるための方法を模索してるってことさ」


 真っ直ぐにスヴェンから放たれた言葉。

 それを聞いたユーグは、しばらく呆然とした後に、大仰に顔を逸らした。

 返事は返さない。彼等の立場を思えばそれは当たり前だ。

 だが、それでも彼はスヴェンの言葉を真っ向から否定することはしなかった。


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