第03話 花の街(前編)
じゅうと、鉄板の上を焼けたチーズと果物の香りが漂っていた。
小ぶりのカボチャくらいはある林檎の焼きリンゴ。横に何層かカットされていて、その間から溶けたブルーチーズが挟まっている。
焼けたせいで少ししわの寄った表面を見つめながら、俊一郎は嬉しそうに声を上げた。
「はは! 小ぶりなカボチャくらいあるな! 食い応えありそうだ!」
「シュンイチローさま! チーズが! うにょーんて!」
ナイフとフォークで切り分ける俊一郎を隣でシルフィンが応援する。伸びるチーズに感動しながら、シルフィンはぴこぴこと尖った耳を動かした。
「蟲蜜も付いてるからな。たっぷりかけよう」
「はい!」
興奮気味なメイドの前で、俊一郎は容器に入った蟲蜜を垂らす。二人で分けても十分な大きさの焼きリンゴだ。取り分けて貰ったシルフィンが、今か今かとフォークを取った。
「美味しいですね!」
「うむ! リンゴもチーズも蟲蜜がよく合うな!」
ひとくち食べて、広がる甘味に笑顔がこぼれる。
リンゴの甘みとチーズの風味。そこに蜜が合わさって、想像通りながらも目を見開く味だ。
「景色も素敵ですし、いいお店ですね」
「ん? ああ、そうだな」
リンゴに舌鼓をうちながら、テラスの向こうをシルフィンが見やった。そのまま俊一郎も外を見て、その先の光景に同意する。
「ほんと綺麗ですねぇ」
石造りの街と森の緑が融合したような街並み。
白い石壁で形作られた家々からは木の枝が伸び、道も草花が生い茂る。
ただ、どこも荒廃したような空気はない。まるでお洒落なカフェにでも迷い込んだかのような街の雰囲気に、俊一郎も辺りを見回す。
目の前にある広場にも緑が溢れ、中央にある鐘の下を子供達が駆け回っている。
来たばかりだが、どこか「この国」というものを感じる街並みを、俊一郎は気に入りながら紅茶のカップに手を伸ばした。
「おい」
そのときだ。聞き慣れた、けれど少し懐かしい声がテラスに響く。
「探したぞ二人とも」
呆れたように息を吐いているバートを、二人は「久しぶり」といった瞳で見つめた。
「広場の鐘の前でって言っただろ。なんで飯食ってるんだお前たちは」
そのとき、鐘がちょうど約束の時間を鳴り知らせる。呆れ顔のバートに向かって、俊一郎はきょとんとした視線で首を傾げた。
「? だから食ってるんじゃないか。鐘の前の店で」
「お前な」
傍らで慌てているメイドを横目に、俊一郎は「まぁいいじゃないか」と開いている席を促す。もう慣れたものだと、バートも疲れた足を休め始めた。
◆
「それにしてもでかい蕾だな。あれも世界樹なのか?」
食事も終わり、紅茶のおかわりが届く頃、俊一郎は今更ながらに眼前の光景に口を開いた。
広場の鐘がある塔。その向こうに、空へと伸びる巨大な植物が生えている。
それこそ広場の塔は優に超える太さの茎を持つ植物だ。伸びた茎の先にはこれまた巨大な花の蕾がくっついていて、今まで見てきた木状の世界樹とは一風変わっている。
「ああ、この街のシンボルだな。咲くとそれはそれは見事だぞ」
「へぇ。こういう種類もあるのか」
目の前で教えてくれる、アキタリアに詳しい友人の説明に俊一郎は感心した。
この間の蜂の巣も大したものだったが、頭上の蕾は立派なものだ。バートの言うとおり、咲き誇ればさぞ綺麗な光景なのだろう。
「バフィラスはどうだった? あそこの世界樹も立派だったろう」
「ん? そうだな。いいものが見れたよ」
思い出す。巨大な蜂の巣に熊の土地神。
これぞアキタリアとばかりに襲来してきたファンタジーを、俊一郎は笑顔で親友へと伝えた。
「熊の土地神に会えてな。巣を豪快に食うところを見れた」
「ほう、それは珍しいものを。俺でも見たことないぞ」
驚いたようにバートが口を開く。
一応説明は受けていたが、どうやら相当に珍しい出来事だったようで、俊一郎は得意げに胸を張った。
「ふふ、ルビィさんにも運がいいと言われたからな。おかげでファンタジーな体験ができた」
「ふぁんたじぃ?」
聞き慣れない単語に片眉を上げつつも、バートは俊一郎の隣で両手を上げて「こんなでした!」と熊の大きさをアピールしてるシルフィンを見やる。
どうやら一等級の蟲蜜の味はメイドも気に入ってくれたようだ。
お土産を貰ったことを自慢するシルフィンの話を聞きながら、俊一郎はそれよりもと話を変える。
「……ところで、なんでこの街で待ち合わせなんだ? 都ならもっと先だろう」
「ああ、ちょっと商談でな。都に向かうのはここの後だ」
せっかくのアキタリア。来るのも一苦労なわけで、寄れる儲け話には寄らなければならない。
広場の鐘を見て、バートが「おっと」と呟いた。
「話が弾んだな。そろそろ向かわないとまずい」
行くぞと促され、俊一郎が息を吐く。ちょうど紅茶のおかわりをシルフィンに淹れてもらっていたところで、これを飲んでからでも罰は当たらない。
「はぁ、相変わらずせっかちな奴だ。聞いたかシルフィン? おちおち食後のティータイムもできん」
「え、えーと」
椅子の背にもたれて愚痴をこぼす俊一郎を、困ったようにシルフィンが見つめる。メイドとしては主人の肩を持ちたいが、相手は四大貴族な上に、なにせ向こう側が圧倒的に正しい。
苦笑して聞いているシルフィンの前で、けれどバートはニヤリと笑って口を開いた。
「いいのか? そんなこと言って。……この街には変わった料理を出す店があってな。お前に紹介してやろうと思ったんだが、お疲れのようなら仕方ない。俺とシルフィンさんだけで……」
言いかけ、バートの話を俊一郎が遮った。
「どうした二人とも。食べたならさっさと行くぞ。遊びに来たんじゃないんだ」
そこには、キリッとした表情で上着を直しながら立ち上がってる俊一郎。呆れた表情でそんな主人を見つめながら、シルフィンはバートへと敬服する。
「旦那さまの扱いお上手ですね」
「もちろん。君よりも付き合いは長い」
笑われ、メイドはやれやれと立ち上がる。
蕾が見下ろすテラスの上で、二人は先を行く食いしん坊のもとへと歩き出した。




