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奴隷購入相談

「奴隷、欲しくないか?」


 物騒、とは少し違うが、直前までの世間話から全く方向性が違うことを尋ねられ、来訪者を前に本を読んでいたスヴェン・フォウル・フランケンシュタインは顔を上げてその人物を見た。

 目の前にいるのは貴族服を着た、軽薄そうな印象の男。十年程になる付き合いの中でスヴェンが彼に抱いている印象は、『どうしようもない奴』。

 それでも何処か不思議な愛嬌を持ち、嫌いになれない。

 対するスヴェンは長いこと切っていない髪が肩ほどまで伸び、無精髭を生やしていた。

 生憎とスヴェンの部屋には、彼本人が使うための机しかないので、折角訪ねてきた友人であるアルバン・ホースにはぐらついた椅子だけをあてがって座ってもらっている状況だった。


「オルフェリアでは奴隷制度は廃止されたはずだと記憶しているけど?」


 スヴェンやアルバンが暮らすオルフェリア帝国では、既に奴隷制度は廃止されて久しい。久しいとは言ってもほんの三、四年程度だが、きちんと法律が機能していれば奴隷として扱われている人は随分と減ったはずだ。


「そんなのは表向きの話だけだよ。だいたい、そうだとしたら俺達が戦争で勝って連れて来た捕虜はどうするんだよ? 鉱山送りが奴隷じゃないって言い訳は通用しないぜ」

「それはまた、ろくでもない話だ」


 つまらない雑談を聞き流しながら本を読んでいたスヴェンだったが、ここで漸くアルバンの話に耳を傾ける気になって、一階へと階段を下りていこうとする。


「おい、何処行くんだよ!? こっからが本題なのに!」

「僕が奴隷を買うかどうかは別として、帝都の情勢には興味がある。お茶でも入れてやろうということだよ」

「ならそう言えよ。っていうか、友達が来た時点でお茶ぐらい出せよ!」


 木造二階建てのスヴェンの家は貴族であるアルバンからすれば小屋と言った方がしっくりくるだろう。

 一階へ降り、水瓶からかまどへと水を移してお湯を沸かす。そのお湯を使い、細かく炒った豆を布で濾してカップへと注いでいく。

 二人分の漆黒の液体が入ったそのカップを持って二階へと戻り、片方をアルバンに手渡した。


「……なに、これ?」

「珈琲」

「コー……? えっ?」

「南方で取れる豆から作る飲み物だよ」


 自分で珈琲を飲む。独特の香りと苦い味わいが口の中に広がっていく。

 不思議と癖になるその味を、顔を顰めながら飲んでいくと、アルバンも意を決して珈琲を口に含んだ。

 ……どうやらお気には召さなかったようだが。


「……で、話を戻すとだな。奴隷に興味はないか?」


 アルバンは控えめに、珈琲の入ったカップをテーブルの隅に置く。暗にこれ以上は飲まないと言っていた。


「話を戻そうか。オルフェリアでは奴隷制度は廃止されたと記憶しているけど?」

「そんなのは表向きの……」

「わかった、すまない。僕が悪かったよ。帝都から離れてもう結構立つけど、まさかまだそんなことになっているとはね」

「結局のところさ、奴隷解放だなんだ言っても、言葉ほど綺麗にはいかないんだよ。奴隷ってのはもともと、それしか能がないからその立場にいたわけだろ」


 それはあんまりな物言いだったが、目の前にいる友人がそういった事柄に対して配慮しないことは知っていたので、黙って続きを促す。


「それに奴隷を抱えてた側も、急にいなくなられても仕事が滞る。勿論、上手くやっている人も大勢いるけどな」

「優秀な者はそのまま家政婦や労働者として雇われ続けるけど、そうでない者は」

「そう言うこと。物盗り、娼婦。まぁ、色々だな。俺は安く女が買えるから助かってるけどな」


 アルバンは無意識に珈琲を口に運び、「にげぇ」と吐き出しそうな顔でカップをスヴェンの方へと差し出した。


