第09話 拝啓
どうも、シルフィンです。お元気ですか。
一行筆を走らせた後に、私は静かにペンを置いた。考え、ぎぃと背中の椅子に体重を預ける。
久しぶりの手紙。心配をかけさせないためにもきちんと送りたいところだが、なにを書けばいいのかさっぱり分からない。
昔から筆無精なのだ。同年代の女の子は、文字を学んだそばから文通や恋文を書くのに夢中になっていたものだが。生憎と私には相手がいなかった。
王都に出てきてはや三年。苦労して見つけた奉公先も、今ではなんとか落ち着いている。
袖をぐいっと捲り上げ、私は次の一行を書き始めた。
新しく決まったお仕事と、私が仕えている一風変わった旦那様についてお話ししようと思います。
◆ ◆ ◆
愛想が悪い。笑顔がぎこちない。愛嬌がない。
散々な言われようでメイドの奉公先を転々としてきた私ですが、今回の奉公先ではすでに半年近くお仕えさせていただいております。
偶然見つけた求人広告。商工会やお役所ではなく、屋敷の壁に直接張られた求人募集に、私は首を傾げながらも申し込みました。
理由としては、ちょうど勤めていた奉公先を3日で首になっていたのと、給料が良かったから。そして、少し気になるト書きが目に留まったからです。
※エルフ以外、お断り。
珍しい求人だと思いました。エルフは、まぁ無愛想な私が言うのもなんですが、見目は美しい種族なのでしょうけど、力仕事には不向きなので。メイドの求人でエルフ優遇というのは、あまり聞いたことがありません。
あるとすれば、そういうことなのでしょうか。そうであったら一発殴って帰ればいいと、軽い気持ちで応募しました。
なんにせよ、これだけの給与を払ってもらえるお仕事で、ライバルが少ないのは嬉しいことです。事実、広告を見てやってきた応募者は私だけのようで、屋敷の主人はすぐに話を聞いてくださいました。
「合格だ。明日から来るように」
さすがの私も目を見開いたのを覚えています。
なにせ、そのとき私は軽く挨拶をして、案内された応接室のソファに座っただけだったのですから。
目の前に座った偏屈を絵に描いたような旦那様は私を見やり、不思議そうな眼差しで首を傾げました。
「どうした?」
「い、いえ。あまりに簡単に決まったもので。……私でよろしいのですか?」
少しだけ困惑する様子の私に、旦那様は不機嫌そうに眉を寄せました。怒らせてしまったのかと胸が跳ねましたが、どうやらこれが旦那様の通常営業のようです。
「勤務時間、業務内容、給与、休暇に有給、更には種族まで指定して応募していたはずだが……」
「あ、はい。表の広告を見て」
有給の意味はよく分からなかったが、あれだけ丁寧に書かれた求人募集は初めて見た。普通は週の給料がちょこんと書かれているだけだ。
頷く私に、旦那様は「ならば問題ない」と足を組み直しました。
「あの広告を見てここに来たということは、それなりに文字が読めるということだ。高等学校卒業か、それに値する教養があるということ。十分だよ。メイドとしては申し分ない」
そう言いつつ、旦那様は私に向かって笑いかけました。微笑むというよりは、何やら企んでいるような。そんな無愛想な笑顔に、私は来てよかったかもしれないと、そう思ったのです。
「ああ、それはそうと。ひとつだけ聞きたいんだが……」
旦那様が顎に手をやり、私をマジマジと見つめてきました。
そこで初めて、私は旦那様の耳が丸いことに気がつきます。
エルフは耳の形を異様に気にしますから、隠しもしていない丸耳に、私は少しだけ面くらいました。
しかし、そんな耳の話は置いておいて、それはもう大事なことのように、旦那様は聞いてきたのです。
「君、料理は得意かね?」
見つめてくる眼差しに、私はこくりと頷きました。
あのときの安堵した旦那様の顔は、今でも忘れられません。
こうして、私は旦那様のお屋敷で働くことになったのです。
◆ ◆ ◆
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
叫び声をあげるマンドラゴラの葉をナイフで落としながら、私は鍋の中身を確認した。
ぐつぐつとミルクが沸いていて、これならもうマンドラゴラを加えてもいい頃合いだ。
部屋の中に漂うバターの香りを嗅ぎながら、私は丸々と太ったマンドラゴラの身体をひょいとつまみ上げる。
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
「うるさい」
叫ぶマンドラゴラを鍋の中に落として、テーブルの上の料理本に目をやった。
「……暴れるので箸で押さえつけましょう。なるほど」
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
ばたばたと湯の中で暴れるマンドラゴラをよいしょと押さえ込む。短い手足を必死に動かすオレンジ色の野菜は、見るからに美味しそうだ。
「可愛い」
『ギャアアアアアアアアアアアアア』
