第13話 ウキフグの味噌焼き
「しかし、こんなものから国ができるとはな」
小瓶の中に入った小さな種を見つめて俊一郎は目を細めた。
といっても、驚きはしない。
なにせ自分は竜の背に生えた世界樹を一度見ている。あれに比べれば、人が住めるほどの大樹などある意味現実的だろう。
「どうされますか? 受け取りも終わりましたし、オスーディアに帰るなら昼の便もありますが」
「はぁ? なにをいってるんだ君は」
シルフィンが魔導列車の時刻表を確認していると、俊一郎が呆れたように声をあげる。きょとんと見つめてくるシルフィンに、俊一郎は小瓶を握りしめながら言い放った。
「せっかくニルスに来てるんだぞ。シーフード食べて帰るに決まってるだろ」
あ、こんな会話前にもしたな。そんなことを思いながら、シルフィンはそっと時刻表を胸にしまうのだった。
◆ ◆ ◆
「いい店ですね」
「うむ、なかなか上品な感じだ」
席に着いた俊一郎は、店の中を見回すと満足そうに頷いた。
落ち着いた店内はほんのりと磯の香りに包まれていて、木を基調にした内装は日本人としてどこか気持ちをホッとさせてくれる。
「異世界版の懐石屋ってとこだな。いいぞ、腹も減ってくるってなもんだ」
またよく分からないことをとシルフィンは眉を寄せるが、自分の主人が変なことなどは百も承知なので彼女は気にしないことにした。
「なにを食べますか?」
「ふぅむ、そうだなぁ。どうせなら変わった海鮮が食べたいところだが……」
そう言って俊一郎はメニューを眺める。美味そうな料理の名前が並んではいるが、これといって幻想を感じさせるものはない。
「焼き魚や煮魚を食ってもな……君はどうだ? なにか食いたいものとか」
「私ですか? そうですねぇ」
そこまで言って、シルフィンは苦い記憶を思い出した。そういえば、依然は自分の提案は却下された気がする。
覚えてますよ!と睨むシルフィンを、俊一郎は「?」な顔で見返した。
「あ、これなんて面白いんじゃないですか? ウキフグの味噌焼き」
「ウキフグ? ……ほぉ、フグか」
悪くはない。俊一郎は料理の値段を見やった。それなりに高級で、この世界でも珍しい食材であることが伺える。
「味噌ってのもこっちじゃ珍しいな。でかしたぞシルフィン、これにしよう」
「えっ!?」
まさか通ると思っていなかったので、シルフィンは驚いて顔を上げた。
驚いた顔で見つめてくるシルフィンに、俊一郎は首を傾げる。
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもないです……ふふ」
なぜだか少し嬉しそうなメイドを見やり、俊一郎は「そんなに食いたかったのか」とじっとメニューに目を落とすのだった。
◆ ◆ ◆
しばらくして、出てきた料理に二人は目を丸くした。
「おお、これは……!」
「なんかすごいですね」
テーブルの上には七輪のような大きな焼き網が置かれ、その上に件のウキフグが乗せられている。
腹を天井に向けてひっくり返されたフグは、まるで風船のように膨らんでいた。
上下左右に8本のトゲが伸びており、その見た目の面白さに俊一郎のテンションが上がる。
「まるでハリセンボンだな。8本しかないが」
「ちょっと可愛いですね」
シルフィンの言葉に俊一郎はウキフグの顔を見つめた。確かにポケっとしている憎めない顔だ。
ウキフグの腹にはすっぽり穴が開けられていて、そこに身をほぐしたものが詰められている。上に乗せられた味噌と相まって、なんとも言えぬ香ばしい香りが漂ってきた。
「すみません、このウキフグってのはどんな魚なんですか?」
かなり興味をそそられるフォルムだ。地球のハリセンボンのように身を守るトゲだろうことは予想がつくが、どんな奴なのだろうと、俊一郎は運んできた店員に話しかけた。