「砂糖と牛乳を入れれば飲みやすくなるよ。どっちも今はないけど」

「なら言うなよ! ……で、本題だよ」

「僕に奴隷の面倒を見ろってことかい? 生憎だけど、一人で食うだけで精一杯だよ」

「違う違う。俺が友人であるお前に、そんなこと頼むわけないだろ。今の奴隷の話はお前が聞きたがってたから教えたまでさ」


 暑苦しい笑顔を浮かべるアルバン。


「あるすじから手に入れた奴隷でな。お前が喜ぶような逸品なんだよ」

「……君とは長い付き合いだけど、どうやらここまでのようだね」


 奴隷を喜ぶような人間に思われていたのは心外だった。


「待て待て待て! 給料なんかタダでいいし、どう扱ってもお前の自由なんだよ」

「断る。僕自身は奴隷に対してそこまで嫌悪感はないけど、単純に不要だ」

「そんなぁ~! 俺を助けると思って! 訳ありなんだよぉ!」


 途端、情けない顔で懇願する。


「君、今逸品って言わなかったかい?」


 どうやらアルバンの頭の中では逸品と訳ありは同じ意味らしい。


「いいじゃんかよぉ、軍学校時代からの付き合いだろぉ! 同じ釜の飯を食って、あの教官達のしごきを受けた仲じゃないか!」


 目の前の男、決して褒められた人間ではないが、何故かここで突き放す気にもなれない。昔からそうやって言いくるめられたことは一度や二度ではなかった。


「……ふぅ」


 溜息を一つ。


「会うだけならね。気に入らなかったら連れて帰ってくれよ」


 そして今回もまた、スヴェンは流されることになった。


「さっすが俺の親友! いや、心の友!」

「その二つの違いが判らないよ……」


 ようやく話が纏まりかけたころには、既に日は傾いていた。


「あ、やべっ。そろそろ帰らないと親父にどやされる!」


 ここからオルフェリアの帝都まで、馬車で三日は掛かる距離だ。途中の街で宿を取るにしても、そろそろ出なければ道中で夜になってしまうだろう。


「ああ、それからよ。俺、今度中尉に昇進することになったわ。自分の部隊も持って、そんで最前線で手柄を立てられる」

「よく君の父上が最前線行きを許してくれたものだね」


 アルバンの父は帝国軍の中でもかなり高い地位にいて、なおかつ何だかんだ言って息子とのことをとても可愛がっていた。


「いやぁ、それがさぁ。この間ちょっと女関係でやらかしちゃったんだよね。で、根性叩き直して来いってことで」

「それはまた……。相変わらず過ぎて言葉がないよ。でも昇進は素直におめでとう」

「ははっ。昇進も親父のコネみたいなもんだけどな。前線で死者が出たから、代わりに俺を捻じ込んでくれたってわけよ」

「それ、言わない方がよかったんじゃないかな」


 話だけ聞いている分には本当にどうしようもないが、それを悪びれもしないところがアルバンの魅力でもある。今更すぎて軽蔑する気にもなれないだけかも知れないが。


「ってことでもうすぐ俺の方が上官だけど、今まで通りでいいぜ」


 親指で自分の胸を指しながら、誇らしげにアルバンは語る。


「ああ、うん。そうだね」


 思い出したように頷いた。


「お前、自分が軍人だって忘れてるだろ。駄目だぜ、そんなんじゃ。やっぱ男たるものバシバシ戦って軍功を上げて、女侍らせてウハウハって……」


 そんな馬鹿なことを言っている間にも、窓から見える夕日は少しずつ沈んでいっている。


「本当にそろそろ行かなきゃな。じゃあ、また来るぜ!」


 アルバンが慌ただしげに階段を下りて、家から出ていく。

 窓から駆けていくその後ろ姿を見送ってから、スヴェンは一息ついた。

 冷めてしまった珈琲を飲み干し、先程まで読んでいた本を再び開いた。

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