顔もなく、人参に根っこの手足が生えたような愛嬌のあるフォルムだが、調理するならばこれくらいがいい。
マンドラゴラ。古くから妙薬として用いられてきた魔法草の一種だ。
葉ではなく主に根の部分が魔法薬の材料として珍重されており、高価な個体だと一匹でちょっとした宝石が買えるほど。
魔法使いが魔力を込めた土と、魔力を通した水で本来は育てるらしい。けれどその魔力配合のさじ加減は難しく、熟練の魔法使いでも腐らせずに育てるのは容易ではないという。
しかし反面、きちんと育ったときの見返りは大きい。根の中に魔力を貯めつつ、土の中でゆっくりと育ったマンドラゴラは、魔法使いにとってはお金には換えられない財産になると言われている。
なにせ丁寧に育てられたマンドラゴラは、育てた魔法使いに似るというのだ。ずんぐりとした目の前のものとは違う、本当に人のような姿に育つらしい。そうやって育てられたマンドラゴラは、魔法使い本人の肉体の代わりとして魔術に用いることができるという。
『ギャアアアアアアアア』
「暴れちゃだめです」
ぐいっと箸で頭を押さえつけながら、私は鍋の中に塩を加えた。
魔法の材料としてはそちらのほうが優秀だ。けれど、あまりに見た目が生々しいと、茹でるのにも抵抗が出てしまう。
畑で大量栽培されたマンドラゴラは、ぴょこぴょこと動いて可愛いが、見た目自体は人型っぽい人参である。叫ぶので少々鬱陶しいが、調理する上で可哀想な感じはしない。
「こんなもんですかね」
『ギャアアアアアア』
箸を突き刺して、火の通りを確認する。そろそろ頃合いのようだ。他の野菜も鍋に入れ、ぱたんと鍋蓋を上に被せた。
『ギャァァァァ……』
段々と小さくなっていくマンドラゴラの叫びに頷きながら、私は窓の外をちらりと覗く。そろそろ食いしん坊の主人が、お腹を空かせ始める頃合いだろう。
「まったく。手の掛かる旦那さまですよ」
毎日毎日、献立を考える身にもなってほしいものだ。
ただ、お給金分は働きますかねと、私は食器棚へと足を向けた。
◆ ◆ ◆
「旦那様、お夕食の準備が整いました」
扉を開け、いつも通りに恭しく一礼する。
そこには、なにやら難しい顔で書類を睨む貴方の姿。なにをしているかは私にはさっぱりだが、色々と大変そうだ。
豪奢な椅子に腰掛けていた主は、私の声に気がついたのか、嬉しそうに振り返った。
「ああ、ようやくか。ありがとう。ちょうど腹が減ってきたところでね」
知っている。というか、この人は常にお腹を空かせている。
手元で睨んでいた書類を無造作に放り出し、カツラギ・シュンイチローは立ち上がった。
「それで、今日の献立は何かな?」
普段のしかめっ面をまるで子供のように輝かせて、貴方は聞いてくる。
だが、自分の作る夕食をここまで楽しみにされては悪い気はしない。
「本日は……」
「むっ、ちょっと待ちたまえ。当ててみせよう」
シチューですと言おうとしたところで、こめかみに指を当てた貴方に遮られた。くんくんと鼻を鳴らす貴方の顔を、私は黙って見つめ続ける。
「ふぅむ。バターとミルクの香りがするな。……さては、シチューだな?」
「ご名答でございます」
見事正解を当てた主に、淡々と告げる。それにすっかり気をよくして、貴方はうんうんと頷いた。
「シチューか。いいぞ、ちょうど暖まるものが食べたかったところだ。特に珍しいものが入っているわけでもないが、君のシチューは味がいい」
「ありがとうございます」
襟を正しながら近づいてくる主人に、私は深々と頭を下げる。
味を誉められるのは素直に嬉しい。けれど、今日はそれで終わるわけにもいかない。
せっかく、市場で偶然手に入れた品だ。値段もそれなりにした。
「お言葉ですがご主人様。本日のシチューは、一風変わっていてございます」
「なんだと?」
私の言葉に、貴方は驚愕の表情を向けてくる。
そんな貴方の反応に、無意識に少しだけ頬が動いてしまう。にやりと、そんな風に笑ってしまったかもしれない。
ごくりと唾を呑む館の主人に、私は淡々と告げるのだった。
「本日の献立は、マンドラゴラの丸煮シチューです」
そう聞いたときの貴方の顔が、あまりにも想像通りだったものだから。
「な、なにぃ!? それを早く言わないかっ! 行くぞっ!」
食堂に走り出す背中を追うのが数歩遅れ……、
「えっ? ま、待ってくださいっ」
遠くなる貴方の姿に、私は思わず微笑んだ。
◆ ◆ ◆
お母さんへ。私は元気でやっております。
今度の職場は、どうやら長く続きそうです。
・・・ ・・・ ・・・
マンドラゴラ
原産:オスーディア全域
補足:世界中に生息している植物。根が人型をしており、魔力を蓄える性質を持っている。与えられた魔力によって育ち方が変化し、単一の魔力で育てられた個体は育て主に似るとされている。ただし、魔法の使えない一般人が栽培しても似ることもあり原理は不明。
魔法薬の素材として人気が高いが、単純に栄養価が高く味も良いため、普通に食材としても使用される。