猫の顔をした板前風の店員が、鉢巻きを締めた顔を向ける。なんとも魚が好きそうな見た目だ。
「ウキフグですか? こいつは結構変わった魚でしてね、名前の通りウキみたいに浮いて海を漂うんでさぁ」
「へぇ、海面に浮くんですか」
店員の話に俊一郎は驚いた。てっきり海中でふよふよしてると思ったら、海の上に浮かんでいるらしい。
「群でぷよぷよ浮かんでましてね。海流に乗ってすごく遠くまで移動するらしいですよ。身体のトゲは鳥とかから身を守る他に、他のウキフグと絡まってバラバラにはぐれないようにするためらしいです」
「ほぉ、それは面白い」
なるほど。確かに何十匹もが身を寄せ合えば、鳥くらいなら撃退できそうだ。トゲががちゃがちゃと絡まり、ひとかたまりで移動するのだろう。
「ただ、どこを漂ってるかは分かりませんからね。たまたま群を見つけたときにしか穫れないんですよ。お客さん、運がよかったですね」
店員の説明に、二人は「ほえー」と顔を見合わせた。漁だってどこまでも沖にでるわけにもいけないし、今回食べられたのは運がよかったらしい。
店員に礼を言って、俊一郎は網の上のウキフグを見やった。
箸でツツくと、意外にも硬い音が返ってくる。
「なるほどな。鳥から身を守るために、軽くて丈夫な骨で身体を膨らませてるわけだ。こりゃ天然の深皿だな」
「グラタンとか作れそうですね」
シルフィンの言葉に俊一郎はうむと頷く。
そうこうしている内にぷつぷつと味噌が泡を立て始めて、どうやら完成のようだ。
「そろそろいいんじゃないか?」
「そうですね……いいと思います」
シルフィンが軽く中身を探り、こくりと頷く。
料理上手なメイドからのゴーサインが出て、俊一郎はよしと両手を合わせた。
「くく、じゃあいただきますといこうかね。……どれ」
箸で摘み、ほぐれた身を見つめる。
湯気が立っている白い身と、香ばしい味噌に乗せられた白ネギのような野菜とのコラボが美味そうだ。
どれひとくちと、俊一郎はそれをまとめて口に運んだ。
「……うむ! 美味いぞ!」
入れた瞬間に、口いっぱいにフグの風味と味噌の香りが広がった。
淡泊ながらもしっかりと味が強いフグの身が、味噌の独特の風味にまったく負けていない。
ネギのしゃきしゃきとした食感も楽しみつつ、俊一郎はシルフィンにも箸を促した。
「ほんとに美味いぞ。君も食べたまえ」
「あ、はい! それでは!」
シルフィンが箸を伸ばし、口に入れて同じように目を見開く。
「んん~~! 美味しいです!」
「はは、だろう! これはいい当たりを引いた」
言ってしまえばすごく味の濃いフグだ。不味いわけがないと俊一郎は箸を進める。
「くぅー、たまらんな。ホームシックになってしまいそうだ」
ここまで和のテイストを感じさせる料理は久しぶり食べた。不覚にも故郷を思い出し、俊一郎の胸が熱くなる。
フグよ、異世界でもお前は高級品だったか。そんな感慨に耽りながら、俊一郎はウキフグとの出会いに感謝した。
「旦那様の地元では、ウキフグを食べるんですか?」
「ん? ああ、フグっていうか漁師町だったからな。ニルスはどこか懐かしいな」
磯の香り自体が俊一郎にとってはもはや懐かしさを感じるものだ。ただ、自分の地元はここまで活気に溢れてはいない。
「技術だけが進んでもいかんということさ」
「はぁ、よくわかりませんが。海鮮がお好きな理由はわかりました」
先ほどのことといい、最近は俊一郎の過去が少し分かってきたシルフィンである。口を滑らせてくれたウキフグに心の中で礼を言いつつ、シルフィンは美味しく食べて上げることにした。
「美味しいでふね!」
「うむ、まるで足りんな」
そんなことを話しつつ、俊一郎は追加のメニューに手を伸ばすのだった。
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